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第二話 痛みを超えて…… 6

「ああ”ぁぁぁぁあああ”ぁぁぁ!?」


 何度の炎だろうか? 叫び声が聞こえるということはおそらくさほど熱量は高くないのだろう。


「君には教訓となる言葉をプレゼントしよう。『井の中の蛙大海を知らず』。これは荘子という人物が残した言葉だ。次にどこかで転生するときにはぜひこのことわざに気をつけて生きたまえ。もっとも……」


 弱い火力で相手をじっくりと燃やすイフリート。対象を一瞬で灰にする火力を持っていながらもアフラ・マズダの全身を少しずつ焦がしていく。


「我々に転生という概念があればの話だが」


 イフリートは果実を握りつぶすかの様にアフラ・マズダの頭部を握りつぶした。直後明らかに火力の違う炎が燃え上がり、アフラ・マズダの体を燃やし尽くした。

 崩れ落ちる金髪の少年の体――だったもの。それは血の色は違えど人間と同じ様に済になり崩れる。

 それと同時にこの場の景色が歪み、崩壊をはじめる。


「人間に認識できるように作られた捕縛陣が崩壊し始めたか……」


 華やかな文明の跡が次々と消失し、ただの荒地に少しずつ還っていく。

 外から内へ。空間の端からひび割れ、アフラ・マズダの築いた捕縛陣は少しずつ崩壊していく。


「あとは君だけだな」


 それは言葉の通りなのだろう。

 周りは全て炎に包まれている。人間大概ものなら既に熱で溶けているか呼吸できずに窒息しているかの二択だろう。

 アンリ・マユと遂になるように存在していた少年はもうこの世界には存在しない。

 また彼や彼女を崇拝した者達も皆無。存在した証であった世界も徐々に崩れ、赤い炎のみが残る。

 全てを焼き尽くしている炎の魔人は最初と変わらぬ速度で歩き始める。そして自身の腰に届かない少女の前に立ちはだかった。


「さて、君はどのように燃やされたい?」


 四つの瞳が赤い二つの瞳を見つめる。絶対的な死が約束されている状況。そんな中少女は特に何かを考える訳ではなくさらっと一言告げた。


「好きに殺せばいいよ」


 それは当時の彼女にとって本心だった。


「そうか。随分と死に対し割り切っているな」

「別に……生きるとか死ぬとかよく分からない」

「ふむ」


 イフリートはアンリ・マユの言葉を聞き考える仕草を取る。


「とりあえず頭部を握りつぶしてみようか」


 と思いきや秒もかからぬうちに先ほどアフラ・マズダにしたことと同じように頭を掴み持ち上げる。

 小さな、華奢な少女の体は簡単に持ち上がり首を支えに嫌なぶら下がり方をした。

 既に首に危険な過重がかかっている中、イフリートは幼い少女相手に迷いを抱くことなく力を込め始める。

 ミシミシと頭蓋が軋む音が聞こえ、頭部の皮膚からは黒い血がたらりと滴り始めた。


「あと少し、力を加えれば頭蓋が砕けるが問題ないか?」


 イフリートは特に思うことが無い風にアンリ・マユに尋ねる。


「……別に」


 もう少しで自分が死ぬ。そんな状況であるのに関わらず少女は最初と変わらない対応をした。

 死を恐れない少女。その姿にイフリートは手を離した。

 ドサりと床に落ちるアンリ・マユ。彼女は何事もなかったかの様に体を起こす。


「君は本当に死を恐れていないようだな」

「死を恐れるってなに?」


 真っ赤な、無垢の瞳が炎の魔人を見つめた。すると彼はそこで初めて動揺した。


「恐怖が分からないのか?」

「分かるよ。けど私は感じていないと思う。怖いという感覚がわからない」


 少女は物憂げに目を伏せた。


「……弱ったな。信念でそのような対応をした者は見たことあるが君みたいに本当に何も感じないのは初めてだ」


 イフリートはポリポリと頭をかき悩み始める。そして一拍のあと手を差し出した。


「君の成長を見てみたくなった。付いてきたまえ」


 アンリ・マユの前に大きな無骨な手が差し出される。少女はその大きな手を眺めた。

 無言のやり取り。四つの瞳はアフラ・マズダや信者に向けた無関心な瞳ではなく、身を案じた優しげな瞳だった。

 少女はおずおずと手を伸ばし、炎の魔人の手を握る。


「……大きい。それに……あったかい」


 それはアンリ・マユが感じた真っ直ぐな感想。


「さあ、行こうか」


 イフリートは小さな少女の手を引き、ゆっくりと片足ずつ祭壇を降りていく。

 アンリ・マユは大きな手の感触によく分からない感覚を抱きながらもイフリートに連れられ、燃え盛る世界を渡っていくのであった。

 

             *            *


 アンリ・マユは飛び起きた。その体には汗が滲んでおり、呼吸も荒かった。


「……イフリート」


 かつて手を引いてくれた人物の名をつぶやくアンリ・マユ。その両の目には涙が浮かんでいた。


「分かった。なんであの人のことを思うと涙が出るのか」


 きゅっと、布団を掴んで胸元に押し付け嗚咽を漏らす。


「好きだったんだ。……あの人のこと」


 彼女は沙遊初めて出会った日涙を流した。その時は理由が分からなかった。しかしたった今その理由を理解する。


「沙遊達を見て分かった。イフリートは私にとっての……」


 その先の言葉を言うのを躊躇った。けれど歯を食いしばり深呼吸して彼女は口を開く。


「……私にとっての…………お父さんだった」


 言葉にしてしまった。きっと知ってはいけない気持ちを。

 血の繋がりはない。けれどイフリートは彼女にとって父に等しい存在だった。

 そんな彼は円卓で反乱を起こした彼女に対し率先して殺しに来た。

 最も敬愛し、幼少期から今に至るまでの自分を形成してくれた相手が自分を殺しに来る。それはどのような悲劇だろうか?

 かつて少女は多くを理解できなかった。けれど今は違う。成長し経験したことによって過去より幾らかを知った。

 また鞍馬家に接することによって新たに家族と言うものを知った。だからこその悲劇。

 ……できれば戦いたくなかった。あの人には私の気持ちを理解して欲しかった。

 でももうそれは叶うことはない。道をたがえてしまった。おそらくそれはもう修復不可能なのだろう。

 娘のように育てた相手に対して全力で殺しに来る。並みの精神ではできない行為。


「忘れなきゃ。思い出は。もう……戻れないのだから」


 何度か深呼吸をして息を整え、再び眠りにつこうとする。そこで異変に気づいた。


「沙遊?」


 いつもベッドで寝ているはずの沙遊がそこに居なかった。

 慌てて時計を確認する。午前五時なら彼女が起床する時間。だけど、


「まだ二時過ぎ」


 アンリ・マユは不安にかられ掛け布団を跳ね飛ばし、布団から身を起こす。

 勢いそのままで立ち上がると動かぬ左半身を引きずりながら部屋を出た。


「嫌な予感がする」


 漏れた月明かりが差し込む廊下を一人歩いていく。常に隣に居た少女の姿を求めて。


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