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第四話 疫病VS幻想 1

 裕子が亡くなってから三ヶ月が経過した。

 最初は大切な人物が抜けた鞍馬家だったが、沙遊の努力とアンリ・マユの協力によって以前以上の良好な家庭環境を保っていた。


「いつもすまんな」


 夕飯時、ちゃぶ台に座った啓造が沙遊から白米の入った茶碗を受け取ると感謝の言葉を告げた。


「そんなの気にしなくていいよお父さん。それにわたしたちはお父さんが仕事をしてくれているから毎日を平穏に過ごせるんだよ」


 割烹着姿の沙遊が伸一や結の元にも茶碗を置いていく。晩御飯の配膳が終わると彼女も自らの席へ付く。

 いただきますと挨拶をして食事が始まる。純和食の並ぶ食卓。荒々しく文化が変動する都会ではなく、古きを守る田舎ならではの光景。


「そう言えば沙遊。日頃結を見てくれている杏里さんにお礼を言いたいのだが。いつになったら会えるんだ?」


 手痛い質問。別に悪いことはしていない。けれどそれは沙遊にとって説明できない内容であった。


「そうそう。結は杏里さん綺麗って言うからおれも一度会ってみたいんだけど」


 伸一も珍しく話に食いついてくる。その状況下で沙遊は少しだけ困った表情をする。


「あははは~。そうしたいのはやまやまだけど杏里さんは結構人見知りが激しくて、男の人が苦手なの。

 それにあの人結の面倒見終わったすぐにお仕事があるから私が帰ってくると同時に出かけちゃうから……」


 若干の苦しい言い訳。それに対して啓造が不思議そうな顔をする。


「こんな田舎で夜に仕事? はて、何かあったか?」


 箸を片手に思案する啓造。沙遊は即座に閃き口を開く。


「ほ、ほら、川の向こうに大きな病院ができたじゃない? そこで夜働いているんだよ」

「ああ、夜っていうことは夜勤なのかね」

「そうそう、夜勤夜勤」


 あははははと笑ってごまかす沙遊。そこで啓造と伸一は少し考え込む。


「にしても病院で働いているということは看護婦ということになるのか。ならば入院する日が来たなら是非とも看護してもらいたいな」

「あ、父さん。白衣の天使ってやつだろ? きっとそんな人に看護してもらったら天国に行っちゃうくらいいい気持ちになるかも」

「こらこら、今天国に行かれると俺は困る」

「だいじょぶだいじょぶ。僕は死なないよ」

「しななーい」


 笑い合う四人。暖かな家庭。そんな彼女達の姿を少し後ろに居る和服を着た白い少女が優しげに見つめていた。


「私が白衣の天使か……」


 自分の真っ白な髪を触るアンリ・マユ。その顔には僅かながらの羞恥が現れる。それは――とても人間的な表情だった。

 三ヶ月で鞍馬家はだいぶ変わった。啓造は前より子供達と接するようになり、伸一は自発的に家のことをやるようになり、結はすくすくと成長していった。

 それだけではない。沙遊も彼女と初めて出会ったより精神面がいくらか大人びた。また沙遊と結に直接触れ合ったことによってアンリ・マユも人間味が増え、今まで着ていた服を脱ぎ裕子が生前着ていた和服を着用するようになる。そして杏里と言う和名まで手に入れた。


「おっと、話がずれたな」


 啓造がこほんと咳払いをして場の空気を整える。


「それでだ。いつも結の世話を見てくれる杏里さんに礼をしたいのだが、なんとかならないか?」

「そうだね……」


 父の要望に沙遊は考え込み、啓造の手を見る。そこには職人特有のゴツゴツした手があった。


「だったら、お父さんの作る簪をプレゼントしてあげてよ」

「俺の簪を?」


 不思議そうに尋ねる啓造に沙遊は首を縦に降る。


「そう……か」


 娘のアドバイスに真剣に対し、箸を止めて考え込む啓造。


「杏里さんの髪はどれくらいの長さだ? 色味は? 肌の質感はどうだ?」


 矢継ぎ早に尋ねる質問。それを沙遊は思い返すことなく即座に返答する。


「髪は腰までかかるくらい。日系外国人だから髪は白っぽくて、肌は絹みたいになめらかだよ。それにね、花がよく似合うの」

「ほう」


 それを聞いて啓造は完全に手を止め考え込んでしまう。更にはぶつぶつと何か言いながら謎の計算をし始めた。

 完全に食事をやめてしまった啓造に対し沙遊が「お父さん!」とすこし刺のある呼び方をすると、彼は我に返り娘の方へ顔を向けた。


「おお、すまんすまん。ご飯が先だな」


 啓造は再び箸を動かし始め、食事を再開する。

 そこで沙遊がちらりとアンリ・マユの方へ目を動かすとにこりと笑う。対するアンリ・マユも沙遊に笑い返した。


「ん? ごぉほっごぉほっ!」


 突然啓造がむせた。沙遊は慌てて啓造のもとへ寄ると背中をさする。咳は簡単に収まらず、しばらくの間続いた。


「お父さん。大丈夫?」

「ああ……問題ない」

「ちょっと変な咳だったけど……」


 心配そうな視線を送る沙遊。それに対して啓造は沙遊の頭を撫でた。


「いや、どうせただの風邪だ。薬も飲んでいるからもう治りかけのはず」


 啓造は大丈夫だと言うものの不安げな視線を送る子供達。


「そうは言っても結構前から咳続いてない?」


 暗い顔をした伸一が言った。その眼差しは不安げで、明らかに普段とは違う何かを恐れるような視線だった。


「そうだよおとうさん。ちかごろこの辺でも結核が流行っているって言うし病院に行ったら?」


 あまり良さそうに思えない咳に沙遊も素直に身を案じ、病院へ行くように勧める。

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