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等価交換

作者: 山路 蓮
掲載日:2026/10/21

 等価交換       

______事の起こり

 二〇二六年十一月の木枯らしが吹き始める頃。

 一人の男が机に向かって拳を叩きつけていた。男の他には誰も居ないのが幸いだった。だからこそ、こんな真似が出来たのだろう。

 ダン

「人間が病気や事故で死ぬのは理解出来る。しかし証拠不十分で、私が無罪判決を言い渡すしか出来ないとは!」

 男の名前は平井和久(ひらいかずひさ)。A県で地方裁判官の任に就いている四十六歳の男性で、正義感の強さは、誰にも負けないと自負している男だ。


「糞、何が疑わしきは被告の利益だ。あの被告人が殺人を犯しているのは間違いない。なのに刑法に従えばあの場合、無罪を言い渡すしかなかった」

 平井和久が被告人、谷沢信吉(やざわしんきち)を黒だと確信したのは、無罪判決を言い渡した時だった。

「審議が終わる度に、谷沢は薄笑いを浮かべていた。私はそれを見逃してはいないかった。原告側が高裁に控訴するだろうが、それでは裁判が長引くだけだ。そして最高裁でも、無罪を勝ち取るかもしれない。それが我慢出来ない」


 一方で、平井和久と同じ考えを持つ者がいた。

「被告人の谷沢信吉は、間違いなく殺人を犯している。なのに俺は無罪を主張しなければならないとは」


 裁判と言うものに矛盾を抱えていたのは、新米弁護士の有賀徹(ありがとおる)二十六歳だ。

 難関の司法試験、その合格発表の日が来るまで有賀は、抜け殻のような毎日を送っていた。そして念願の合格通知を貰った時の喜びは言うまでもなく、自分は世の正義の先兵になった気分だった。

「悪を正義の法で裁く」若き有賀徹は、司法の仕事に情熱を燃やしていた。それは裁判官の平井和久も同様で、多くの司法に携わる者なら、同じ気持ちに違いない。

 しかし被告となった人間は、巧みに嘘を並べる。ある時は涙を流し、肩を震わせる演技さえもする。

 実際、弁護した被告が、証拠が出揃い、結局黒だったと言う結果にショックを隠し切れず、落胆した弁護士も居るのだから。その弁護士はバッチを外したと言うが、それはA県の話ではなかった。


 平井和久は仕事帰りに、いつもの赤提灯で一杯やりたい気分になっていた。

 一か月に数回、暖簾を潜る馴染みの屋台の名は「天酒」。これをてんちゅうと読む。

「よっ、大将」

「へいらっしゃい。社長、何にします?」

「熱燗とおでん。適当に見繕って」

「あいよぉ」


 ところで平井和久は、前から大将に訊きたい事があった。

明らかに自分より年上で、白髪頭にタオルを巻いた大将は、どこか威厳さえ感じていたからだ。

「それで大将、どうして屋号が天酒なのかな? 酒が特別な物ですか?」

 グラスに継がれた酒は純米酒だけれど、見た所スーパーでも売っている銘柄だ。

 大将はどうした物かと思案したけれど、返事を返さなければ、嫌な店だと思われて商売に影響が出てしまうだろう。


「そうさねぇ、ここだけの話、本当は天誅(てんちゅう)なんだよ。悪人を裁く意味なんだけどね、本来の天誅(てんちゅう)だと印象が悪いだろ? だから酒に変えたのさ。赤提灯だし」

 ふははは

 屈託のない大将の笑顔に、平井和久は何か思いつめた表情を感じるのだった。


 この大将は、私がどんな仕事をしているかを知らない。赤提灯の大将にとって、客は等しく社長でいいのだから。

「大将はいいねぇ、私はこの仕事が羨ましいよ」

私がそう言うと、少しばかり大将の笑顔が曇った。

「それはないさ。毎日、今晩、客が来るか来ないか心配だからね。客が来なければ、俺っちの生活がままならないし実際、厳しいんで。こんな稼業でもよ」


 確かに大将の言う通りだろう。裁判官の私は毎月手当が出るのだから。「隣の芝はってやつか」

「楽な商売なんて、ありゃしないよ」

 私はコップには注がれた熱燗を半分、一気に飲んだ。

 ぷはぁ 「熱々が五臓六腑に染み渡るなぁ」

 「はは、そりゃ良かった」

 私がおでんを摘まんで、口に入れようとした時だった。


「寒くなったねぇ大将、熱燗で」

「毎度ぉ」

私とその客は顔を見合わせ、そして暫し驚く事になった。

「あなたは裁判官の!」

「そう言う君は、弁護士の」

 私、平井和久と新米弁護士の有賀徹は、法廷で何度か顔を合わせている。しかし赤提灯でばったり出会ったのは、今晩が初めての事だった。


 もちろん、顔見知りと言っても、お互い仕事の話はタブーだ。二人は、話題もなくただ黙々とグラスを傾けるだけだった。

 すると、大将が見かねて助け船を出して来た。

「この日本酒ですがね、幻の酒なんですよ。特別に一杯どうですか?」

 この申し出に、私と有賀が断る筈がなかった。

 二人共、大の日本酒党なのだ。大将も含めて、三人が一緒にグラスを煽った。その時の一升瓶の中身は半分に減っていた。

「うまい!」

 三人の声が、赤長提灯のカウンターでシンクロし、これが切っ掛けとなって酔ったせいもあるが、私と有賀の話が弾むようになった。

「もう一杯! お金は払うから」と私と有賀が要求しようが、大将は首を振ってそれを断った。

「駄目だな」大将の声のトーンが低く変わっていた。

 明日、どんな反応が出るか分からないからだ。


______承

 話は一週間前に遡る。

 赤提灯「天酒」の大将、大出隆一(おおいでりゅういち)は、仕込みの最中に、屋台の酒瓶の中の見慣れない一升瓶に目が留まった。

「はて? これは客の差し入れだったか? 覚えていないけれど、それにしても銘柄が天誅だとは洒落が効いている......そんな馬鹿な話が」

しかもラベルには醸造元、住所も書かれていないのだ。

「ふむ、王冠は抜いた形跡がない。新品だとは思うが」


 大出隆一は、興味本位で王冠を開けると、まず匂いを嗅いでみた。

「間違いなく日本酒。しかし一体誰が?」

 毒入りかもしれないと用心しながら、盃に一杯だけを口に含んだ。怪しいと思ったなら、すぐ吐き出せるように。


「香りも味も格別、これは?」

毒であれば、舌がピリピリしたりする物だけれど、何も起こらなかった。大出隆一は結局、盃の酒を胃に流し込んでしまった。

「こりゃぁ美味い!」

 何も起こらない事が分かると、次の日にはグラス一杯に注いで飲んだ。

「こんなに美味い酒だ。飲まずにはいられないじゃないか」


 次の日の晩に、大将の身に変化が現れた。

屋台の客の頭の上に、拳大の光る玉が見えるようになったのだ。

「はて? ある客は白く、ある客は灰色。なんだこれは?」

光る玉は、その人間が純粋なのか、闇を持った人間なのかが、客の話と態度から理解出来るようになった事に気づいた。


 それを決定的にしたのは、この辺りを縄張りにする暴力団が、金を要求して恐喝して来た時だ。

たまたま巡回の警察官が通りかかった為、大事にはならなかったが、その構成員の光の玉は黒かった。

「なるほど。あの玉は、善か悪かを知るサインだ。まぁ俺の屋台稼業には無用のサインだけど」


 そして時間は今に戻る。

 大将の大出隆一は、常連の客二人が司法の人間だと知ると、自分が飲んだ謎の酒を、飲ませてやったらどうなるかと思ったのだ。

『裁判官と弁護士なら、何かの役に立つかもしれない』

そう考えて、出所が不明の日本酒「天誅」を勧めたのだった。


______転換期

 翌日の平井和久は、事務室の窓から外を眺めていた。家族か介護職の人に押されて、車椅子の若い少女が横断歩道に差し掛かっているのを見た。

「綺麗で純粋な白い玉だ。可哀そうに。若いのに不憫な事だ」

 パパラ パパラ

 暴走族のバイクが、爆音を巻き散らしてジグザグ走行をしていた。

「あんな暴走族の足が、あの車椅子の少女と交換出来たなら......暴走族は歩けなくなって、健康の有難みを知るだろうし、少女は希望に満ちた明るい明日を過ごせるのに」

 私の目が、少女の足と暴走族の蟹股乗りの足に留まった。

 と言うか、今ロックオンしたような?

 瞬間、暴走族の男は転倒して、アスファルトをガラガラと滑っていった。

「ハンドル操作を誤ったのか? これは自業自得だろう。単独事故で済んで良かった」

 車椅子を押していた介護人が、携帯を取り出して救急を呼んでいるのが見えた。

「この件はこれで一件落着か。あとは警察にお任せと。しかしあんな奴の弁護をする弁護士には同情を隠せないな」

 私は窓から視線を逸らして、またいつもの業務に戻ったけれど、内心は「ざまぁみろ」と思ったのは確かだった。

「裁判官ともあろう私が言うべき言葉じゃなかったが」


 翌日の有賀徹は、過去の判例ファイルに目を通していた。

まだ審議継続中の案件で、判決を待つものも含まれている。それらを、有賀の所属する弁護士事務所が受け負っているのだ。


「未採決事件が沢山ある。弁護するにも......また心身耗弱状態という理由を付けて弁護しなければならないのか」

有賀徹がやれやれと言った顔で溜息をついた時、書類の名前に白い光が。また別の案件を捲ると黒い光が灯っていた。

「なんだ? これは」

 書類を綴じると光は消えた。

「日中なのに寝ぼけているのか? 俺は」


 暫くして私と有賀は、例の赤提灯にやって来た。別に示し合わせた訳では無かったけれど、偶然と言うやつだった。

「大将、熱燗で」

「あいよぉ社長」

「俺も熱燗でって、あれ?平井さんじゃないですか!」

「おっ、あの時以来だね、有賀君」


 大将の大出隆一は、二人の反応を見たかった。あれから何が起こったのかをだ。

「大将、あの酒って」

「そうそう、俺もそれを訊きたくって」

 案の定、二人に何か変化があったのは間違いが無かった。


「見えた、或いは何か変わった事がありましたかい?」

 私、平井和久は、何の事かが理解出来なかった。

 しかし、有賀君は何か興奮しているのだ。

「有賀君、あの酒が美味かったからと言って、そんなに興奮しなくても。でも確かに美味かった。この世の物とは思えないほどだった」

「俺......見えたんです。書類の名前に光の玉が出たんです」

それだけで大将は理解出来た。

 大将は常連客の話で、車椅子の少女の足が、奇跡的に完治して歩けるようになったと訊いた。酒の席での話だから話は半分。しかしそれで十分だった。


 その話は私には初耳で、車椅子の少女と言う単語が、あの時、窓から見た少女と重なったけれど確信はない。

「偶然? 足が偶然に治るものなのか?」


「悪いけどな、あの酒の話は無しだ。あんたたち、誰にも話さないで欲しいんだが?」

「あぁ、希少な酒でしょうから、仕入れルートを知られたくないんですね。分かりますよ」

 今晩も他愛のない話で終始して、私と有賀は分かれた。ただ有賀はもっと話したかったようだったが、裁判に関わる話は、赤提灯で話すべきではない。


 ただ帰り際に大将から声がかかったのには驚いた。

「仕事のない日曜に、どこかで話がしたいのだが如何かな」

馴染みとはいえ、赤提灯の大将からそんな事を言われるとは思ってもいなかった。

「例の酒の件ですか?」

「それなら俺は構いませんよ」


 あの幻の日本酒の事ならと私も有賀も賛同し、結局、大出隆一の安アパートで会う事になった。


______午後九時、大出隆一の部屋。

 六畳の部屋に私と有賀君は座った。ちゃぶ台と座布団、テレビと冷蔵庫、そしてシンクしかない部屋は、この安アパートが建てられてから七十年は経っていると思わせるには十分だった。


「実はね、あの幻の日本酒の事だけどね、本当に幻になってしまったんだよ」

開口一番、大将の口から出た言葉がそれだった。

「どういう意味ですか?」

 私より有賀君が先に訊いた。

「言葉の通りだよ。一升瓶ごと消えてしまったんだ」

「盗まれたとか?」今度は私が訊いた。

「こんな安アパートに入る泥棒なんていないさ。消えた理由は分からないが、今日、あんたらを呼んだ理由はそこじゃないんだ」


 真剣な大将の眼差しに、私はある決意を秘めているように思えた。

「結論から述べるよ」

大将の口調が、威厳のある言葉に変わった。私は法廷に居るような錯覚に陥いると同時に、背筋がピンと伸びた。

「法で裁けない罪人を、私たち三人で裁く」

この大将の言葉に、裁判官としての立場より、人間として反対出来ない自分がいた。

「なんて魅力的な言葉だ」

有賀君は何故か、大将の言った意味を理解しているようだった。


「話を整理しようか」襟を正した大将が話し出した。取り出したのは私と有賀君もよく知っているバッチだった。

「えっ?弁護士バッチですね、それはどうしたんです......」私は最後の「か」を言えずに息を飲んだ。

 気づいたのだ。大将こそ、弁護士バッチを外したあの弁護士だったのだと。


「有賀君はもう分かっているんだね、あの日本酒を飲んでからの変化を」

「有賀君は、あの光の事だとすぐ理解した。平井君はまだ理解が及んでいないようだ」

それはそうだろう。私には光る玉など見えていないのだから。


 そこで大将、元弁護士で大先輩の大出隆一を、私は先輩と呼ぶ事にした。有賀君も同様だ。

「どうだい? 説明するより実践で証明しようじゃないか。俺が見るに君たち二人の光の玉は、純白に輝いている。君たちは司法裁判の矛盾に悩んでいると思うんだが、違うかね?」

私は先輩が、悩み抜いてバッチを外した事は、大いに理解出来た。証明とはどうするのかが、さっぱりだが一応、話だけは訊いてみる事にした。


 証明の方法はこうだ。

私が裁判官を務め、有賀君が弁護する案件で、有賀君が灰色または黒い被告人の裁判である事が条件となった。

特に黒でありながら、証拠のない裁判を選ばなくてはならなかった。


「そんな都合のいい裁判はありませんよ先輩」

 ふむ。大出隆一もそれには同意を示した。そのような条件が重なる裁判は少ない。

「なら谷沢信吉(やざわしんきち)の件でいこうか。あの被告人は、地裁で無罪だったろ? 高裁に控訴するとなると、平井君と有賀君には手が出せない。ならば......」


「ではどうすると?」

「拘置所内で検証する。君たち二人なら、拘置所に出向いても怪しまれない」

 この時点で私は、あの谷沢信吉に仕置きが出来るならと、考えが傾いていた。それに妙な能力の話が、先輩の全くの思い込みだったと分かっても、別段、勘違いだったと、また赤提灯で笑い合えばいいだけなのだ。


「私の役割は、拘置所で谷沢信吉に会い、矢沢の眼球をロックするだけだ。先輩はそう言った」

 先輩が言うには一度ロックすると、暫くその効果を保つらしい。勿論、初めての事なので、あくまで希望的推測だった。

それで次はどうするかと言うと、大病院の眼科に出向く事だ。

「先輩、眼科でどうするんです?」

 私の疑問は当然だろう。

「簡単だ。失明している患者さんを見つけて、その患者さんの両目をロックするだけでいい」

「何ですか、それは?」

「これは証明を兼ねた検証。俺も半信半疑だから」


 先輩の言う通り、私は拘置所の谷沢信吉に会って、眼球をロックした。名目は、原告が高裁に控訴するかもしれないと、最もらしい嘘を並べただけだ。

その時の谷沢信吉は、やはり不気味な笑みを浮かべていた。

どうせ証拠不十分で、無罪になる確信をしているからだろう。

私は、言われた通りに、矢沢の両目をロックオンした。その時、何かのスイッチが入った? ような音がしたのだ。

「カメラのシャッター音に似た......そんな馬鹿な事が」


 次は休暇をとって、月曜日の大病院に出向いた。

先輩と私、有賀君は、眼科の待合室に来た。

待合室は、大勢の患者が順番待ちをしている。その中で、もはや完治の見込みのない患者さんを選ぶのだ。


 患者さんに付き添った母親が、子供の前で涙を流していた。

「ごめんね宏」

その涙は、宏と呼んだ少年には見えていない。

宏君の頭には、白い光の玉が浮かんでいた。

「あの子にしよう。では平井君、少年をロックオンして」

私は言われた通り、少年の閉じた両目に集中した。カチリと何かが外れるような音がした。


「後は、拘置所の谷沢信吉が証明してくれるだろう」

先輩はそう言うと、今日はこれで終わったとばかりに自宅に戻っていった。

「今晩の屋台の仕込みですかね」

「そうだろうな。先輩は天酒の大将なんだから」

 余った時間をどうしたものかと思っていると、有賀君が私を喫茶店に誘ってきた。

 二人で赤提灯ではなく、コーヒーも悪くないと思いながら、私たちは病院をあとにした。


 さて後日、有賀君が拘置所を訪れた時、谷沢信吉の姿がなかったと言う。詳しく訊けば、突然の失明で、病院に運ばれたと刑務官が言うのだ。

その晩、有賀が赤提灯に向かうと、何故か連絡を入れてもいない平井さんが来ていた。

「やはり来たか有賀君。私も先輩から連絡を貰ってね」


 どうやって知ったのか、先輩は谷沢信吉が失明した事実を知っていたのだ。

「これで私の仮説は実証されたと言っていい」

「でもまだ、あの宏君だったか、あれからどうなったか分かっていませんが」

 それに対して先輩は、携帯のSNSを見せた。

その画面には突然、光を取り戻した少年の話が写しだされていた。現代の奇跡と、盛り上がっていたのだ。

「いいかい、仮説は正しかった。矢沢信吉の目が、宏君に移動して、代わりに矢沢が失明した。これを言い換えれば、等価交換と言えるんじゃないか?」


 私と有賀は黙り込んでしまった。俄かに信じられず、たまたま偶然だった可能性もあるからだ。

 それから私たち三人は、検証を重ねた。

等価交換の相手は、死刑囚を選んだ。いずれ死刑を待つ身なら、役に立って死ぬほうがいい。前回と同じ手法で、何回も等価交換を繰り返したところ、百パーセントの確立で、臓器の移転は成功したのだった。中には末期の癌患者もいた。


 何回か繰り返している内に、先輩と私、有賀の目的が一致していく事に迷いが無くなったのだ。

 例外はあるが悪人の命を奪わず、病人の体を癒すなら、これほどいい能力はない。

 我々三人は、闇の正義の代行人になったのだ。

そして本命の裁判では、明らかに黒である被告人に対して、傍聴席の先輩が能力で、黒い玉である事を確認、それは帽子を脱ぐと言う合図だ。

弁護にあたる有賀君は、事前に調書で白か黒の情報を共有してある。先輩の帽子は判定を確定させる為だ。


 何回かの裁判を通して、殺人を犯したであろう被告に対して、等価交換を行った。

再犯させない為にも、被告の視力を交換するのが一番、効果的なのだ。

 視力を奪えば窃盗、ネットを利用した詐欺、恐喝や暴力が無くなる。

 私たち三人は、等価交換をする度に、それまでのもやもやを一掃する快感に酔いしれていった。そこには罪悪感など微塵もなく、これこそ正義だと思い込んでいたのだ。

 ある時、赤提灯で先輩の大将がポツリと言った。

「あの幻の日本酒は、まだ半分残っていたが、誰かの手に渡ったとすると、使い方によっては大変な事になる」


 そう心配したのは、大将の目には平井と有賀の頭に、黒い光の玉が浮かんでいたからだ。無論、自分の頭上の光の玉も黒くなっていた。

 赤提灯「天酒」の大将、大出隆一は、いつか自分たちも等価交換をされるのではないかと思い始めるようになった。

しかし、それを平井君と有賀君には言わずにおこう。

もし我々の体のどこかが機能しなくなった時、自分のした正義だと思い込んでいた行為が、正義ではなかったと悟るしかない。

「それにしても、あの酒は誰が、何の為に俺の元へ運んで来たのだろう。等価交換はこれで止めにしよう。犯罪は法で裁くのが正しい姿だ。なのに俺は間違っていたのだろうか」


 木枯らしが吹く赤提灯。熱燗を胃に流し込んでは、ぷはーと言う客の声だけが、大将の唯一の安らぎとなった。

 

 


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