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第四話 おねえちゃん 5

「ひどくないよ」


 透明な、哀れみを持っていない声が後ろから聞こえた。


「沙遊」


 そこに居たのは彼女が最も信頼する少女だった。


「さぁちゃん?」


 また結も居る。

 二人は揃いも揃って服を着ておらず裸であった。


「おねえちゃん。いつものお願い」


 沙遊の言葉の意図に気づくとアンリ・マユは捕縛陣を発動させる。

 変質する世界。そこには石作の風呂場が形成され、辺りには様々な花が咲き乱れた。


「おー、わんこもよー」


 アンリ・マユの世界に案内された結が彼女の体を指差し言う。


「どういうこと?」

「それはね、おねえちゃんの体がワンちゃんの模様に似ているってことだよ」


 ――だから、ひどくないよと沙遊は言った。

 ……少なくとも。少なくともここに居る二人は私の体をそう言う風には思っていない。

 私はやはり馬鹿なんだ。他者の目を気にして。気にする必要なんて始めからなかったんだ。この子達だけに理解してもらえれば私は十分なんだ。


「ね、そんなことより体を洗いっこしよう」

「あわあわする?」


 可愛い四つの瞳が白い少女を見つめる。それは悲観や哀れみのない純粋な色味。

 そんな少女達の身長に合わせてアンリ・マユはしゃがみ、右手で沙遊を。左肩で結を抱く。


「ありがとう」


 そう言った彼女の両の目には涙が伝っていた。それに対して幼き二人はどちらからでもなく遥かに年上の彼女の頭を撫でる。


「ささ、お風呂入ってスッキリしよ。そうすればくらい気持ちも飛ぶと思うよ」

「分かった」


 アンリ・マユは右手の甲で涙をぬぐい立ち上がる。また沙遊も結も三人での入浴を楽しむべくアンリ・マユの手を引き石作の浴槽前へ誘うのであった。


           *                 *


 彼女達の入浴と同時刻、遠くから鞍馬家を見張る影が一つ存在した。

 ソレは奇妙なほどに長い手足を持っており、その頭部には光る赤い目が八つ。

 また表皮はねじれた、螺旋を描いたような甲殻の皮膚を持っていた。

 どう考えても人間ではない存在。ソレは静かに鞍馬家から離れ森の中に入っていく。

 草木が生い茂り落ち葉のある道。そこを音を立てることなく移動すると開けた場所に出る。そこでソレは足を止めた。


「《ペイルライダー》殿。お待たせしました」


 そう言い跪く何か。だが、ソレは声を発した。声と言っても奇声や鳴き声の類ではない。人語を話したのだ。


「そうか。ご苦労であった《ラルヴァ》」


 ソレの正面――ラルヴァと呼ばれた者の前に立っていたペイルライダーが威厳のある口調で労いの言葉をかける。

 《ペイルライダー》。青白い騎士の意味を持つ名。

 彼がどのような意思、意図を持ってそう名乗ったかは測れない。だが名乗るからには意味があるのだろう。

 そんな彼の体はラルヴァとは違い人の様な姿だった。だがよく見ると細部が違う。

 手や足の先は刺々しく、体は蠍のような甲殻を持ち、その頭部はスズメバチの様に凶悪な顔つきをしていた。


「まさかこのような辺境に居るとは思ってはいませんでしたがあの風貌、それにあの特殊な捕縛陣を扱えるものは世界に二人と居ないでしょう」

「となるとここに居たのはただのセンチュリオンではなく……」

「はい、裏切り者と言うことになります」


 その言葉を聞いたペイルライダーは凶悪な顔を歪め、醜い笑い声を漏らす。


「ここで奴の首を取り捧げれば他の王達から褒美が貰えるのか」

「そうすれば私もペイルライダー殿も一気に幹部へ昇進。いや、王の片腕となるかもしれません」


 互いに野心が滲む下卑た笑みを浮かべる二者。


「おまけに手負いのまま。見たところ傷は完治しなかったようです」

「流石に六王全てに攻撃さされれば奴とてただでは済まなかったと言うことか」


 ラルヴァの話を聞いたペイルライダーは一人納得をする。そこでラルヴァは腰を上げペイルライダーの前に立つ。


「さあいつ仕留めに行きますか? ただ今は人間の少女二人と入浴の途中です。狙うなら絶好のチャンスですがいかがしましょうか?」

「いや、焦るな。仮にもあの六王相手に死なず生き延びたのだ。ここは慎重に攻めねばなるまい」


 その考えを聞いたラルヴァははやる気持ちを抑え、落ち着かせる。


「ところで…………このことを知っているのはお前だけか?」


 明後日の方を見ながらペイルライダーが話を切り出す。


「はい。そうでございます」

「そうか。よかった。王やその眷属の者に知られでもしたら事が大きくなり、果てには我々の手柄がなくなるところだった」

「ですね」


 はははと乾いた笑いをする二人。どの世界でも下に居る者が上に上がるのは大変のようだ。


「この貴重な情報を持ってきたお前には本当に感謝している。私の能力は隠密には向いていなくてな。お前の能力あっての手柄だ。

 そんなお前に私からささやかな褒美をあげよう……」

「いえいえ、褒美だなんて滅相もないですよペイルライダー殿。ほら、私とあなたの関係ですし……」


 突然の言葉に対しラルヴァは口ではいらないと言ったものの、顔はもの欲しそうにしていた。

 そんな彼に向かってペイルライダーは体を翻し右手でぽんと肩を叩き、


「ほれ、褒美として休暇をやろう――――無期限のな」


 ――左手をラルヴァの腹部に突き刺した。

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