第四話 疫病VS幻想 3
* *
その日の晩、啓造は家に帰らなかった。
心配した沙遊達が灰田に連絡して作業場に向かってもらったところで床に倒れている啓造が発見された。
とても尋常じゃないと思った灰田は慌てて病院まで彼を運び、また他の同僚が沙遊、伸一、結を連れて病院まで向かった。
そこで彼女達は啓造の今の状態を知らされる。彼は結核にかかっており、症状はとても重く予断を許さない状況だと。
「父さん、死なないよな?」
病院の廊下で待たされている中、伸一がポツリとつぶやく。
「死なないよ。だってお父さんは死なないって約束してくれたんだから」
それに対して沙遊は毅然とした態度で否定する。
「でも先生がヤバイって。それに母さんと同じ病気なんだよ? そうなるともう治らないんじゃ……」
自分で言って苦しそうな顔をする伸一。そんな兄の姿を見て結も悲しそうな顔をする。
「ぱぱだーじょーぶ?」
「大丈夫だよ結」
ぽんと手を置き沙遊は結の頭を撫でてやる。そこで同僚の灰田が現れる。
「伸一くん。沙遊ちゃん。啓造さんが病院に着くまでこれを手に握っていたんだけど……」
すっと差し出されたもの。それは桜の花を模した装飾のついた簪だった。
「これ、俺達知らない奴なんだけど誰のために作られたものか分かるかい?」
「……いえ、僕にはさっぱり」
伸一は差し出された簪に分からないと返事する。ところが沙遊はそれを見て目を丸くした。
「これってもしかして」
その様子を見た灰田は簪を沙遊に手渡す。それをまじまじと見る沙遊。
「よくできている。これお客さんに売るためのじゃない。きっと誰かにあげるためのものだと思う」
「だよね? ちょっと手の入れ方が尋常じゃないんだ。前に一度見たことあるんだけど裕子さんのつけていた簪に似ているんだよ。特に仕上げ方とか花を装飾につけているところとかさ……」
「……あ」
そして沙遊は気づいた。これが誰のために作られたのかを。
「おねえちゃんのために作ってくれたんだ」
簪を手にゆっくりと歩き出す沙遊。そこで彼女はおもむろに壁の方へ。
「おねえちゃん。お父さんがこれ作ってくれたみたいなの」
そう言って誰も居ないはずの場所に向かって彼女は簪を差し出した。その様子を見た伸一と灰田は困惑する。
「沙遊、何をしているの?」
「何をしているんだい沙遊ちゃん? そこには誰も……」
だが、結だけは違う反応を見せた。
「まゆちゃんいるの?」
その言葉に二人は怪訝そうな顔をした。だが次の瞬間、空間が変質する。
病院の壁は全て石壁に変化し、床には花が生い茂る。突如変質した空間に見慣れていない二人は驚く。
「……え、夢?」
「……どこだここは?」
一瞬のできごとに思考が停止する二人。そんな二人を気にすることなく結は走り出し沙遊の方へ。また、沙遊の前には一人の白い少女が存在した。
「これを、私のために……」
差し出された簪を受け取るとアンリ・マユは愛おしそうにそれを見つめる。
「……綺麗。人ってこんなに綺麗なモノを作り出せるんだ」
「そうだよ。でもそれだけじゃない。おねえちゃんのことを思ったからこそこんなに綺麗なモノが作れたんだよ。おとうさんがいっぱいの気持ちを乗せて作ってくれたから……」
そう言う沙遊の目は潤んでいた。そしてひしとアンリ・マユに抱きつく。
「……どうしよう。お父さんが死んじゃったら。……わたし――わたし!」
「大丈夫」
泣き出す手前の沙遊の頭を彼女は撫でる。
「啓造は死なない。それに啓造の病気は自然にかかったものじゃない」
「え?」
「これは――」
優しげな顔から鋭い目つきに変わる彼女。それは明らかな怒りがこもっていた。
「――これはセンチュリオンが絡んでいるから」
アンリ・マユは簪を指に挟み、余った指で髪をかき集める。ある程度の量髪が集まったところで簪を挿してそれをまとめた。
「私には感じれる。すぐ近くに病気をわざとまいた奴が居ることを。そいつを潰せば啓造は助かる」
そう言うとアンリ・マユは何かをつぶやく。すると服が光り形状が変化し、最初に出会った時の格好に変化した。
「沙遊。その人誰だ?」
「沙遊ちゃん、結ちゃん。彼女は?」
常人には理解できない状況。それに対して沙遊と結は振り向き、
「杏里さん」
「まゆちゃん」
とそろえて彼女の名を言った。
「杏里さん? そこの人が?」
目を丸くする伸一。彼の視線に気づいたアンリ・マユは片足を引きずりながら歩き、伸一の前に行く。
「伸一、必ず啓造助けるからここで待っていて」
そっと右手を伸ばし伸一の顔に触れるアンリ・マユ。触れられた瞬間、伸一は固まった。
「……この感覚。僕は知っている」
訪ねようと口を開こうとするがアンリ・マユが彼の唇に指を置いてしまう。
「私はこれから該当するセンチュリオンを倒してくるから。貴方はこの子達を見ていてくれますか?」
「あ、ああ」
突然の事態に困惑するも灰田は了承した。
「じゃあ、行ってくるね」
小さく微笑むとアンリ・マユは四人に一別し捕縛陣を解く。そして、病院の窓からその身を投げ出し旅立つのであった。
* *
満天の星と月明かりのみが照らす世界。なんの汚れもない川のせせらぎがマイナスイオンを発生させながら流れていた。
その上にはこの地域では珍しく鉄骨とコンクリートで作られた橋がかけられており、柵の上に彼は座っていた。
「ああ、ついにこの時が来たよ」
そこに居たのは疫病使いのペイルライダー。
彼は右手にロケットを握っており、蓋を開いて中にある写真を愛おしそうに眺めていた。
写真に写っているのは女性だった。――――しかも人間の。
彼と彼女がどのような関係かは分からない。だが、異種族であるのにかかわらず彼が大事そうに持っているということは何らかの関係があるのだろう。
例えば、母のような人であったとか。姉や妹のような人であったとか。
――いや、きっとこうだろう。愛する人だと。
「初めて君を見たとき、俺は胸を穿たれたよ。心の無い自分が君に見惚れるなんて」
日頃から見せている飄々とした態度ではなく、何か思いの募った声色。
「必ずこの戦いが終わったら君のもとへ行こう。ああ、そうだ。飛行機だったか。今はそんな便利なものがある。そいつに乗って君のところに俺は行くんだ」
愛おしげな口調でペイルライダーは誓う。なんとしてもこの戦いに勝つと。
「そしたら、生の君の姿を拝むよ。スクリーンではなく、本当の君を。そしたら君は俺に触れてくれるかいオードリー?」
ペイルライダーはロケットの写真に向かって投げキッスをする。そこに映されていた女性はとても有名な女性。
彼はオードリーと言った。その名はたまたまではなく、銀幕で華麗に生きたある女性のもの。そう、彼が見惚れたのは伝説の女優『オードリー・ヘプバーン』である。
「もう映画館で眺めるだけの生活は嫌なんだ。君と直接会って話がしたい。――そしたら直筆サインもらってほかのセンチュリオンに自慢してやるんだ」
ところが会いにいく動機は不純だった。この様子から察するに恋心を抱いているようには見えない。また、映画館に入るにあたって彼は一度も入館料を払っていない。
「ああ、なんだか歌が歌いたくなってきたな」
すっと立ち上がるペイルライダー。幅の少ない柵の上に彼は立ち上がり急に歌を歌いだす。
「Ave Maria~♪」
人一人居ない夜中、虫の鳴き声と川のせせらぎをバックコーラスにペイルライダーは陽気に歌いだす。
その両手は指揮者のようにリズムを取りながら振るわれ、禍々しい鈍色の何かを振りまいていく。
一見ふざけているように見えるが、彼は実際にふざけていた。
真面目ではない。いや、真面目になる必要がないことを理解していた。
誰かのルールに従い、縛られ、苦しめられる。そうなるくらいなら自分の好きなように生きる。
ヘプバーンの写真が入ったロケットもそう。
人間とセンチュリオンの寿命は違う。また異なる世界同士の住人であるために接触することはできなくもないが同じ道を歩むことが不可能。
人間と接触するにあたって得はない。彼はそれを分かっていた。だが、仮に人とセンチュリオンが結ばれぬと分かっていながらも恋をしたら?
きっと感動的であろう。きっと劇的であろう。そう考え彼は表層だけを演じることにする。実際はファン程度。その程度の情熱しか持ち合わせていないのに焦がれるフリをする。
大した意味はないのだ。彼にとって。……けれど意味があるとすれば一つ。――面白そうだからだ。
一度しかない命。全力で快活で、映画の原作に足り得る命を謳歌したかった。ただそれだけの理由で彼は物事に興味を示した。
言うなれば彼は道化なのだ。他者を喜ばせつつ自分も喜ぶストーリーを思い描き、果てには自分のためだけに物語を紡ぎページをめくる。自己中心的な存在。
それはきっと理想的なのだろう。ありとあらゆる存在において自分にのみスポットが当たるというのは。だが、それが行えたのなら外道だ。倫理的にも道徳的にも……。
「~♪~♪ ――っと、来たか」
横目であたりを探るペイルライダー。そこで自分の物語を鮮やかに染め上げてくれるであろう人物の存在を認識した。
「さて、試合をしようか。――つっても俺との試合は百億%泥仕合だがな」
クフフと変な笑い声を漏らしながらペイルライダーは柵から飛び降りる。
スズメバチのような顔はより残酷に、その胸にある感情はとても利己的なものを抱きながら……。




