第四話 疫病VS幻想 2
「この間も田んぼの向こうに住む田崎さんのおばあちゃんが亡くなったって言うし。それに同じクラスの中川くんのおじいちゃんも結核で病院に入院しているって聞いたよ?」
そう話す沙遊の言うとおり村では少し前から結核が流行っていた。二、三ヶ月の間に十数人が病院に搬送されるほど。
だがそれだけでは二人は暗くなったり、落ち込んだりしない。なにせ、愛する母を失ったのだ。周りの不幸に対しある程度耐性が出来ていた。
「それに、おかあさんも……」
――はずなのだが、言いよどむ沙遊。ある程度耐性が出来ていると言っても完璧ではない。押せば揺らぐレベル。
経験の浅い子供だからという訳ではない。母が――裕子が結核で亡くなったのであれば咳に対して過敏になるのは仕方ない。
「父さんは、母さんと同じ病気にはならないよね?」
伸一が不安な視線を送る。沙遊も思わず表情を強ばらせ啓造を見つめた。
「お前達……」
真っ直ぐな視線が彼を貫く。が、啓造は突然馬鹿みたいな大声で笑いだした。
「問題ない問題ない。あんなモノは体力が落ちている人がなるものだ。それにな、いくらしつこい風邪だからって父さんがただの風邪相手に倒れるような青瓢箪に見えるか?」
手を伸ばしわしゃわしゃと伸一の頭を撫で、ほれほれと沙遊の頬をつつき始める。
「裕子にも言ったんだ。俺はまだまだ墓には入らないと。安心しろ。孫ができるまで俺は死なん」
力強い父の言葉に沙遊と伸一は安心した表情を見せる。
「さぁ、飯の続きだ。沙遊が一生懸命作ってくれた飯が冷めちまう。ささ、食え食え」
「うん」
「わかった」
「あーい」
各々が返事を食事を再開する。
そう。誰もが問題ないと信じていた。大丈夫、辛い目に遭った自分達なら何も起こらないと。
* *
次の日以降、啓造は仕事を早めに切り上げるようになった。
切り上げたからといって家に帰った訳ではない。作業場で一つの簪を作っていた。
珍しく設計図を起こし、丁寧に切り取って削り、形を仕上げていく。
年下の同僚である灰田がたまには早めに帰ったらと勧めても啓造は遠慮し、一人工房に残り彼は簪を作り続ける。
別にゆっくりと作ればよかった。急いで作る必要などなかった。けれど、その時の啓造は何かに取り憑かれたかのようにひたすら完成度の高いものを作ろうと苦心し、時間の許す限り猛進する。
熱中して作業を進める啓造。そこで彼は咳をした。何度か続いたあと口元をぬぐい、一心不乱に簪を仕上げる。
魂を込めて作り上げた簪にあらかじめ用意しておいた花の装飾をつけ、やっとの思いで納得のいく一品を完成させた。
「これは中々。良いものが出来たな。これなら彼女も…………杏里さんも喜んでくれるだろう」
啓造はそれを手に取るととても愛おしそうに眺める。その顔はやつれており、精根尽き果てた顔をしていた。
「さて、今から帰ればもしかすると杏里さんに会えるかもしれない」
渡すなら直接。啓造は前々からそう考えていた。
いつもいつも人伝でしか感謝の言葉をかけれなかった。だからこそ普段言えない言葉の分だけ簪に思いを込め最高とも言える一品を作り上げた。
「きっとこれをつけた彼女はさぞ美しいのだろう。そう……」
……裕子の様にと、彼は言う。
啓造が作った簪を死ぬまで手放さなかった裕子。そんな彼女は誰よりも啓造の仕事を愛し、世界で一番大切な人物から自分のためだけに作ってくれた簪を痛く気にいっていた。
また啓蔵も裕子の気に入ってくれた姿を見て親からなし崩しに引き継いだ自分の仕事に誇りを持てた。
「急いで帰ろうか」
重たげに腰を上げ啓造は立ち上がる。そこで足がもつれた。なんとか踏みとどまろうと足に力を込めるも、その場にとどまることができずに床に盛大に倒れこむ。
ぐらつく視界の中、啓造は慌てて手の中にある簪を庇い背中から床に落ちた。
「ぐぅ!」
硬い作業場の床に上半身を打ち付けるも手の中の簪が無事なことを確認すると安堵をする。
「……良かった」
そう言って啓造は再び体を起こそうとする。が、急に咳をしだした。
いくらか咳をしたあと口元に液体が溢れたために左手でそれを拭う。そして驚嘆した。
「なんだこれは?」
拭った手についていたのは血だった。それを見た瞬間啓造の全身から血の気が引いていく。
なにせ自分の体の状態を理解し、ある人物の死ぬ前の症状を思い出したのだ。
「……馬鹿な。俺が裕子と同じ病にかかっただと?」
再び咳き込む啓造。今度は血痰が口から吐き出された。
「こんなところで死ぬ訳には行かない。……死ぬ訳には行かないんだ」
体を鞭打ち無理やり起こす。そしてふらつきながらも歩き出す。
自分が死んだら蔵馬の家は崩壊する。それを彼は分かっていた。分かっていたからこそ無理をしてでも家に帰ろうと思った。
「おお~、頑張るなこのおっさん」
突然の発せられた声。しかし啓造は気づかない。
「だったらもっと強くしてやるよ」
何者かが啓造の肩を叩く。すると啓造はいとも簡単に倒れ地に伏した。
啓造は何が起こったのか分からないまま顔を上げる。するとそこに見覚えのない世界が広がっていた。
「ようこそ我らが住む世界側へ」
啓造は声のする方へ顔を向ける。そこには昆虫の顔を模した何かが凶悪そうな笑みを浮かべ偉そうに佇んでいるのが見えた。




