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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第一章:新しい世界に散る桜
7/16

6.報告書を簡易作成いたしました

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-04-09 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

12:48:54 — File received. (Source: Forensics)

12:48:55 — Generating preliminary report.

12:48:58 — Beverage intake detected. Recalculating nutritional balance.

・・・

________________________________________


「で、その木本って奴にも被害者にも異常な行動は見つからず、お前が詩織ちゃんを巻き込んで仕事をサボっていた事だけが見つかったわけだ」

「サボったんじゃない、ちょっと回り道しただけだ」

「桜を見るために回り道したなら、十分サボりだと思うぞ」


ドリンクコーナーでコーヒー片手に笑っている小林に言い返すが、バッサリと言い切られる。…まぁ、正直ぐうの音も出ない。

誤魔化すように手に持った野菜ジュースのストローを強く吸って目を逸らした。


あの後、木本は抵抗もなく任意同行に応じ、署へ戻って事情聴取を行う事になった。

事情聴取は、遺体を鑑識に任せて戻ってきた中原にやらせたが呆気なく終わり、こう言っては何だがアレでは何の勉強にもならなかっただろう。

その中原には昼休憩を与えて別行動をしている。13時には合流する予定だ。


[田中様。鑑識からのレポートが届きましたので、現状の報告書を簡易作成いたしました。サーバーにも保存済みですが、確認をお願いします]

「お、早いな。今確認するから、タブレットに表示してくれ」

[承知しました]


SOPHIA登場と共に、それ以前社会の必需品となっていたスマートフォンは減っていったのだが、タブレットはむしろ使用率が上がった。

理由は単純に、SOPHIAの唯一の弱点とも言えるのがモニターのサイズに限界がある事だからだ。そのためタブレットはSOPHIAのデータ受け取り役として今も活躍している。

俺も他の連中に比べれば小さいもんだが鞄に入れてあり、書類確認の際はこれで行っている。


早速タブレットを起動すると、すぐにSOPHIAが報告書を表示する。

現状の情報に齟齬が無いか、軽く確認しておくか。…なんでか知らんが小林も横から覗き込んできているし。


木本信介は山梨県出身の47歳独身。両親は既に他界、兄弟もおらず親戚付き合いも少なく、ほぼ天涯孤独と言って良い。

あの部屋は賃貸で、彼は9年前から入居している。本人の言では近隣住民とトラブルを起こした事が無い。

昔からある大手出版社『プラチナ社』に勤めており、担当はビジネスマン向け雑誌。


最近執筆を複数抱えており、今日は終日家で執筆に集中すると決め、朝から気合を入れて作業を行っていたらしい。

そのため朝起きてから一度たりとも外出しておらず、飲食やトイレを挟みつつもずっとデスクにかじりついていた。

9時頃に一区切りついた所でリフレッシュしようと煙草を手に取り、灰皿を手にベランダに出た。

ついいつもの癖で灰皿を手すりに置いて一服し、桜を見ようと覗き込んだ所、煙草を持っていた手が灰皿にぶつかり、事故に至ったというわけだ。


彼は25歳の頃からずっと同じ銘柄を吸っている愛煙家らしい。

そんな彼がなぜ手すりに灰皿を置くなどと言う危険な真似が癖になっているのかというと、以前はもっと小さな携帯灰皿のような物を使っており、それを手すりに置いていたからだ。

それを3日前に踏みつけて壊してしまい、新しくガラス製の灰皿を購入、昨日届いた。それをつい携帯灰皿の頃と同じように置いてしまった、という事らしい。

なお、木本の証言を元に同じ灰皿の商品ページを見た所、直径は10cm、重量は340gとの事だった。現在破片から復元作業が行われている。


彼のSOPHIAログもこれを証明していた。映像データにも起床してから家の中しか映っておらず、当然誰にも会っていない。トイレに入った数十秒間以外はログの途切れも無いらしい。

トイレのログが途切れているのはプライバシー保護にSOPHIAが切り替えたからだろうが、わずか数十秒で何ができるはずもない。

当然だが細かい時間も記録されていて、起床したのが5時21分、朝食が5時45分、作業開始が6時3分、トイレに行ったのが7時12分と8時1分と8時59分の3回、作業を終えたのは8時58分。

ストレッチで身体をほぐしたり水分補給をしたりした後、ベランダに出たのが9時11分。そして、9時13分に灰皿を落として慌てている手元、それが被害者に激突している所、そして俺がそこに駆け寄る所も全て記録されていた。


「桂の死亡は、木本の事情聴取前に伝えたのか?」

「事情聴取を始める前に既に死亡判定が出ていたから、先に伝えた。意気消沈した状態での事情聴取だったよ。この報告書でも備考に記載されている」

「なるほどね。本当に悪気の無い事故だったんなら、それを聞いた段階で完落ちだったろうな。で、木本はもう帰らせたのか?」

「ああ、供述にも問題は無いし、そもそも任意同行だったから事情聴取が終わってすぐに一旦帰ってもらった。SOPHIAのIDは登録済みだがな」

「ま、それは仕方ないな。で、被害者である桂の行動にも異常は無し、と」


被害者は病院に到着してすぐに死亡と判定された。後に分かった事だが、ほぼ即死だったらしい。

所持品とSOPHIA内の情報から身元が確認され、名前は桂弓彦(かつらゆみひこ)、葵原市出身の34歳独身。

両親と同居しており、市役所の『SOPHIA推進課』で勤務している。具体的な仕事内容などは後ほど確認する。


事故当時、彼は市役所まで徒歩で通勤している途中だったようだ。桂は普段から徒歩で通勤しており、たまにあの道を通っていた。

市役所が開く9時を過ぎてあそこにいた事は確認する必要があるが、時間差出勤など、いくらでも可能性は考えられる。そこで事故に巻き込まれた。

灰皿が落ちた直後に彼のSOPHIAも警告を発していたが、警告から衝突まで2.6秒、真上からの落下物を回避するのは難しかったらしい。無理もない。


なぜ「たまにあの道を通っていた」なんて言えるのか、それはSOPHIAログの解析結果だ。ログは100日間保存され、警察の捜査ではこれを解析するのが基本となる。

今回も鑑識が解析し、最短経路は大通りなのだが、あの道もたまに使っている事が確認できた。今は桜の時期だから、あの道に足を向けても不自然はない。

それ以外に事件に関係ありそうな情報は得られなかった。強いて言えば桂は同じ部署の『安藤』という女性にアプローチを繰り返していた、という事くらいだ。

同じく木本のSOPHIAも全て解析したが、桂との接触記録や違法行為などは認められなかった。


…事故の瞬間を検証するために俺のSOPHIAログを提出したら「聞いたぞ田中、講習会に行くと言って出たのに花見に行って事件に遭遇したんだってな」と課長に言われてしまったのも、そのせいだ。

中原は俺に巻き込まれた扱いになったのは幸いだった。アイツもサボり扱いにされていたら、後で何を言われるかわかったもんじゃないからだ。


「被害者についてはさすがに情報が少ないな」

「そっちはこれからだな。さすがにSOPHIAログがあるとは言え、本人の証言が無けりゃこんなもんだろう」

「ま、そうだな。午後は聞き込みだろ?」

「ああ、それぞれの職場と木本の住んでいたマンション管理人、桂の両親辺りには話を聞く必要がある」

「そうだな。ま、どう見ても事故だろうな」

「……そう見えるか、小林?」


木本も桂も妙な行動は無い。自分の習慣通りに行動しており、その最中にたまたま不幸な偶然が重なっただけだ。

だが――


「……妙な含みを持たせるな?何かあるのか?」

「いや、何も無い。木本の証言とログは完全に整合性が取れているし、桂の検証はこれからとは言え不自然な点は無い」

「じゃあ何なんだよ」


これまでこんな事件は何度も経験してきた。今回もSOPHIAのログで完璧に証拠が出揃った事件だ。

どの情報も完璧に事故を指し示しており、整合性も取れている。

だというのに、今回に限ってどうしても何か違和感がある。小骨が喉に引っ掛かっているかのように、気分が悪い。しかしその正体が掴めない。


「……さぁな。とりあえずは、関係者の話を全て聞いてからだ」

「ふぅん。俺にはただの事故にしか見えねぇけど、まぁお前の勘は結構当たるし、気になるなら調べてみればいいさ。詩織ちゃんの経験にもなるし」

「ああ、中原もそろそろ一人で捜査できるようになってもらわないと」

「そんな事言って、詩織ちゃんとのバディ解消したら寂しがるんだろ?」

「口煩い奴がいなくなったらせいせいするさ」


事件が減っている昨今、アイツにもしっかり経験を積んでもらわないといけない。

この事件は少なくとも大事件では無い。今日の捜査は全てアイツ主動で進めてみても良いかも知れない。

飲み干した紙パックをゴミ箱に放り込みながら、「もしコンビ解消するなら食事に口出ししてくる設定を先に消してもらわないと」なんて考えていた。

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