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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第一章:新しい世界に散る桜
9/14

8.公共システムに接続しました

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-04-09 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

14:19:31 — Vehicle stopped. No safety issues detected in surrounding area.

14:19:31 — Public SOPHIA system detected: AOIHARA City Hall.

14:19:31 — Connection established.

・・・

________________________________________


広い駐車場に車を停めると、すぐ先に大きな白い建物が鎮座しているのが見える。

言わずもがな、目的地の葵原市役所だ。

この市役所は5階建てであるにも関わらず敷地面積も大きく取られており、かなり立派な造りとなっている。白い壁が太陽に照らされて、神殿か何かのようだ。

そしてここには、他市の市役所には無い、ある特徴がある。


[葵原市役所システムを感知。公共システムに接続しました]

『いらっしゃいませ、葵原市役所へようこそ。こちらは葵原市役所窓口SOPHIAです。ご用件をお伺いします』


それが、これだ。この葵原市役所は専用の公共システムを構築しており、市民が自分のSOPHIAを接続して利用する事ができる。

そもそもこれは市役所に限った話ではなく、葵原市全体が『SOPHIAを組み込んだ新しい街づくり』をスローガンに掲げた都市だからだ。


現在の静岡県知事である草壁啓太郎(くさかべけいたろう)氏は、近い将来国政入りが約束されているという傑物だ。

6年前、2024年にSOPHIAが登場すると、彼はいち早く目をつけた。そして直後の2025年『新しい技術での新しい街づくり』を掲げ葵原市長になった。

そこから葵原市をSOPHIA全面活用都市として改革を推し進め、行政、インフラ、産業活動のあらゆる問題を解決していった。

そして2028年には静岡県知事に出馬、見事当選。相変わらず精力的に改革を進めている、というわけだ。


(県知事選の時に40歳だったはずだから、今は42歳か。俺と2歳しか違わないのに凄いもんだ)


まずは『葵原市役所モジュール』を開発・導入。市民登録をしておけば、税金や年金などのサービス、戸籍謄本などの身分証明もSOPHIAのIDを用いて申請ができるし、公共料金の精算だってできる。

企業活動についても、税金申請など市政が関わる事は全て各社担当者のSOPHIAから申請ができ、しかもSOPHIAを社内システムに導入している企業は補助金まで出る。


草壁氏は葵原市をSOPHIA活用成功モデルケースとして引っ提げて国政に参政するつもりだ、というのがおおよその見方だ。

実際それは順調で、市民も便利になったと実感しているし、全国からの注目度も高い。大都会というわけでも無いのに毎年それなりの人数が移住してきていると聞いている。

そんな事情もあって、この葵原市役所には『SOPHIA推進課』という、全国でも唯一の部署が設置されているのだ。


まぁ、便利になったという点は同意する。

道路工事や要人警備といった連携もSOPHIA経由でできるし、市民としても家で寝転がったまま住民票や納税証明を受け取る事ができる。

だがまぁ、市役所に専門部署を打ち立てるというのはやり過ぎじゃないか?と思わないでもないのだが。


「いや、同行者が受付するから、俺は大丈夫だ」

『承知しました。何かあればお申し付けください』


とりあえず、今日は中原が主体だ。俺は自分の案内を打ち切って、中原に目を向ける。

彼女も玄関に向けて歩きながら、自分のSOPHIAと話している。


「はい、桂弓彦氏についてお伺いしたい事があり、責任者の方にお会いしたいのです。…はい、ではロビーでお待ちしております」


と、丁度終わったようだ。俺が視線を向けている事に気付くと、歩みを止めないまま内容を報告してくれた。


「SOPHIA推進課の杉本という課長が対応してくれるそうです。今少し手が離せないから、ロビーで10分ほど待っていてくれ、との事です」

「わかった。ちなみに桂は何の役職だった?」

「係長だったようですね。だから課長が出てくるんでしょう」


安藤は桂の部下だと言っていた。つまり部下がいる立場だった、という事は分かっていた。

しかし34歳で市役所の係長とは、桂は結構優秀だったようだな。


玄関をくぐると、そこには開放的なスペースと共に、4人程度でかけられる小さな丸テーブルが多数置かれていた。

今もそこに何組かが座って、何か話をしている。スーツ姿もいれば、普通のお爺さんといった感じの人もいて、多種多様だ。

各テーブルにそれぞれ一人は市役所の身分証を首から下げた人がいる事から、あれは市役所員の応対なのだろう。

何せ昔のように戸籍謄本の印刷も無くSOPHIAという最強の相棒がいるのだから、カウンターから出て来て直接話した方が効率的だし、親身にも感じられる。


「――あれ?刑事さん?」


ロビーをぼんやりと眺めていると、唐突に後ろから声をかけられた。

聞き覚えのある声に反射的に振り向くと、見知った女性がこちらを見て立っていた。


「あ、春日さん。こんにちは」

「確か田中さん、でしたよね。こんにちは。お久しぶりです」

「先輩、知り合いですか?」

「ああ、この人はここの市民課の春日さんだ。そうか、お前は会った事無かったか。…春日さん、こちらも警察の者です」

「葵原中央署刑事課の中原です」

「ありがとうございます。初めまして、春日結(かすがゆい)と申します」


春日さんは以前から市役所の市民課で働いており窓口対応も行っていて、そこで顔見知りになったのだ。

実は警察は市役所の窓口に顔を出す機会が多い。事件関係者、特に被害者の身元を照会したり、行方不明者の住民票移動履歴を確認するなどだ。

もちろん窓口にいる一般職員がそんな重要案件に対応する事は無く、すぐに上長を呼び出してもらう形にはなるのだが、それでも何度も顔を合わせればお互い顔と名前くらいは覚える。

それに――


「今日はまた事件関係者の身元照会ですか?最近は来られませんでしたね」

「いえ、今日は別の用件で。最近は身元照会もSOPHIA経由で全部できちゃうので、市役所に来る頻度も減りましたからね」

「そうですよね。一般市民の方も全てSOPHIA越しで手続きできるので、私達ももっぱらお年寄りの方々が相手ですよ」

「ですがそれらのデータを管理して頂いているのは市役所の皆さんですので、いつも助かっていますよ」

「ふふっ、そう言って頂けると有難いですね」


こう言っては何だが、春日さんは綺麗だ。

年齢はおそらく30代半ば、ぱっと見では野暮ったい丸眼鏡型SOPHIAを掛け、少し茶色がかった髪は軽くまとめる程度。清潔感はあるものの全体的に大人しい服装をした地味とも言える印象だ。

だがよく見ると、柔らかな印象をまとった整った顔立ち、笑うとより一層温かさが滲み出るかのような目元。包容力を感じさせる雰囲気。

まだ肌寒い時期で厚手のジャケットを着ているが、その肩は女性らしい丸みを帯びており、また…胸元にははっきりと主張している豊かな膨らみがある。


(……いや、いかんいかん、どこを見ている)


つい視線を向けてしまい、見咎められる前に慌てて目を逸らした。

失礼にもほどがある、気を付けないと。


「刑事さんは危険も多いお仕事でしょうから、来なくなったのはもしかして…なんて思っちゃいました」

「いえいえ、最近ではそのような凶悪事件もかなり減りましたからね、殉職なんてのも久しく起きていませんよ」

「それなら良かったです。市民のために頑張っている人が亡くなるのは不条理ですからね」


本来警察官が職務として行動している時に一般市民、それも事件関係者の職場での雑談は控えるべきなのだが、ここで無理に拒否するのも不自然だろう。言葉にだけ注意すれば問題無いはずだ。

しかし春日さんの口ぶりからは緊急事態を感じさせるような緊張が無い。

きっとまだ桂の死を知らないのだろう。部署も違うし、役職者じゃなければまだ伝えられていなくても無理はない。


「こんにちは、先ほど連絡頂いた刑事さんですかな?」


春日さんと話していた所、50代半ばと思われる、恰幅の良い男性から声をかけられた。

おそらく彼が目的の相手だろう。確か杉本と言ったか。


「あれ?杉本課長。お疲れ様です」

「君は市民課の……春日くんだったかな?刑事さん達と知り合いで?」

「ええ、市民課に来られた事がある方でしたので。…SOPHIA推進課に御用だったんですね」

「ええまぁ、そちらの杉本さんに用がありまして」


杉本と呼ばれた男の反応からして、市民課とSOPHIA推進課は普段あまり関わりが無いのだろう。

だが、春日さんから向けられた問いには明確に答える事は出来ない。心苦しいがはぐらかさせてもらうしか無い。

中原に軽く視線を送ると、彼女は一つ頷いて前に出た。ここからは中原に任せよう。


「杉本さん、先ほど連絡しました中原と、こちらは田中です。お忙しい所お時間頂き申し訳ありませんが、お話伺わせてください」

「わかりました。早速ですが、内容が内容なので、応接室にご案内します。ついて来てください」

「じゃあ、私はこれで。お仕事頑張ってください」

「はい、春日さん。お時間ありがとうございました」


杉本の案内で市役所の奥に進み、小ぶりな会議室のような所に通される。

そこにはすでにお茶が置かれ、俺達が椅子を引くのと同時に杉本は名刺を差し出した。そこには、『葵原市役所SOPHIA推進課 課長 杉本大輔(すぎもとだいすけ)』と書かれていた。


「さて、では改めて、SOPHIA推進課で課長やっとります、杉本です。桂くんの件で話を聞きに来られたんでしたな?」

「はい。今朝桂弓彦さんが事故で亡くなられた事はご存知ですね?それについてお話を伺わせてください」


さて、ここからが本番だ。ここでどのような情報が引き出せるかによって、事件の方向は大きく変わって来る。

しかもこの男、部下が死んで警察が来ているというのに薄く笑いを浮かべた表情、沈痛さの欠片も無い態度。どうにも曲者の臭いがする。気を引き締めないといけない。

そう考えながら、中原が口を開くのを見守った。

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