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第一話 少女と出会った日 1

第一話 少女と出会った日

 桜も散り、連休も過ぎた雨降りの六月。

 しとしとと降る雨は大地へと染みこみ、夏の照り付けに耐えれるように水を蓄えていく。

 のどかな町並み。木々が生い茂る山々。それは一般的に田舎と呼ぶに値する場所であった。

 そんな場所の一角に、〝彼女〟は居た。


 水を吸ってぐちゃぐちゃになった地面。木を加工したときに出たであろう廃材が置かれている場所に彼女は深く座り込むように倒れていた。

 着地したときの衝撃が原因か、地面は陥没し廃材はぐしゃりと砕けている。

 即席の斬新なソファの上に深く座り込む彼女の姿はどす黒く、見た目は作り物のように思えた。しかし、僅かながらに震え動いている。

 胸の奥では心臓が規則正しく動き、血を全身に送り続ける。それに伴って体の節々からは黒い血がだらだらと流れ続けていた。


 それは彼女の状態が通常ではなく、危険なものだと告げていた。

 現に彼女はその場から動けなかった。鉛色の空を見上げたまま動くことも出来ない。

 それだけではない。指先に力は入らず、呼吸も静かだ。本当に生きているのが奇跡なほど。


「……私、生きてる」


 思わず、彼女は安堵の言葉と共にそう漏らした。

 先程まで彼女は――白い少女は地上ではなく空にある異界に居た。

 長きに渡って生活してきた馴染んだ世界。けれど自らの内より生まれた退屈によってその全てを拒絶し、戦い、今に至る。

 絶対的な死からの逃亡。確率は低かったものの成功し、今ここに命をつなぎ止めることができた。それは正しく奇跡だったのだろう。

 身を起こせず横たわる彼女の体には遠慮なしに雨が降り注ぐ。雨粒が思考を鈍らせ、単調な音の繰り返しにより意識が遠ざかり、空っぽな無の世界へと誘おうとしてた。


 だが雨はマイナスばかりではなかった。降り注ぐ水滴は混ざり合わないものの彼女の黒を流し、また動けない彼女の存在を隠蔽してくれていた。

 身動きの取れない彼女が仮に他者に見つかったのであれば、間違いなく命を奪われる。そのため今の状況は少しだけだが、都合がよかった。

 彼女は大量の水に当たりながら思考をめぐらせる。少しだけ……休もうと。

 ……少しだけ休んだらどこかへ移動し、そこで傷を癒す。そのあとのことは傷が癒えた頃にでも考えよう。

 全身の力を抜き、その場で休む彼女。その顔は最初に座っていたときより幾分かましな物に変わってきている。


「おねえちゃんだあれ?」


 すっと、小さな影が現れ声をかけてくる。彼女はそれに対して一瞬幻聴かと思った。


「怪我してるの? からだ、大丈夫?」


 続け様にかけられる言葉。彼女は重いまぶたを開けて正面を見ようとする。しかし、上手くまぶたが開かない。

 ゆっくりと、力を込めて右まぶたをあける。そこには傘を差した黒服の少女が居た。

 髪は長く、目は丸い。あどけなさの残る小さな顔が不思議そうに彼女を見ていた。

 彼女は二cmほど首を持ち上げ黒服の少女の顔をまじまじと見て、口を開いた。


「貴方は、私が見えるの?」


 彼女はそう言った。

 その言葉に首をかしげる黒服の少女。それもそのはず、どう考えてもおかしな台詞だからだ。だが彼女は冗談なしに本気でそう聞いていた。


「見えるよ。なんで?」

「……そう」


 黒服の少女の言葉を聞いた彼女は一度まぶたを閉じる。そこで少し考え込む。

 ……自分は人ならざる存在センチュリオン。その姿は普通の人間には認識できない。見ることの出来る人間はセンチュリオンと契約したロストチャイルド(契約者)だけ。

 なら目の前に居る少女は何か? ロストチャイルド? それともセンチュリオン?

 彼女は鈍く回る思考を巡らせ考える。しかし、答えに至らない。それは彼女の知らない領域だったからだ。


「おねえちゃん。動けないの? 誰か呼んでこようか?」


 無垢な瞳が彼女を心配そうに見る。


「……必要ない。これくらいの怪我、なんともない」


 重たげに右手をあげると、黒服の少女の前で払うかのように彼女は手を振る。


「ほんとう? 体が真っ黒だよ? 墨でもこぼしたの?」

「これは私の血」

「血が黒いの? それって病気?」

「病気じゃないけど……」


 彼女の言葉に黒服の少女は不思議そうな顔をする。それに対して彼女はやや面倒そうな顔をする。


「私は人間じゃない。そのため血が黒い」

「そうなんだ」


 黒服の少女の緩やかな態度にやや不機嫌になる彼女。さっさとその場を去りたい気持ちを抱くが、体が体だけにそれは出来ない。


「じゃあおねえちゃんは妖精さん?」

「妖精ではない。そうじゃないけど」

「違うの?」

「違う。……んと、なんと言えばいいのか……」


 黒服の少女の問いにどう答えればいいのか悩む彼女。悩んだものの血を失った頭では上手く考えが練られない。


「むずかしいこと聞いちゃった?」

「うん。今の貴方には少し説明し辛い」


 彼女の言葉を聞いた黒服の少女は「わかった」と言い、そこで話を終わらせる。


「私のことは放っておいて、家に帰ればいい。これ以上私と会話したって何の特にもならない」


 再びまぶたを閉じ、全身から力を抜いてその場に静かになる彼女。

 それを見た黒服の少女は何故か離れず、更に彼女の眼前まで近づき始める。気配に気付いた彼女はいさめるように口を開く。


「何故近づく? 家に帰れと言っ――」


 言いかかっているところで雨がやんだ。それは天気が変わったからではない。黒服の少女が彼女に向かって傘を差し出したからだ。

 突然の行動に彼女は驚く。だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。


「おねえちゃんの顔。冷たいね」


 すっと、黒服の少女が彼女の頬に触れたのだ。その行動に彼女は重い右まぶたを開けた。


「わたしね、怪我をしているおねえちゃんを無視して家に帰れないよ」


 やんわりと頬を撫でる少女。それに対して彼女はただ硬直していた。


「私に……触れている?」


 触れられている事実と触れられている温もりの両方に混乱する彼女。黒服の少女は戸惑う彼女に対し、柔らかに微笑む。


「ここにいたらよくない。怪我も治らないし、悪くしたらカゼ引いちゃって死んじゃうかもしれないから」


 するりと手が頬から離れたあと、差し出す形で黒服の少女は手を伸ばす。

 彼女は躊躇い表情を濁らせる。が、それを見た黒服の少女は気にする様子もなく手を差し出し続ける。

 やがて数十秒経った頃、根負けした彼女はゆっくりと右手を伸ばす。そこで黒服の少女がその手を掴んだ。

 互いに触れ合う肌と肌。黒服の少女の手から発される温もりに彼女は思わず顔を緩めた。

 そのとき彼女の頭にはこんな考えが浮かんでいた。誰かの手がこんなに暖かいなんてと。

 それは、彼女が長い間他人と手をつないだことがないゆえに抱いた感想だった。


「たてる?」

「ちょっと待っていて」


 黒服の少女の手を支えに顔をしかめながら立ち上がる彼女。その際に手足はがくがくと振るえ、ボタボタと血を流していく。


 苦しげな表情をする彼女に対し、黒服の少女は傘を置いて体を支えようとする。ところが彼女は首を横に振ってそれを拒絶した。


「私は人に優しくされるほどの存在じゃないよ」


 そう言って震える足で地に立つ。


「わかった。じゃあ、行こっか」


 再び傘を手にした黒服の少女は彼女の隣に寄り添うように立ち、雨がかからぬように傘を差す。ただし、身長差があるために取っ手の端を持ってだが。

 黒服の少女は小さな歩で進み、彼女は左足を引きずりながら緩やかに進む。

 そこで彼女はふと気付く。まだ名前を聞いていないなと。


「貴方、名前は?」

「わたしの名前? 鞍馬くらま 沙遊さゆって言うの」

「くらま……さゆ」


 一言二言彼女は呟くと、沙遊の名を頭に刻む。


「わたしの名前を言ったから、今度はおねえちゃんの名前を教えてよ」

「私の名か……」


 彼女は話を振られ、僅かに眉を下げる。それは見たところ嬉しそうな表情ではないのは確かだ。


「……アンリ・マユ(存在の全てを汚す者)

「あんり、まゆ?」


 不可解な名前に沙遊は不思議そうな顔をした。それを見たアンリ・マユは苦々しく口を開く。


「……変な名前だよね。私もこの名前は嫌い」

「そうなの?」

「そう。だって、知らない人達に勝手につけられたんだもの」


 不機嫌そうに彼女はそう言った。沙遊はそれ以上のことは聞かず、舗装されていない泥道を歩いていく。

 それを追う形でズリズリと左足を引きずりながらアンリ・マユは沙遊の後ろについて行った。


             *           *


 沙遊はいくつも並ぶ日本家屋の中から一軒の家の前に着くと足を止める。


「ここがわたしの家だよ」


 指刺された家は他の家より僅かに大きな平屋で、周りには敷地を囲うように茶褐色に変色した古い木の塀があった。

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