最終話 デュアルフェイス・ゼロ 君が居たから…… 4
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それから数日後、啓造の計らいで多くの村人が昼の広場に集められた。
そこで皆が幸せそうに、また健康そうな姿を見せつつ世間話を広げる。
一定の人数が集まったところで啓造が村人の前に出ると拍手が喝采し、全員が注目する。そして、世界が変化した。
昼だった空は闇夜に変わり、芝生の生えた地面は草花に変わる。そしてその中心にアンリ・マユは居た。
各々が最初は驚いた。そして、涙を流しながら「ありがとう」と感謝の言葉を述べていく。
白い少女の戦いは一人の男性を救うだけにとどまらなかった。彼女があの晩戦ったことは一人ではなく多くの人の命を救っていたのだ。
村人は病に倒れ苦しむ身内の姿に悲しんだが、それを回復させる元を作ってくれた存在を知りたがった。
あまりにも不自然すぎる完全治癒。それは神の所業と呼べるもの。
けれど神に感謝をしたところで彼らは納得したくなかった。もっと、もっと身近に居るのではないかと感じたのだ。
その考えを聞いた啓造は一か八かのかけに出る。彼は村人達にアンリ・マユの話をすることを選ぶ。
仮に話が通らずに妄言扱いされ、追い出される羽目になってもいいと考え彼は行動した。
彼にとってこのことはとても重要だった。自分の命の恩人が誰にも評価されず、妻を救ってくれなかった神のおかげと片付けられるのが嫌ったためである。
しかしそれは気苦労に終わる。なぜなら大勢が彼女に詰めかけ感謝の品々を渡し、その小さく華奢な体を抱きしめていったからだ。
こうして六王を裏切った王は幻想という名ではなく別の名誉を得た。それは村人を救った《救世主》。
人々はこの地に偶然降り立った神にも等しい彼女を愛し、真っ当で正しき想いの名の下に信仰した。
そんな風に大勢に愛された彼女はどうしていいか分からず自分より小さな少女達に助けを求め、その姿を見た彼女達の父を笑わせる。
とてもいい結末に終わったこの戦い。それはきっと意味があったのだろう。
今まで意味の無かったセンチュリオンとしての生。だけど今日ここに確立された。
「私は生まれてきてよかった」
雨の日に自分を見つけてくれた少女に微笑むアンリ・マユ。
「貴方が居たから。貴方が居たから私は生きる意味を得られたんだよ沙遊」
声をかけられた少女は満面の笑みを返すと負けじと言葉を紡ぐ。
「私もおねえちゃんが居たからここまで来れたんだ。だから――ありがとう!」
これは白い少女と母親を亡くした少女の物語。
とてもとても、幸せな物語。
* *
人々が白い少女を祝福する中、街道沿いには不自然な緑の蛍光色の液体が点々と続いていた。
それを追う先には一つの人影が。
その人影は全身から緑の蛍光色の液体を滴らせながらネジの切れたゼンマイじかけの人形のようにおかしな歩き方をする。
「奇跡だ……今ここに生きているのは奇跡の産物だ……」
すこし誇大な表現とも取れる発言だが彼にとっては誇大でもなんでもなく、紛れもない真実だった。
「五年後……いや、十年後でいい。必ず復讐してやるアンリ・マユ」
忌々しげに彼は――ペイルライダーは自らを死ぬ手前まで追い込んだ相手の名前を口にした。
先日の激戦の末ペイルライダーは見事に打ち破られ死んだように思われたが、最後の最後に尽くした離脱の策を講じて生き延びることができた。
……つっても本当に死ぬ手前だ。数日山の中で同じ姿勢をしたまま一歩も動けない状態なんてマジでヤバかったぜ。
人で言うなら全身複雑骨折の出血多量。また臓器のほとんどが破裂や骨による貫通で傷ついており死んでいてもおかしくない状態だった。
また戦いの終盤に自らの肉体内部に病原体を注入しての一時的なドーピング。そこまでやっておいて生きているというは正しく奇跡だろう。
「癒えない傷を負わされたか……。だが、この傷に誓って再び回帰してやる」
音漏れする言葉。それでも強い意志はまだ感じられるほどだった。
ゆっくりと。亀に負けそうなとても遅い速度で逃亡をし続けるペイルライダー。しかし、異変が起こる。
「……なんだ? この感覚は」
突如視界が赤く染まる。それはまたたく間に炎をに変わり、彼の周りを囲んだ。
その炎を見て彼は今の自分の運の無さを恨む。
ただの炎やセンチュリオンなら気にも止めない。しかしその炎は赤く、紅く、朱く、緋く、赫かった。
それは紛れもない我式捕縛陣。下位のセンチュリオンでは絶対に発動できない術式。
「何故ここに奴が?」
炎の向こうから煌々と輝く巨躯がずっしりとした踏み込みで彼の前に向かって歩いてきていた。
その燃え盛る肉体は死にかけた疫病使いの前に立つと四つの鋭い目で彼を見下す。
「……イフリート……殿」
彼の前に立っていたのは厄災の七王の一人、火事の王イフリートだった。
……殺される。かつて別の王の正面に立っただけで殺されかけた。目の前に立ったということは殺すつもりではないか? そんな嫌な思考が頭をよぎる。
「お前は確か、疫病の使い手のペイルライダーだったか?」
穏やかな声色。しかし当てにならない。彼の眼前に立つ王は静かなる面持ちのまま平気で他者を燃やす存在だった。
「そ、そうです」
僅かばかりに体を強ばらせ応じるペイルライダー。その時も頭の中はフル回転していた。
……落ち着け俺。目の前に居るのは智将と呼ばれたあのイフリートだ。少なくとも他の王と比べて倫理はわきまえているはず。下手なことをしなければ危険はないだろう。
彼はイフリートに分からぬように浅めの呼吸をし、顔を上げて対峙する。
「此度の戦い、大変だったであろう。無所属でレベル3のお前が元王たるレベル6の彼女に挑んだのだから」
「………………へ?」
思わず変な声を上げた。その言葉だけで命が飛ぶかもしれない状況であるのにかかわらず彼は変な声を上げてしまった。
「レベル6? 確かレベル5だったのでは?」
差し障りのない言い方で確認するペイルライダー。しかしイフリートはやんわりと首を横に振った。
「確かに君の言うとおりレベル5だったよ。しかし円卓での戦いのあと、この地に降りてから彼女はレベルが上がったのだ」
なぜだろうという仕草を取るイフリート。そのあまりにも自然すぎる態度にペイルライダーは疑念を持つ。
……王ともあろう奴がレベル6になった理由を知らんだと? そんな馬鹿げた話があるはずがない。それに天体の王の側近として居た奴がレベル6に到達する理由の一つとしておかしなことを言っていたよな……。
「まさかアンリ・マユは人と触れ合うことによって何らかの影響を与えられたのではないでしょうか? 例えば……『心』を手に入れたとか」
ペイルライダーの発した言葉を聞いた瞬間イフリートの目つきが変わった。
「よく知っているな。……いや、誰かの入れ知恵か」
言葉を濁すことなくイフリートは告げる。その言葉を聞いてペイルライダーは胸の中で「ビンゴ」と呟く。
「いえ、奴の思考や挙動がいちいち人間に似ていたものでもしやと思ったまでですよ」
「そうか。そう言うことにしておこう。真意をここで確かめる必要もあるまい」
ゆっくりと空を見上げるイフリート。それは何か別の世界を見つめるように。
「我々センチュリオンは唯一誰一人と心を持たない。精神と肉体と魂は持つが心だけは存在しないのだ。
そうであるのにかかわらずレベル6に到達するには心がいると言う。おかしな話だろう」
「ですが、これで確信を得られたのでは? 人間世界に降り立ち何かを見続けることによってセンチュリオン達は次のステップへ行ける」
「次のステップか……難しい話だ。
我々はいつの間にか子供の姿で生まれる。その際に父も居なければ母も居ない。血のつながりもあるのかどうか怪しい関係。
果てには男性と女性という性別があるというのに、性交をすることが出来るというのに子孫を残すことができない」
その言葉にペイルライダーは目を伏せた。
……俺だって、父や母が欲しかったさ。でなければこんな目には……。
力の入らない手を強く握る。それは手に入らないと分かっていても欲してしまうものだった。




