名前のない十二冊を書いた妻の話
最終エピソード掲載日:2026/03/06
四年間、私は義母の名前で物語を書き続けた。
伯爵家に嫁いだリディアの仕事は、義母の代わりに小説を書くこと。 構想も、台詞も、一文字残らず自分の手で紡いだ十二の物語。 けれど表紙に刷られるのは、義母の名前だけ。
侍女はいない。 食事は厨房の隅で一人。 月の小遣いは、紙とインクを買えば消える額。 それでも書き続けたのは、自分の言葉がどこかの誰かに届いていると信じたかったから。
ある朝、夫が言った。 お飾り妻は用済みだ、と。
泣かなかった。 代わりに、十二冊分の初稿ノートを日記帳と偽って持ち出した。 義母は中身を確かめもしなかった。
実家に戻ったリディアが手にしたのは、亡き母の書斎と、父が婚姻契約に忍ばせていた一行の条文。 そして、ある編集長が三年前から抱えていた、一つの確信。
義母の本を読んだ人間のなかに、文体の正体をずっと探し続けていた者がいる。
代筆者がいなくなった伯爵家の書斎には、白紙だけが積まれていく。 自分の名前で最初の一行を書いたリディアの指先は、震えていた。
それが恐れだったのか、別の何かだったのか。
伯爵家に嫁いだリディアの仕事は、義母の代わりに小説を書くこと。 構想も、台詞も、一文字残らず自分の手で紡いだ十二の物語。 けれど表紙に刷られるのは、義母の名前だけ。
侍女はいない。 食事は厨房の隅で一人。 月の小遣いは、紙とインクを買えば消える額。 それでも書き続けたのは、自分の言葉がどこかの誰かに届いていると信じたかったから。
ある朝、夫が言った。 お飾り妻は用済みだ、と。
泣かなかった。 代わりに、十二冊分の初稿ノートを日記帳と偽って持ち出した。 義母は中身を確かめもしなかった。
実家に戻ったリディアが手にしたのは、亡き母の書斎と、父が婚姻契約に忍ばせていた一行の条文。 そして、ある編集長が三年前から抱えていた、一つの確信。
義母の本を読んだ人間のなかに、文体の正体をずっと探し続けていた者がいる。
代筆者がいなくなった伯爵家の書斎には、白紙だけが積まれていく。 自分の名前で最初の一行を書いたリディアの指先は、震えていた。
それが恐れだったのか、別の何かだったのか。
第1話 お飾り妻の最後の仕事
2026/03/06 11:08
第2話 実家の机と、姉の涙
2026/03/06 11:09
第3話 クローネ出版の編集長
2026/03/06 11:09
第4話 出版決定と、沈黙の書斎
2026/03/06 11:09
第5話 初版完売と、偽物の狼煙
2026/03/06 11:09
第6話 文体鑑定と、崩れ始めた嘘
2026/03/06 11:09
第7話 離別と、去っていく影
2026/03/06 11:09
第8話 授賞式前夜
2026/03/06 11:09
第9話 名前を取り戻す日
2026/03/06 11:09
第10話 最初の読者
2026/03/06 11:09