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蠱毒の後宮妃~型破りな異端妃は美貌の皇子と謎を解く~  作者: 及川 桜@『後宮の料理妃2』発売
第五章 墓堀

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蠱毒の心臓

蓋の留め具は簡素な造りで、すぐに外れた。


現れたのは、黒く焼け焦げた塊。虫に食い荒らされたように無数の穴が空いている。話に聞いた通りの異様な姿だった。


「……これは何の臓器だ」


「心臓でしょうね」


 楊胤は思わず距離を取ったが、仙霞は顔を近づけ、食い入るように見つめる。


「心臓だけが焼け残ったというのか」


「そのようです」


「そんな不可解なことが……」


「はい。ですから、これは蠱毒による呪殺です」


 あっさり断定され、楊胤は深く嘆息をついた。


呪いや怨霊など信じない楊胤でさえ、これを否定できるほどの根拠は持っていない。


突然現れる猫鬼、心臓だけが焼け残っているという事実──目の前の現実が、否定の余地を残さず突きつけられたのだ。


「俺は、とんでもなく厄介なことに巻き込まれてしまったようだ」


 楊胤は前髪をかき上げ、低くつぶやく。


すると、無数の穴の開いた心臓に向けて見入っていた仙霞が振り返った。


「厄介なんてかわいい話ではありませんよ。これは命懸けの戦いになります。正直、これを見るまでは舐めていました──とんでもない呪術量です」


 仙霞の瞳孔が揺れ、よく見ると体が小刻みに震えているのがわかった。


「お前でも恐怖で震えるのか?」


 楊胤は、まるで信じられないものを見つめるようにつぶやいた。


突然現れた猫鬼や、見るに堪えない心臓の光景よりも、その震えがなにより衝撃的だった。


「死ぬかもしれません、私」


「なっ──!」


 冗談を言う性格ではないだけに、その言葉の重みが胸にのしかかる。


 どうしてか、楊胤の指先もまるで共鳴するように震えていた。


これから訪れる未知の出来事への恐怖か。それとも、目の前の女を失うかもしれない怖れからか。


『なゃあ』


 猫鬼が仙霞に身を寄せ、まるで励ますように鳴いた。


 仙霞は猫鬼を抱き上げ、ふらつきながらも立ち上がる。


「閉めてください。……この呪力は、私には強すぎます」


 暗がりで気づかなかったが、その顔は蒼白に染まり、額からは汗が滲み出ていた。今にも倒れそうなほどに憔悴している。


「わかった。あとは俺に任せろ。お前は休んでいろ」


 楊胤は急いで棺の蓋を閉じ、掘り返したことが悟られぬよう丁寧に土を戻す。記憶力の良さを生かし、花も元の位置に違わず置き直した。


 周囲を一巡して抜かりがないか確認すると、仙霞のもとへ戻る。


「大丈夫か」


「……猫鬼を抱いているので、なんとか。禍々しい力が体に入り込まないよう、防いでくれているようです」


「そうなのか。俺はなんともないが」


「楊胤様は霊的に鈍感体質だからでしょう」


 それは褒め言葉なのか、それとも貶し言葉なのか。だが、平気でいられるのは確かに有り難い。


 楊胤は仙霞の鍬を持ち、足早に歩き出す。夜陰に紛れているうちに戻らなければならない。


 猫鬼を抱いた仙霞と並び、急ぎ墓地を後にする。


 下弦の月が弓なりの光を落としていた。その白さは、まるで屍が這い伸ばす冷たい爪のように見える。


 静けさの底に潜む不穏な予感が、じわじわと胸の奥を這い上がってきていた。





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