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プロローグ

「――――これ以上、私に求めないで」

 この言葉は拒絶だった。年上の威厳もなく、この俗世に縛り付けられた悲しき音だった。詩だった。唄声だった。

 機械的な音と彼の鼓動が同調していく。彼から見て彼女の背後にある庶民の一年の給与分で買った練習用のピアノの空いた蓋から弦が急かすように覗いて、ピアノの緩やかな曲線を描いた先端はいつものように音を鳴らす機械を描いているのに、その時だけは無理やり彼女の乾いた唇を奪う事を急かしているように彼には見えた。

 彼女の右目と左目が焦点を遠近の焦点を高速で動かしている。彼に握られた右手首が痛いほど強く締め付ける。薄手のワンピースなのに体が内側から熱くなっていくのが分かった。

「ごめん」

 そして、彼の熱が感じられない程度に離れると胸には孤独な音を打ち付けるだけになる。それは彼も同じだと願いながら。永遠に永久に、彼に残酷な道を歩んでほしいと願う。

「でも、ごめん」

 彼は彼女を手繰り寄せ、乾いた唇を近づけると――――


 一二月二四日はほぼ年中無休の使用人にとって最高の日々になる。この日は自分達にパーティを開ける唯一の日だ。しかも今回は上司のコネと金(主にチップ)楽団の生演奏が聴けるとなり、飾り付けを担当するメイドは大いに盛り上がり、料理は摘まむ程度のモノを用意するはずだったコックも便乗し、キッチンは当日になっても大盛況していた。

 ある程度片づけが終わるとリサは外に出て夜風に当たっていた。私のような小娘には早いかもしれないなどと思いながら。

 雲の流れが速い。時折、見せる欠けた月が一介のメイドのリサを雲から現れては覗く。雪化粧した山が全ての音を消そうとしているのか、楽団の演奏も遠くからなっているように聞こえる。

「これは寒いな」

 当然この声も遠くには届かない。この寒さが身に染みてきた頃に明らかに目立つ黒のプルオーバーのフードを被った人が森の中に向かって歩いていく。

 リサは近くにあるゲームキーパー(主の領地を管理する仕事)の家に行く。あの変わり者の変人なら碌にパーティの勧誘を受ける事も無いのだろうし、あったとしても行かないと踏んでいるリサの判断だった。

 ドアを手の甲でノックするとほんの数秒のラグでドアが開く。

「なんだ」

明らかに不機嫌そうな声と共にでる息は酒の匂いを放っていた。

「ここの森で不審者と思われる人影を見つけたのでお伝えにきました」

 ゲームキーパーは「うむ」と言うと部屋の奥に消えると散弾銃とひのきの棒を取り出して、「そいつはどこにいる」と聞くとリサは先ほど歩いた場所まで戻り、黒フードを被った人が居た場所を指さすと、草むらを掻き分けていく。

 リサはその場からは動かず、肩に積もった雪を素手で払うと手の水分で硬くなった雪が落ちる。

「今日はクリスマス・イブだろ。パーティがあるはずだから、行けばいいじゃないか」

 ゲームキーパーはぶっきら棒に言う。それが「ここにいるのは邪魔だから」と意図している事がリサには伝わった。異を唱える事はせず、その場を立ち去った。


「さてどうしたもんかね」

 銃をゲームキーパーは黒のフードを被った相手に構える。

「まずはその、胡散臭い帽子を脱いでもらおうか、性別さえも分からないからな」

 黒のフードに白の手袋を嵌めた両手でフードを後ろに滑らせる。そこから表れたのは黄土色にくすんだ肌色した十六か十七程度のオキト(混血)だった。

「いくら食い物に困っているからと言ってこちらの領地までに手を出さないでほしいな」

「いえ、違いますよ。ほら、銃も持ち合わせていませんし、罠も仕掛けていません」

 散弾銃はど持ち合わせていない事は分かる。しかし、当然ここは一流貴族の領地であり、狩場であり、ここに無断で入ってくる奴の大半は不当にここの動物を狩って売りさばく人間ばかりだ。

 しかも目の前にいるのは差別階級のオキトだった。ろくな職にも就いていない為か、侵入者の七割はオキドとなっている。

 もちろん、銃は拳銃ぐらいは隠せそうだが、わざわざ調べる気も起きない。

「なにより、この恰好は狩りに行くものとは一線を隔すでしょ。私はこのままでは寒さのせいで死んでしまうのは嫌だったので歩いていたのですよ」

 雲が流れて月が映る。そのお陰で彼の顔がさらによく見えた。刺青の入ったオキトの顔。

「お前の名前は」

 酒の匂いともに名を尋ねる。

「私の名前はカースト(純血)と言われています」

 頭を深々と下げる。

「分かった。今回は見逃してやる。今度こんな事をしたら、警察に送り込んでやるからな」

 初めて、領地に忍び込んできた奴に対するマニュアルを言うと、

「ありがとうございます。このような処遇で済ましてくださって心から感謝ばかりです」

 カーストは立ち上がるとフードを被り、一礼する。遠ざかっているカーストを見ていると体が芯まで冷えているのが伝わってきて、暖炉でぽかぽかになった部屋が恋しくなり、カーストが視界から消える事も待ちきれず部屋に戻っていった。


 カースト。その名前を使う少年が差別の激しい田舎にわざわざ都会に来た理由はここのあるモノが局地的に急激に減少してきているからだ。

「だとしても、単独は無いだろ」

 彼の仕事で遠方に単独でいく事はあっても彼はパートナーを組んで行動していた。

 その理由は仕事の処理が追いつかなくなり、下っ端の彼が面倒な仕事を回ってきたからだ。彼がオキドであるで以上、何をされても泣き寝入りは確定している。このオキドは混血であるが故にどちらにも付けず、どちらからも保護を求める事はできない。

 この忌々しい刺青は七歳の時に無理やり入れられたモノだ。いつも暴行を加えていた大人達が無理やり顔に塗料を塗りこまれ、顔の頬に番号を付けられた。

「さて、どこから当たっていこう」

 しかし、オキドが聞き取りなどできはしない。あのゲームキーパーは理解のある方だった。

「まずは宿を見つけないとな。凍死しかねない」

 住む家がない人は教会に一晩なら泊まる事も可能だが、オキドは教会に近づく事さえ許されない。

「豚小屋でも眠るか。馬小屋の方がいいんだか、さっきの人間に顔を覚えられただろうからな。となるとさっきあった農村に泊まるか」

 そう決めて農道に出ると豚小屋を探した。


 ウィンターは椅子に深く座った。溜め息と共に隣にある粘り気のある液体に手を付ける。そのまま僅かにその場を照らす炎から巨大な瓶を見る。鉛色に鈍く光る筒の中には彼が浸けた液体が入っていた。

 鈍く光る筒に入った不透明な液体が薄く光る。遮光カーテンのお陰でここが昼か夜か判定する事はできない。

 ウィンターの部屋の呼び鈴が鳴る。高く、僅かに人を焦らせる音。

 かれは粘度のある液体から手を放す。近くにあった麻の布で拭き取るとゆったりとして様子で、ドアを開ける。

「おはようございます」

 ドアを開けると小さい女の子が顔を赤くしながら、お辞儀する。歳は十二程度だろうか。それに比べてウィンターは十七程度の顔立ち。

「おはよう」

 日光に当たるとウィンターの目は薄ピンク色に染まる。髪は何の色もなく、肌は血液の為かこれまた、ピンク色だった。

「今日はよければ……」

 彼女がそう言って彼を少し見上げると彼が眩しそうに目を細めている。ウィンターも何をしたがっているのか理解すると「少し待っていてくれ」と男の癖に妙に透き通った声で返事した。

 少し経ってから出てきたウィンターは黒い羽織りに黒いマフラーに黒いズボンにサングラス。これが彼の外に出る服の正装。

 今は冬だからマシになっている。夏は日光が強いのか皮膚がすぐ痛くなる。そのせいか、彼の持つ服には黒が基調となっている。

「行こうか」

 笑うと彼女もはにかみ返す。

 今日は一二月二三日。明日の日没からクリスマスになる。その準備の為に彼は呼ばれた。

 ここ連日はずっと村の女性達と一緒にクリスマスの準備をしていて今日がまさにその日と言うわけで町のテンションは上がってばかりだった。

「どうもよろしくお願いします」

 彼が入った集会に使われる大きな部屋には子供と女性がチマチマとした準備をしていた。

「後はこれを各家に運んでもらうだけだね」

「分かりました」

 彼の隣にいた女の子が言う。ウィンターはただ頷くだけ。

「ビートンさんの所。ウィンターさんは分かるかな」

 木に付いた札を見ると彼にそういった。

「ええ、これですね」

 ここの村ではクリスマスツリーの借り出しを行っている。主にその辺の家が四、五程集まってパーティを開く。室内用の貸し出しを村が有料でおこなっているのだ。それで今からその家に届けに行こうという事だった。

 室内で植物を育てるとなると独特の匂いを放つし、子供がいる場所だと土を床に落として汚しかねない。何より水を定期にあげなくてはいけない為、多くは多少のお金を払ってでもいいから、クリスマスの期間中のみ貸し出す。

 飾り付けや剪定を終わらすと男達が各家まで植木鉢をもっていくのだった。ウィンターはその手伝いに来た。

「これを持っていけばいいんですね」

「後一つはこの箱ね。中には飾りが付いてるから」

 貰ったのは木箱。しかし、彼一人ではきつそうだ。

「私が箱を持ちましょうか」

「ありがとう」

 彼が植木鉢の横に置いた木箱を取ると、「では行ってきます」と言うとドアを女の子に開けてもらい、彼はビートン家に行く事になった。


「ウィンターって貴族よね」

 彼に木箱を与えた女性が呟いた。

「そうだろうね。あの物腰はなんていうか慌てる事そのものを知らないような感じだもんね」

 木箱に飾りを入れる人が作業をしながらいう。

「でも、あの顔はすごいね。赤みがかった目にピンク色の肌。真っ白な髪。そしてあの黒一色の服装」

 もう一人の女性が作業の手を休める事なく言う。

「仕事も何してるか分からないし、買い物以外では外に出てくる事なんてほとんどない」

「家に行けば、必ず応対してくれるしね」

 彼女達は少し黙る。しかし作業の手は止まらない。

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