エピローグ.お別れの時間です
User: KOBAYASHI HISANORI [ID: JP-47B5Z2H8-B]
Date: 2031-05-17 (JST)
[LOG ENTRY]
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11:25:57 — Ceremony progression verified.
11:25:57 — Next process: floral offering.
11:25:57 — Verbal prompt delivered to user.
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[小林様。そろそろ、お別れの時間です。最後の挨拶へどうぞ]
そんな事、言われなくても分かっている。どれだけ奥歯を噛みしめても、目の前の現実は変わらない。
誰も彼もが黒い服に身を包んでいる中、その奥にある大きな白い棺に近寄る。
そこには、同期であり戦友であり……そして親友である男が眠っている。
顔は白布で覆われていて見えないが、その瞼が持ち上げられる事は、もう無い。
(あまりにも、呆気なさすぎるよな)
最後の手向けに、花を一輪、その胸元に添えた。
もう、コイツがその色や香りを楽しむ事なんてできないと、知っているのに。
その訃報が届いたのは、突然だった。
車から子供を庇って、田中が死んだ。
アイツがそんな簡単にくたばるタマかよと笑ってみたが、心のどこかで、誰かを庇うためなら死にに行くかもな、とも思っていた。
もちろん、田中のSOPHIAからも運転手のSOPHIAからも、子供のSOPHIAまでログが回収され検証が行われたが、問題は見つからなかった。
たまたま子供が自転車で派手に転んで道路に飛び出してしまい、SOPHIAの警告がギリギリだった。
そして車の方もブレーキの整備が甘く、警告が出て即座にブレーキを踏み込んだものの、スピードが殺しきれなかった。
そこに、ちょうど田中が通りがかって、気付いてしまっただけだ。
幸い、子供は無事だった。だったら、田中としては本望だっただろう。
「皆様、本日は徹のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。
徹は警察官として、多くの先輩方、同僚、後輩に支えられながら、職務に励んでまいりました。最期まで警察官としての務めを果たして逝った事を、父として誇りに思っております。
皆様に見送られて旅立てる事を、本人もきっと感謝している事と思います。
間もなく出棺となりますが、どうか最後まで、お付き合い頂けましたら幸いです。
本日は、誠にありがとうございました」
田中のお父様による、感情を押し殺した最後の挨拶を終えて、棺が霊柩車へ運ばれていく。
さて、俺達も付いて行くとしよう。
「井口、詩織ちゃん……あと、春日さん。俺達も行きましょう。俺の車に乗ってください」
「はい……小林さん、ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
葬式会場も火葬場も駐車場の制限がある。
だからどうせ浜松から車で来た俺が、何人か拾ってきたのだ。
唯一異質なのは、春日結という女性。田中が昨年末から付き合い始めた女性だ。
昨年末に突然交際を始めたと聞いた時は驚いた。
あの朴念仁……いや、仕事と女性の優先バランスを取れない不器用男が、ついにトラウマを乗り越えたのか、と。
しかも交際開始から1か月ほどですぐに同棲を始めやがって、尻に敷かれつつも楽しそうに過ごしていた。
そんな春日は、今は感情の抜け落ちたようなぼんやりとした表情を浮かべている。
そりゃそうだろう、恋人が突然、それも交際開始してから半年ほどでいなくなったのだ。
刑事という危険な職に就いていた以上多少の覚悟はあっただろうが、それでもショックから簡単に立ち直れなくとも無理はない。
――それが心の距離がいまいち読めない人だったとしても。
(……そういや、結局あの12月の件は、何だったんだろうな)
意識して春日から視線を外したら、唐突に思い出した事があった。
12月の…12日かそこらだったと思うが、田中が朝一番事故に遭いかけた、と思ったら何やら切羽詰まった様子で現れた事があった。それもSOPHIAを壊したと言って。
何か言いにくそうな事情がありそうだったから、聞き出し役は一番関係が近いであろう中原に任せて、俺は仕事のフォローに回ったのだが……。
数日後には至って普通の様子で出勤して来て、聞いてみても『大丈夫だ』としか言いやがらない。
追いかけたはずの中原に聞いてみても、『SOPHIAが壊れて警察モジュールがどうなるか分からなくて焦っていたみたいでした』とだけ返ってきた。
だが、それだけであんなに切羽詰まるだろうか?
まぁ、焦った感じは無くなっていたから、解決したんだろうと思っていたが……。
春日と交際を始めたのも、その直後だったらしい。
なんでも、新しいSOPHIAデバイスを買いに行った所、そこで偶然出会って意気投合し、交際に発展したとか。
あのヘタレ……奥手にしては手が早い、と、また驚いたもんだ。
(ログも、消えちまったしな……)
回収できた最古のログは、2月5日の分だった。あの12月に何があったのか、知る術はもう無い。
間違いなく事故とはいえ一応田中のログも100日分解析にかけられたそうだが、そこにはただ幸せな日々が残っていただけらしい。
仕事では中原と共に活躍し、プライベートでは春日と甘々な生活を送る。
もちろんプライバシーモードの時に何をしていたかまでは知らないが、当然仲良くやっていたのだろう。
もやもやと考えている内に、火葬場に到着した。
俺達と同じように自分の車で追ってきた面々と、再び合流する。
その中には、捜査一課の高橋もいた。
彼はアイツの師匠みたいな存在だって聞いた覚えがある。だったら葬儀だけでなく、ここまで来てもおかしくないだろう。
だが――
(アイツのすぐ近くには、三人も心の距離が観えない人がいたんだな。そういう人に好かれるタイプだったんだろうか)
師匠にバディ、極めつけに恋人だった春日までそうなのだから、凄いもんだ。
俺としてはちょっと苦手意識があるんだけど、アイツは仲良くできたんだろう。
だが俺にとっては田中くらい分かりやすい人間の方が楽で良い。
そんなくだらない事をぼんやりと考え込んでしまう。
やがて霊柩車から降ろされた棺が、炉の前に置かれる。
もう本当に、これが最後だ。
「それでは皆様、こちらで最後の合掌をお願いいたします」
手を合わせ、目を伏せて黙祷する。
アイツは、幸福に人生の幕を降ろせたのだろうか。
ログを見る限り、完璧かよと言いたくなるような幸せな日々が残っていた。
そして最期の一瞬まで誰かを助け、死んだ。
だったら、満足して逝けたのだろうか。
ふと――何かきっかけがあったわけでも無いのだが、本当にふと何かを感じて顔を上げた。
そこにはアイツが生前関係が深かった人達が何人もいて、そのほとんどが手を合わせ、目を伏せ、黙祷している。
そんな中、春日結だけが、顔を上げていた。無表情の中でもはっきりと光るその瞳は、真っ直ぐに棺の方に向けられている。
「ではこれより、火葬に入らせていただきます」
しかしそれも一瞬、すぐに棺が炉に入れられた。
俺達がいられるのは、ここまでだ。
他の参加者も黙祷を解き、各々帰り支度を始めている。
「じゃあ、帰りましょうか、小林さん。すみませんが、駅まで送ってもらっていいですか?」
「……ああ、詩織ちゃん、お安い御用だよ。井口と…春日さんも、駅まで送りますので、どうぞ」
「すみません、ありがとうございます」
アイツは、本当に幸せに人生の幕を降ろせたのだろうか。
本当に、悔い無く、充実した終わりを迎えられたのだろうか。
あの春日の視線は、どういう意味だったのだろうか。
アイツは最期の一瞬、一体何を考えたのだろうか。
―――なぜ、アイツは、死んだのか。
どうしてそんな疑問を持ってしまったのかは、分からない。
だが、どうしても何か……まるで”小骨が喉に引っかかったかのように、気持ち悪い”のだ。
しかし、この疑問をぶつける事すらできない。アイツが口を開く事は、もう二度と無い。
”この世界”に、アイツに何があったかを知っている人間は、もう誰もいない。




