第四話 疫病VS幻想 7
人とセンチュリオンは契約することによって出来るようになることがいくつかある。一つは相手の状態の探知。契約している相手が今どのような状態か知ることができる。
二つ目はセンチュリオンが人間の体を操ること。仮に契約した人間に危機が迫ったのなら意識を入れ替え、遥かに肉体を超越したセンチュリオンの力を駆使してその体を守ることができる。
三つ目、それはセンチュリオンにとって一番のメリット。自身の体の不足分を契約者である人間と融合することによって欠点を補い、また力を底上げすることのできる行為。
ギブアンドテイク。その言葉で片付くのなら彼女は真っ先に沙遊にその三つを教えていた。けれど教えなかった。それには理由がある。
一つ目の探知には契約者である人間の状態がコントロール次第では全て筒抜けになる。またセンチュリオンのことを一切教えないように情報をシャットアウトすることが可能。
二つ目はどれだけ素晴らしい力を保有していようと扱うのは人間の体。センチュリオンと同じ動きをしたなら体が確実に壊れる。また人の意識が介入するとすぐにコントロールが奪われてしまう。
三つ目は一番重要なもの。ユニゾンするにあたって契約者の一番大切な何かの寿命が減る。
生物であるならその命が。物であるなら限界が来た時に物が壊れる。
結果、契約者の精神は崩壊し廃人になる。魂の抜けた生きた人形。人間世界に介入するすべを持たないセンチュリオンが唯一世界に介入することのできる方法。
センチュリオンが人と契約する上で多くがそれを目的としている。真実を伝えず相手の魂を壊してその体を貰い受ける。そして人間のフリをして見えない場所から世界を侵食する。
「ダメ。私とユニゾンしたら……」
アンリ・マユは拒絶する。彼女は王である故にすでに人間界に介入することができる。
しかし、あるとき試したのだ。自分と人間がユニゾンするとどうなるか。
……確かに強くなった。だけど、私と契約した人間は大切なものを少しずつ失うのではなく、命そのものを徐々に無くしてしまう。
小さいながらも立派な少女の背中にためらう白い少女。それに対して朗らかな声が響いた。
「私、大事な人がいない長い人生よりも大事な人がいる短い人生のほうがいい。あと私……死なないから」
アンリ・マユは沙遊のことが好きだった。そのため自分の情報は全てシャットダウンし、彼女の身に危機が迫る時以外は一切体を使用せず、自分のユニゾンの特殊な枷を知っているために教えなかった。
「なんでそんなこと言えるの? 私、何も教えていないんだよ? 知らないからそんなこと言えるんだよ……」
「そんなことない。それにね……」
月が少女を照らす。その時少女は黒に濡れた白い少女に対して顔を半分だけ見せて口を開いた。
「――私はおねえちゃんの契約者なんだよ?」
もう言葉はいらなかった。これ以上の言葉は二人に必要なかった。
だからこそアンリ・マユは立ち上がる。震える膝は崩れることなくしっかりと体を支え、引きずりながらも力ある一歩を踏み出す。
「やらせるか。やらせるかぁぁぁ!」
状況が悪い方向に傾いたことに気づいたペイルライダーが猛スピードで走り出す。そんな彼を気にせずアンリ・マユ右手の何かを捨て、沙遊は空手になった手に自身の左手を差し出し握る。
「沙遊。今から私が謳うから同じように謳って」
「分かった」
二人の場所のみ穏やかな空気と時間が流れる。最中、心地よい旋律が二人の口から生まれ、一つの唄を奏で始める。
「「ユニゾン」」
静かな空間――静かな夜の闇に柔らかな月明かりが照らす中で二人は溶けていく。
「間に合えぇぇぇぇ!」
振り抜く拳。それは溶解する何かに向かって放たれた。しかし、すべてを壊そうと放たれた拳は溶けた何かにふわりと包まれた。
「……そうか。お前が最も恐怖する武器はこれか」
振り抜いた姿勢のまま静止するペイルライダー。拳はいつの間にか真っ白な手に受け止められていた。
その手を追うと白い少女の姿が目に入る。少女の姿は先程まで半身を引きずっていた人物とよく似ているが一部が違った。
オッドアイであるはずの目は両方共ピジョンブラッドのルビーのように透き通った赤に変わっており、また左半身は一切の黒が無くなって洗練された白になっていた。
「な……成功しやがった」
完全に余裕のなくなった表情で彼は言った。それに対して白い少女は――アンリ・マユは左手で拳を作り、ペイルライダーの顔の右に強烈な一撃を与える。
バネのように反り返る半身。頭部は揺らされ緑の蛍光色の血が飛び散る。
「がぁぁぁ!? がぐぅぅぅ! だがこれも想定済みぃぃぃ!」
突如アンリ・マユの足元にあるキャベツが花開く。すると中からたくさんの刺が発生してはじけた。
一個だけではない。彼女の近くにあるキャベツすべてが花開き刺を飛ばす。
「貧弱貧弱貧弱! たとえユニゾンしたところで死にかけのお前が強くなれる訳がぁない! 無駄なあがきはせずにさっさと死ね!」
次から次へと放たれる刺はアンリ・マユに直撃すると粉を散らした。
もうもうと立ち込める謎の煙。それを見て満足そうな顔をするペイルライダー。
「自慢の病原菌入りの煙だ! 刺にも菌がついている! これだけ蜂の巣ハリネズミになれば天に行く気になるだ――おごわぁ!?」
突如口からくぐもった声を吹き出すペイルライダー。そしてその体も吹き飛んでいく。
煙が晴れたところから突き出された左拳が現れた。その腕に一切の傷はなく、またそれを突き出したであろう少女は怯むこともなく、凛とした態度で立っていた。
「あらよぉっとぉぉぉぉ!」
ペイルライダーは空中で錐揉みしつつも体制を立て直し地面に着地する。しかしそれだけでは止まらず五mほど地面を滑って静止した。
「貧弱貧弱貧弱ぅ! この程度の拳三発で俺が止まると思ったか!?」
彼はアンリ・マユの放った拳に対して〝三発〟と言った。その言葉を聞いたアンリ・マユは表情一つ変えず、
「……違うよ。とりあえず十三発殴らせてもらった」
と、人ごとのようにぼそっと言った。言葉の意味を理解できなかったペイルライダーは僅かに首をかしげるが、次の瞬間理解した。
「が!? ぐ!? げ!? ごぁ!? がぁ!? あぁ!? げぇ!? いぃ!? ごぉ!? げぇ!?」
その場に立ったまま十回のけぞり悲鳴を上げる。すべての打撃を認識したあと、口から噴水のように緑の蛍光色の血を吹き出す。
「げぇぇぇぇぇ! がはっ! がはっ! ……てめぇ」
体がふらつきながらも姿勢を戻し、アンリ・マユを睨むペイルライダー。
「こんな程度で俺が! このペイルライダー様が倒れると思うなよ!」
地面を揺らすではないのかと思える強さで足元を蹴って宙高く舞うペイルライダー。
「そして! 猿みたいな人間とぉ! モンキーと手を組んだてめぇのような奴にこの人間を超越している俺にこれ以上傷をつけれると思うなよぉ!」
頭上から迫るペイルライダー。アンリ・マユはその軌道をしっかりと見据え、攻撃のモーションに入る。
「片をつけてやるよぉぉぉぉぉ!」
「来い!」
両者の距離は一瞬にして縮まり、激しいぶつかり合いが再開した。
「ウルァァァァアアアアアァァァァァァ!」
「はぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ!」
頭上から降り注ぐ拳。それに対してアンリ・マユは地面をしっかりと踏みしめ両拳をペイルライダーめがけて繰り出す。
二人の拳はぶつかり合い、轟音を生み出し空気を震わせた。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄! 無! 駄! っだぁ!!」
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁっ!」
苛烈な攻と攻。どちらも相手を粉砕するつもりで拳をぶつけ、反動で吹き飛ばされる。




