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第二話 痛みを超えて…… 5

             *                *


 また……夢を見ていた。

 とても古い夢を。


「アフラ・マズダ様! あの炎の怪――ぐゃぎゃぁぁぁぁ!」


 獄炎に燃え盛る土地。かつて生贄となった女性を解体していた男の一人は一瞬にして炎に包まれた。

 燃え上がる肉体は黄色い炎を上げたあと瞬く間に燃え尽き炭となって地面に崩れ落ちた。


「何だお前は? ここがどこだか分かっているのか? そして、私を誰だと思っているんだ?」


 重たげに腰を上げるアフラ・マズダ。彼の正面には揺らめく炎の塊がゆったりと歩を進めていた。


「……知らないな。この地のこともお前のことも」


 炎の塊は人語を話した。――いや、塊ではない。二mを超える大きな巨躯がそこには存在した。

 がっしりとした体は人間が持ちうる筋肉量を遥かに超え、分厚い胸板に太すぎる四肢、腰からはワニを連想させるような太い尾を持ち、顔は古代に存在した恐竜に近い顔つきをしていた。

 近いといっても同じもしくは亜種ではない。目は四つ有り、耳がある部分には二本の角が雄々しそうに生えていた。

 それだけではない。その体は赤く、紅く、朱く、緋く、赫かった。


「そうか。ならここは神聖なる我が土地で私は人々を救う神、アフラ・マズダ(存在の全てを救う者)だ。知らぬと思って今回は見逃してやる。痛い思いをしたくなければ即座に立ち去れ」


 アフラ・マズダは祭壇の上から炎の魔人を見下し言った。だが炎の魔人は臆する様子も聞き入れる様子もなく歩くのをやめない。


「聞く耳は持たないということか。いいだろう」


 アフラ・マズダは右手を天に掲げると何もない空間を掴んだ。手はそのままで空間から何かを引っ張り出し、稲光とともに引き抜く。

 その手には剣が握られていた。ただし普通の剣ではない。細く長い刀身を持つ黄金の剣だ。

 彼は何もない空間から黄金の剣を発現させ、それを炎の魔人に向かって構える。


「この剣は《神剣ヴァジュラ》。お前のような痴れ者には出すには惜しすぎる物だ」


 対峙する両者。その様子を離れた位置でアンリ・マユは玉座に腰を下ろしたまま眺めていた。


「名前も大層であればその手に持つ武具もまた仰々しい名前だな」


 炎の魔人は力のない声で言う。その態度を見たアフラ・マズダは邪悪な笑みを浮かべた。


「臆したか小物。はじめから挑まなければいいものを。だが……もう遅い。我はお前をこの剣にて神罰の名の元に両断する!」


 叫ぶと同時にアフラ・マズダは祭壇から爆ぜた。

 若々しい少年の外見とは裏腹に人ではありえない脚力で宙を舞い、炎の魔人相手に臆することなく斬りかかる。

 そして黄金の剣はまるでバターを切るかのように炎の魔人を通過した。

 明らかな手応え。胴を両断した感覚を感じたアフラ・マズダは笑い声を押し殺しながら口を開く。


「せめてもの情けだ。お前の墓標は作っておいてやる。さぁ名を名乗るがいい」


 しばしの沈黙。炎の魔人は感情がこもらぬ声で言う。


「我が名はイフリート(炎の魔人)


 とても分かりやすい名称だった。それは多くが知る有名すぎる炎の魔人の名前。


「ふん、イフリートか。名から察するに小物というところかな。いいだろう。その名でお前の――」

「残念だがここに墓標を立てられるのは君の方だよ」


 その言葉に特別な思いは感じられなかった。そのためアフラ・マズダも特に気にする訳でもなく何気ない動作で振り向いた。


「何を馬鹿なこと……を?」


 彼は戸惑った。目の前の光景に。

 確かに黄金の剣はイフリートに直撃していた。しかしその刃はイフリートの片手の指二本にしっかりと挟まれている。


「嘘だ! 我の剣が!」


 慌てて右手にあるはずの剣を見た。そこには剣の鍔から上の部分がまるで何かに溶かされたかのように無かった。

 そこでアフラ・マズダは急いでバックステップを踏んで回避行動に移る。

 何せイフリートの指には溶かし持って行かれた刃が存在する。おそらくその刃を自身に突き立ててくるに違いないと彼は読んだためにそう行動した。

 ところがイフリートは挟んでいる刃を構えることなく捨てた。その行動にアフラ・マズダは困惑する。


「どうやら足に自信があるようだな」


 感心するように言ったあと、イフリートはその場から消えた。


「どこに? ――っ!?」


 慌ててイフリートを探すアフラ・マズダ。高速で目を動かしイフリートを追うべく飛び上がろうとする――が、その場から動かず固まっていた。

 そして不自然なことに体がゆっくりと宙に浮いていく。


「がはっ!? な……ぜだ!?」


 彼は口から多量の青い血を吐いたあと、自身の胸を見た。そこには真っ赤な腕が彼の背から胸部を貫き、異質な存在感を放っている。


「名前の割には大したことがないな。それでは本当のアフラ・マズダに申し訳たたんぞ?

 それにヴァジュラ。あれもただの黄金でできた剣。インドラの持つオリジナルには似て非なるものだ。もう少し教養を持って名付けるべきだったな」


 彼の名を、また武器の名前でさえたしなめるイフリート。見た目よりも知的な炎の魔人にアフラ・マズダの頭には多くの疑問が溢れかえる。


「……お前、本当にイフリートか?」


「ああ、私はイフリートだよ。良くも悪くも炎を司るセンチュリオン。他の者からはそんなマイナーな名前ではなく《アグニ》でも名乗れと言われたが、そんな仰々しい名を名乗るには本当の神に失礼だと思って自分の丈にあった物を名乗らせてもらったよ」


 そう言いながらイフリートは軽々とアフラ・マズダの全身を持ち上げ深々と胸を貫いていく。


「君も自身の名前はもう少し丈のあったものを選ぶべきではなかったのではないかな? まあ、それも既に遅いのだが」


 イフリートはアフラ・マズダの貫いている腕を肘まで貫通させるとそのまま彼の頭に向かって肘を曲げ始める。


「何を……する気だ?」

「何を? それは君が最初に行ったことを行うまでだ」


 完全に曲がりきった肘はアフラ・マズダの体に密着するとその頭部を掴む。


「……いやだ。嫌だぁ! 死にたくない」

「それは無理な相談だな。君は喧嘩を売る相手を間違えた」


 感情のこもらない声でイフリート言う。直後彼の赤い腕は揺らめき始める。


「たかだかレベル3でたまたま《我式捕縛陣》が使えただけの存在。その程度の相手が厄災の六王の一人、火事を司るイフリートに喧嘩を売ったのが運の付きだよ」


 イフリートの手からは炎が出現し、アフラ・マズダの体を一瞬にして包んでいく。


「また大きな過ちでもあるな。これは度し難い過失だ。至極当然ながら私の手で裁かせてもらおう」


 怒りや喜びを表情に出すことなくイフリートは囁くようにアフラ・マズダに死の宣告をした。

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