最終話 デュアルフェイス・ゼロ 君が居たから…… 3
「終わったんだ。全て」
安堵とともに結界は解け消失し、また沙遊とのユニゾンが解除される。
ドサりと膝をつくアンリ・マユ。その隣に少女がそっと寄り添い体に触れた。
傷だらけの体。たくさん頑張った体。そんな体に沙遊は静かに抱きしめる。
「ありがとうおねえちゃん。おねえちゃんは私たち家族を救ってくれた。それだけじゃない。この村の人たちすべてを救ってくれたんだよ」
つぅっとほほに流れる透明な雫。それをアンリ・マユは動く右手で拭う。
「別に何かが欲しくてやったわけじゃない。ただ救わなきゃと思った時には体が動いていたんだ……」
「そう。やっぱりおねえちゃんはすごい人。私たちの救世主だよ」
「救世主だなんて言いすぎだよ。言ってくれるのなら、ただのお人好しでいい」
「それでも、私たちの救世主だよ」
「ううん。私一人じゃ何もできなかった。貴方が居たから私はがんばれたんだ」
日付が変わった夜中。いつしか月は消えていた。そんな真っ暗な闇夜を白い少女と幼い少女は歩いていく。目指すは、啓造の居る病院へ。
* *
いつか見た空。その下には青々とした草原。人工物が見当たらない天然の物のみで作られた世界に啓造はなぜか一人そこに居た。
ふと振り向くと、初めて彼女と出会った木を見つける。
懐かしい思いでその気に触れると、不意に上に人の気配を感じる。
ゆっくりと顔を上げると枝の上に一人の女性が座っていた。それはもちろん、
「……裕子」
彼が最も愛している妻がそこに居た。
生前と変わらぬ美しさ。やつれた顔で死に絶えたあとは一切なく、かつてと同じような気色で柔らかに微笑む。
啓造は妻の下へ行くべく木に手をかけ登ろうとする。しかしうまく樹皮を掴めず滑って登れない。
田舎に住む啓造は木登りが得意であった。そのためこの程度の木くらい問題ないと思っていたのだがなぜか滑り続ける。
「登っちゃだめよ啓ちゃん。あなたはまだこっちに来ちゃいけないの」
「何故だ? 何故俺がこの木に登ってはいけない?」
「なぜって……生きているからよ」
その言葉で彼は理解した。何故登れないかを。また、登ってはいけないことを知る。
「啓ちゃん。お願いがあるの」
「お願い?」
「うん。それはね」
優しい瞳を、艶やかな髪を、愛しい唇を持つ彼女が願い事を口にする。
「あの子達と、彼女を見守ってあげて」
「あの子達と……彼女?」
言葉の意味を理解できない啓造。そんな彼の態度に裕子は小さく笑う。
「そう。彼女。私の妹分とでも言うのか……姪っ子とでも言うのか……。
そんな感じに愛しい子が居るからちゃんと見てあげて」
冗談のような口ぶりだがその目は冗談ではなかった。彼女の態度に対し啓造は迷うことなく首を縦に振る。
「そう。ありがとう。……あ、それとね」
すっと木から降りる裕子。その体はふわりと地面に着地すると啓蔵に抱きついた。
「私も……愛しているから」
啓造は言葉を返すことができなかった。けれど、答えるように亡き妻の体を抱きしめるのだった。
* *
再び啓造が目を開いたとき、外は夜明けだった。
周りには慌てふためく看護婦に驚嘆する医師。そして、愛しい彼の子供達が揃って横に立っている。
「……俺は?」
ゆっくりと体を起こす啓造。そこで手にあるはずの物が無いのに気づく。
「誰か、俺が杏里さんのために作った簪を知らないか?」
周りに居る者達に尋ねる啓造。その問いに対して沙遊がすっと体を前に出す。
「お父さん。驚かないでね。今杏里さんを紹介するから」
そう言って一歩下がる沙遊。何の脈絡もない娘の謎の言葉に首をかしげるも、彼はすぐに理解することになる。
変質する空間。部屋の壁はなくなり、変わりに石畳と花が現れる。そこに沙遊や伸一、結が居て、包帯まみれのアンリ・マユが立っていた。
「はじめまして啓造さん。私が杏里……アンリ・マユです」
ところどころ黒い血がついている包帯まみれの少女。突飛もない状況ではあるが、あるものに目がいった。
「俺の作った簪……」
彼女の髪を止めていたものは啓造の作った簪だった。アンリ・マユはそれを愛おしそうに触れるとすっと髪から取り去る。
「ごめんなさい。しっかりと渡されていないのに勝手につけてしまって」
半身を引きずりながらもゆっくりと進んで啓造の下へ行き、白く細い手に持つ簪を差し出す。
啓造がそれ受け取るのを少女は確認すると、ゆっくりと彼の前で跪きその目を見て微笑む。
「もしよろしければ、その簪、私にくださいませんか?」
穏やかな表情。人ではないというのはすぐに啓造にも分かった。普通なら拒絶や拒んだりする状況。
「ああ、ずっと君にこれを渡したかったんだ」
しかし啓造は拒むことなく側に彼女を呼び寄せその髪を手ですく。
さらさらとした白い髪。その髪を綺麗にまとめ、簪をさして止めてやる。
「できれば、大切にして欲しい。いつまでも」
「私はこれを大切にします。どれだけの時間が経っても。例え、何百年経とうと大事にします」
「……そうか」
啓造は先ほどの会話を思い返していた。それはきっと夢なのだと思う。だけどそこで交わした会話だけは真実だと思った。
彼女を大切にしてあげたい。飾ることなく啓造はそう思い至る。
優しくその髪を撫で、その頬を撫ぜる。傷だらけの体。人とは違う黒い血の持ち主。
それでもそこに生きていることを実感し、何のために傷ついてきたのかを理解した。
「俺と、家族を助けてくれてありがとう」
堅物な男性は硬いセリフではあったものの、嘘偽りのない言葉で白い少女に感謝した。




