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第四話 疫病VS幻想 6

「さて、こちらの最高の病原体を感染させてもらうかね」


 シニカルな笑いをしながらペイルライダーは左手の指をまとめ、アンリ・マユの首に指を打ち込む。


「んがぁあ!?」


 気道ごと貫かれ嫌な声を上げる彼女。またその部位は脈打ち、白い肌に黃疸が現れる。


「本当はよ、この能力怖いんだ。今は頑丈で強固な対病原体細菌用のスーツ着てるから感染しないけど、無かったら使用者の俺でさえかかっておっちんじまう危険性がある。

 本当に難儀な能力だ」


 へへへと恥ずかしげに語るペイルライダー。だがその手は容赦なくアンリ・マユの喉を陵辱し、次々と病原体を送る。


「ぐふっ! あがぁ!」


 喉の奥から詰まったような咳をし、口から大量の黒い血を吐くアンリ・マユ。その様子を見たペイルライダーは手を離し、腹を抱えて笑う。


「はは! すっげ! 大量のイカ墨吐き出しやがった!!」


 子供じみた態度で馬鹿みたいな大声で彼は笑う。その態度にアンリ・マユは歯ぎしりをし、いつの日か見せた怪しい輝きを目から発した。


「お? まだやる気なのか? センチュリオンといってもほとんどが人間と同じような作りらしいな。ってことでもう限界のはずなんだけど?」


 当然そうな態度でペイルライダーは言う。

 ……言われなくても分かっている。自分がまともに動けないことぐらい。だけど。だけど!

 震える体を無理やり持ち上げる。ガクガクと震え、口元以外に体中の毛穴から血が吹き出る。それでも彼女は屈するつもりがなく、正面に立つ敵に対して攻撃的な視線を送る。


「おいおい、どっからそんな力出るのさ?」


 少し驚いた表現をするペイルライダー。しかし、本当に驚いているようには見えない。


「こんなことで……」


 自分が敗れてしまったらあの円卓で六王相手に離反した意味がなくなってしまう。


「こんな程度で……」


 自分が屈してしまったら啓造は死んでしまう。


「こんな場所で……」


 自分が立たなかったら多くの人が病に倒れ死ぬ。


「こんな状況で……」


 自分が死んだら未来ある伸一や結の明日が閉ざされてしまう。


「……簡単に死ねるんだったら――幻想の王など名乗っていない!」


 なによりも自分に居場所をくれ、慕ってくれたあの子に申し訳が立たない!


「沙遊に言ったんだ! 必ず助けるって!」


 ダンと地面に強く右足を踏み込んだ。その一歩は足を捉えていたキャベツを粉砕し、地面を大きく穿つ(・・・・)

 そのまま彼女は再び右手に何かを掴み、ペイルライダー目掛けて振り上げる。


「遅えよ」


 完全なるモーションが入る前にペイルライダーは右手をアンリ・マユの腹部に突き刺していた。再び流し込まれる病原体。

 しかし、アンリ・マユの一撃は止まることなく空に向かって伸びた。


「っ!? なにぃ!?」


 直撃する何か。それはペイルライダーの甲殻の一部を削り取り、緑の蛍光色に光る血をじわりと滲ませた。


「まだだ。まだだぁ!」


 力任せに、強引に腕を四方に振り抜くアンリ・マユ。ペイルライダーは即座に手を抜き一歩後ろに下がる。


「燃え尽きる前のロウソクの炎ごときに俺が負けるものかぁぁぁ!」


 両の手を握り、頑丈な拳を作るとペイルライダーはアンリ・マユの攻撃に応戦する。そして、そこから二人の激しい応酬が始まる。


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ!」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」


 それは人では発生させることの叶わぬ異音。金属音に破裂音。また何か硬いものがぶつかり合う鈍い音までが空間を震わす。

 アンリ・マユは瀕死でありながら片手で何かを振り続け、ペイルライダーは格上の王である少女に両手の拳で攻撃に防ぎきる。

 膝が折れそうになる。手から武器がこぼれ落ちそうになる。そんな良くない状況を彼女は胸の中にある思いで全身を支え、目の前の相手を倒すことにすべてを注ぐ。


「んだ? コイツの体を支えるものは!?」


 その異様なまでの気迫にペイルライダーは焦りを見せた。

 右、左、上、下と何度も繰り出される攻撃。人間が目で追うことも防ぐこともできない強撃をペイルライダーはしのぎ切った。そして彼は気づく。自分が防戦を強いられていることに……。


「無駄だ無駄だ無駄だぁ! 言ったろう! 無敵モードになる術式も展開しているって!

 伊達や酔狂でこの甲殻が変質している訳じゃねぇ!」


 自身を鼓舞するかのように吠え、攻撃の合間を見つけアンリ・マユに回し蹴りを当てるペイルライダー。穿たれた蹴りは攻撃に専念し防御を捨てたアンリ・マユに直撃し、少しの時間動きを止めた。


「動きが止まっているぜ! 王様よぉ!」


 それを好機と見定めたペイルライダーは固く拳を握りしめて全力の一撃を放つ。

 アンリ・マユは右手の何かでそれを弾くが続けざまに二擊目、三擊目と拳が繰り出され、そのまま左右の拳を使った連撃が始まる。その一撃一撃はどれもが全力を込められたもの。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」


 トップスピードに入った攻撃。けれどペイルライダーは軽々とそれを出している訳ではない。攻撃の合間に体が軋む音が漏れていた。

 ……こいつ、肉体を何らかの術式で強化をしているけど体が全然追いついていない。悲鳴を上げている。それでも私を倒そうとするだなんて一体何で体を支えているんだ!?

 ひたすら、堅実に攻撃を弾き続けるアンリ・マユ。それでも限界はとうの昔に超えた状態。

 病に犯された体は確実に崩壊し、相手の攻撃に耐えられなくなっている。

 またペイルライダーもスズメバチのような顔の口元から緑の蛍光色の血をつぅっと垂らし始める。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無――――んん!?」


 突如ペイルライダーの攻撃が止んだ。猛襲とも呼べる攻撃が止まったのをアンリ・マユは好機と思ったものの肉体のダメージの方が大きいために膝が崩れ落ちた。

 なんとか目だけを動かしペイルライダーの方を見る。

 彼は完全に固まっていた。またその視線を追うと小さな影が一つ存在する。

 その人影は髪が長く、桃色のワンピースを着ていた。それはとても見覚えのある服装に容姿。思わずアンリ・マユは願ってしまった。嘘であって欲しいと。


「これ以上おねえちゃんにひどいことするなら許さない」


 そこには木の棒を持った沙遊が立っていた。


「なんだこのガキ?」


 最悪の状況。このままでは沙遊が危機に見舞われる。そう思った瞬間アンリ・マユは魂を込めた声で「危ない!」と叫ぶ。

 突如ペイルライダーは飛び上がった。勝つためなら何を犠牲にしても、どのような姑息な手段を使ってでも勝利を収めようとする者がありえない速さで動いた。――それは後方に向かって。

 アンリ・マユはペイルライダーの不可解な行動に警戒して右手で地面を殴って沙遊の元まで移動する。

 黒い血に塗れた体。沙遊は見るだけで分かるほど心配してきた。


「おねえちゃん」

「大丈夫。王様はこんなくらいじゃ死なないから」


 力ないながらも微笑みを見せる。それに対して沙遊も顔を悲しみから喜びに変えた。


「なんだあれは? 嘘だ。この空間に入れるはずがない。俺は招いていないぞ? あれは人間か? ああそうか、あれは彼女と契約しているのか。――――いや、だとしてもこの状況は……」


 随分と離れた位置。ペイルライダーは飄々とせず、またシニカルな笑いもせずマジメに考え込んでいる。そして、驚嘆した。


「お前なんだ? ――本当に人間か(・・・)?」

 ようやく出た言葉がそれだった。その目は珍しいものでも下等な生物を見る目でもない。何かを恐る目だった。


「人間だよ。私も。おねえちゃん(・・・・)も」


 ずいっと身を盾にするように立つ沙遊。先程までの彼なら少女の発言に対して馬鹿にしたような笑いを返すのだろうが、今だけはそれを聞き入った。


「おねえちゃん。〝ゆにぞん〟ってなに?」

「……え?」


 ゆにぞん。《ユニゾン》その名称にアンリ・マユは心当たりがあった。けれどそれは沙遊に教えないようにしていた。

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