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第四話 疫病VS幻想 4

            *            *

 

 病院から片足のみの跳躍と疾走を続けたアンリ・マユは病の元凶である一人のセンチュリオンが居るコンクリート製の橋へとたどり着く。

 そこに居たのは蠍のような甲殻にスズメバチのような顔を持つ男――ペイルライダーだった。

 彼女は赤と金の目で彼を見据え、口を開こうとする。ところが彼女が第一声を伝える前に彼は急に跪き口を開き話し出す。


「お待ちしておりました幻想の王、アンリ・マユ殿。こ度はお加減がよくなって……」


 あらかじめ用意されたとしか思えない質のない口上。そもそも彼女には彼との面識は一切ない。


「戯言はいい。すぐにお前の撒いた術式を解除しろ」


 ペイルライダーの言葉を一蹴するとアンリ・マユは命令した。それはかつてと変わらぬ冷徹な表情で。

 だがペイルライダーは怯える様子も恐る素振りも見せず、ただ頭を少しばかり下げて言葉を紡ぎだす。


「それは承服しかねます。私は貴方様のことを考えいろいろと手回しをしたというのに……。

 この地の人間の全てを病によって葬りさることによって貴方様の体の完治、または望みが叶う可能性があるのにそれを見過ごせとおっしゃるのですか?」

「――そんなものどうでもいい。啓造や他の人に感染させた病を排除せよ」


 アンリ・マユの強い態度にペイルライダーはさすがに萎縮し、小さな声で「分かりました」と答えた。

 その言葉を聞いてアンリ・マユは深呼吸をし、ペイルライダーに背を向ける。が、即座に振り向き右手を振った。

 ビュオンと振り抜かれるなにか。目に見えない、透明な何かが空を切りペイルライダーに向かって一直線に進んでいく。


「――アハ。来ると思った」


 直後、ペイルライダーはいたずら好きの子供のようないやらしい笑みをこぼした。


「っ!」


 甲高い金属音が響いた。アンリ・マユは即座にその場から飛び上がり距離を取る。


「……こいつ!」


 僅かに表情を曇らせるアンリ・マユ。そんな彼女の見据える先にはペイルライダーがだらしさなそうに立っている。

 ただし、その手には明らかな害意のこもった大きな鎌が忌々しげに存在した。


「へぇ、それが噂の見えない武器ね。確か~に恐ろしそうだ」


 睨め回すように彼は彼女の手元を含めた体を見る。それは武器のみに意識を向けたものではなく肉体を含めての視認。――いや、視姦をしている。


「何を食ったらそんなにパイオツがでかくなるんだか。細くくびれている腹やら腰やらも良さそうだね」


 クルクルと鎌を回転させ構えなおすペイルライダー。


「いいよなぁあんた。そんなレアな能力に恵まれて。俺なんて病原体扱うだけに極めつけはこんな役に立たない農具だ。本当に戦闘向きじゃない。嫌になるね」

「だったら病を早く取り除け。そうすれば――」

「命だけは助けてやるって? カカ! 笑わせんな!」


 ペイルライダーは怒鳴る。その目にはとてつもない怒りの色が滲み出ていた。


「お前そう言いながら初見の対峙、俺が謝っているのにそのまま切り殺そうとしたろう?

 分かっていますって言ったのになぁ。そのへんの嘘つき狸よりタチワリーよなぁ。

 こちとら考えが分かっていたから防御したが、並の奴ならのんきな顔して真っ二つだぜぇ?」


 ペイルライダーはヘラヘラとした態度で「ヒデーヒデー」とぼやく。しかしアンリ・マユは何も答えない。その様子を見てペイルライダーは確信する。


「……やっぱ、てめえも王の一人ということか。邪魔だと思ったら命乞いしようが媚びようが気にせず殺す。そして屍を踏みしめ何事も無かったかのように進む。本当にやな存在だわ」


 彼は鎌を構え駆け出した。禍々しい刃を振り上げると迷うことなくアンリ・マユの肩口へ振り下ろす。

 アンリ・マユは見えない何かでそれを難なく防ぐ。それなりに重い一撃。あっけなく防がれたことを理解したペイルライダーは一度距離を取ると苛立たしげに地団駄を踏む。


「あーちくしょー、あーちくしょー! さすが幻想の王! 俺の攻撃なんて片手で防げますってか? いやだね~。シンデレラストーリーでのし上がった奴っていうのは!」


 子供が暴れているのでは? と思うくらいに過剰な表現をするペイルライダー。これが彼の素ではないかと考えてしまいそうになるほど……。

 だがよく見てみると目は違う。目だけはおどけていなかった。むしろ血走っている。


「俺らみたいな下々の、下位レベルの気持ちは分からねーし存在は認めないってか? だから会話する必要はない? 切り捨てればオールオッケー?」


 ひゃひゃひゃひゃひゃ~と気味の悪い笑い声が響く。そしてそれがやんだ瞬間彼は爆ぜた。


「ザケンなチクショー! 俺達にだって命はあんだよぉぉ!」


 世界の何もかを変化させないくせにその踏み込みは空間を震わせ、一気にアンリ・マユの前へ。

 また鎌は背中の方へ引いており、既に振りぬこうとするモーションに入っている。

 通常なら回避の叶わぬ距離。ところがアンリ・マユは瞬き一つせず人間ではありえない反応速度で右手を振り上げ鎌を跳ね返す。

 ペイルライダーははじかれた刃を気にせず反動をそのまま新たに軌道を変え振りかぶる。

 両手で握られた鎌と片手で握られた何かは何度もぶつかり合い火花を散らし、空気を焦がしていった。


「ソラソラソラソラァ!」


 申し分ない速さ。王である彼女――いくばくか弱体化したといっても王であるほどの強さを持つアンリ・マユに食い下がらないペイルライダー。


「一発臓物撒き散らしてリョナ画像みたくしてやろかぁ!」


 大きく振り抜いたところで地面に鎌が当たる。だがそこには既にアンリ・マユの姿はない。

 数歩分の距離を片足のみの跳躍で後方へ下がると彼女は謳った。


「塗りつぶせ。《クレイドル・オブ・フラワーズ》」


 直後世界が変質する。それはアンリ・マユが沙遊と結に使った捕縛陣。

 いつもなら大好きな人のために、何の制限もなく触れ合うために使う結界。しかし、それは本来の使い方ではない。

 本来の――本当の使い方は対象者達を己が一番得意な空間に閉じ込め完膚無きまでに鏖殺することに使う。

 王の時、たくさんの敵として扱われてきた人とセンチュリオンを一人残らず殺し尽くした最凶の我式捕縛陣。それがクレイドル・オブ・フラワーズ(華々の揺籃)。

 それを今、彼女はペイルライダーと言う存在を完全に抹殺する発動した。


「ハッハー! それも想定済みぃ!」


 ――がしかし突如、世界の変質が止まる。まさかの発動失敗にアンリ・マユは視線を彷徨わせその光景を疑った。


「この俺! ペイルライダーが何の策なしに王に挑むと思ったか! このバカがぁ!」


 彼女の視線の先には崩壊する花畑と、謎の光を愉快そうに振りまくペイルライダーの姿が映る。


「…………何をした?」

「何って?」


 ひとしきり振り回したあと最初と同じ橋の上に世界は戻る。


「こっちがいつからお前に的を絞っていたか知っているか? 考えろよ。ヒントは……そう、流行ぁ~り病ぃ」

「流行り病?」


 彼の言葉を聞き彼女は思案する。

 …………流行り病。それは。……それは?

 ――ああ、そういうことか。あの病はかつて流行っていた頃よりは多少かかりにくくはなっている。ところがそれは村の住人に連鎖的に感染し、小さなパンデミックを起こしている。


「……お前、お前がこの付近の住人に結核を発症させたのはそのためか!」


 奴は無作為に人に病を振りまいたわ訳ではない。病の中に何らかの術式を編みこんだモノを人に感染させ、私が発現できるエリア以上の巨大な阻害用の捕縛陣を作ったんだ!

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