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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第一章:新しい世界に散る桜
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4.油断しないように気を付けます

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-04-09 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

09:07:57 — Vehicle departure detected (passenger status).

09:07:59 — Seatbelt connection confirmed.

09:08:00 — Safety information for destination reviewed.

・・・

________________________________________


俺が助手席に乗り込んですぐ、車は緩やかに発進した。中原は運転技術も安定したもんで、乗っていて不快感を得る事は無い。

刑事課に来る前は交番勤務経験のみと聞いた覚えがあるが、その頃に運転技術も学んだんだろう。何せ静岡県は山間部も多いので、大体どこの交番に行っても運転技術が必須になる。


「今日は真っ直ぐ県警本部へ行くって事で良いんですよね?」

「ああ、30分もあれば着くだろう。事故には注意しろよ、警察官が交通事故なんてシャレにならないからな」

「わかっていますよ。SOPHIAのフォローもありますけど、油断しないように気を付けますよ」


葵原市の中央区は東に寄っていて、静岡市にかなり近い所に置かれている。おかげで静岡県警本部までも車さえあれば簡単に行く事ができる。

何か大事件があった際に県警本部の応援を呼ぶ事も容易だし、また今日のように用事がある時も非常に便利だ。

その分、県警主催の講習会やイベントの募集を断る事もできず、毎度のように中央署から誰かが参加する必要があるってのが玉に瑕なんだが。


「じゃあテツ先輩、私のSOPHIAを車に接続しますんで。…ソフィ、静岡県警本部までのナビしてちょーだい」

[オッケー詩織。ルート検索完了。ナビはデバイスに表示するから、気を付けて運転してね]

「…相変わらず、友達みたいな話し方するんだな、お前のSOPHIAは」

「はい、こっちの方が話しやすくて良いじゃないですか。それにこれくらい普通ですよ。SOPHIAの会話設定を色々弄って、理想の彼氏みたいに仕上げている人とかいるらしいですから」

「生活サポートAIに何を求めているんだよ」

「でも万能な専属コンシェルジュが更に理想の性格を持っていたらテンション上がるじゃないですか。テツ先輩だって不愛想なおじさんより、色っぽいお姉さんがサポートしてくれる方が気分良いでしょ?」

「…………ノーコメントだ」

「随分と間がありましたね」


『色っぽいお姉さんのサポート』という言葉に、つい朝のニュースで見たノヴァ・クインの姿が浮かんでしまった。性格は知らないものの、確かにあんな美人が専属秘書だったら気分が良いと一瞬思ってしまったのだ。

そんな事がコイツにバレたら何を言われるかわかったもんじゃない。沈黙は金という事にさせてもらおう。


SOPHIAは中身がAIなだけあって性格も声も呼び方も自由自在だ。中原は自分のSOPHIAを「ソフィ」と呼び、友達感覚の関係性で設定している。声もちょっと高く、20歳前後の若い女性を彷彿とさせる。

ちなみに、俺はデフォルト設定のままだ。理由は単純で、SOPHIAを使い始めた当時に億劫でデフォルトのまま使っていたら、それに慣れてしまって変更すると違和感があるのだ。


なんで俺が中原の設定を知っているかというと、専用装置を搭載した車にSOPHIAを接続すると、車中全員と共有されるようになるためだ。例えば「ちょっとエアコンの温度下げて」と後部座席から言っても、接続したSOPHIAが対応してくれる。

現在ナビゲーションは中原がかけている眼鏡型SOPHIAデバイスに表示されているが、車載モニターに表示する事も可能だ。まぁ、今日は慣れた道だし、見る必要も無いだろう。


…と思っていたのだが、ちょっと思いついた事があった。


「おい中原、そこの道を左に入ってくれ」

「え?県警に向かう道は直進ですよ?」

「分かっている。時間はまだ少し余裕あるだろ、どうせ早く到着してもやる事が無い。少し回り道しよう」

「回り道?」

「ああ、そっちに桜並木があってな、今は丁度満開の時期だから、ちょっと眺めてから行こう」


別に花を眺めるのが趣味ってわけでも無いのだが、やはり桜が何本も並んで咲き誇っている光景には感動も覚える。

今日は天気も良く雲一つ無い青空が広がっているし、車からでもさぞ見ごたえがあるだろう。


「桜並木って、あのマンション前の?今は勤務中で、業務車両も使っているんですよ?時間もそんなにあるわけじゃないし」

「大丈夫だって、多少の大回りくらいなら記録されても特に何も言われない」

「でも……」

「いいから、何か言われたら俺が責任取るって。5分10分眺めるだけだから」

「……しょうがないですね、わかりましたよ」


中原は渋々という顔をしているが、最終的には言う通り左折してくれた。

目的地はそこからすぐの場所で、1分もかからずに到着した。

そこはやや狭い通りだが、大通りの隣で主に歩行者や自転車の利用を目的とした道らしく、車道は狭く、歩道がやや広く作られている。

そして約300mに渡って等間隔に桜が植えられており、予想通り全て満開、視界は空の青と桜の白みがかったピンクの対比で彩られた。


「わぁ……綺麗ですね、テツ先輩」

「そうだろ、ここは俺が若い頃に植えられてな、それから20年近く、今ではかなり見ごたえがあってお気に入りスポットなんだ」

「私もここに桜があるのは知っていましたけど、満開だと凄いもんですねぇ……」

「ここをのんびり散歩するのが好きなんだが、家からだとちょっと遠いんだよなぁ」

「だからと言って業務車両を使わないでください」


最後の言葉だけは聞き流し、徐行した車中から改めて風景を眺める。歩行者は数名見えるものの、走行中の車両は俺達の車だけだ、多少ノロノロ走っていても迷惑にならないだろう。

道のすぐ横にマンションが建っており花びらが家に入るとかで多少の問題にもなったらしいが、やはりこの美しさには勝てなかったのだろう、今に至るまで残され、こうして毎年目を彩ってくれる。

昔仕事に疲れた時などは、よくここでリフレッシュしたものだ。中央警察署からは車なら数分で着くから、今日のように業務のついでに眺めに来た事もあった。


(しかし、昔に比べると本当に暇になったよな…)


SOPHIAが社会に浸透するにつれ、正直に言って警察の仕事は随分と減った。

朝の報告でも昨日の刑事課の担当重大案件は市内全体で僅か4件だったらしい。10年前では考えられない件数だ。

何せSOPHIAを装着した状態で犯罪行為をしようもんなら、SOPHIAが勝手に通報するのだ。犯罪という観点から言えば常に密告者が張り付いているに等しい。


じゃあSOPHIAを外せば良いかというとそうもいかない。現在ではほぼ全員がSOPHIAを身に着けているのだから、SOPHIA無しで外をウロウロするだけで『アイツは今から人に見られては困る事をするのか』と見做されるようになったのだ。

その視線もかいくぐって犯罪を行った所で、今度は被害者のSOPHIAがそれを記録している。ログを見るだけで被害状況も時刻も確実に分かるし、なんなら犯人の顔すら写っている場合がある。

事故も同じで、被害者も加害者も全ての行動がSOPHIAログによって証明ができる。どのような状況で事故が発生したのか、誰の過失か、やはり一目で判明する。


おかげで今では99%の事件が発生後48時間以内に解決するようになったし、それが抑止力にもなって犯罪自体が減少している。SOPHIAのフォローで事故も減っている。暇にならないわけが無い。

警察が暇だって事は街が平和だって事だから良い事なんだが、思う所が無いわけではない。

あの頃は様々な証拠を探し、組み合わせ、真実を探し求めていた。それが今やSOPHIAのログ収集係みたいなものだ。


(多種多様な事件に頭を悩ませていた頃が少し懐かしいな…)


昔の事を思い出して、つい不謹慎な事を考えてしまう。

あの頃は「なんでこんなに忙しいんだ、事件も事故も無くなればいいのに」と思っていたものだが、いざ本当に無くなるとこんな事を考えるのだから、人間ってのは業が深いもんだ。

まぁ、考えるだけならバチは当たらないだろう。


「――さて、ありがとう中原。そろそろ向かおうか」

「わかりました。じゃあ今度こそ行きますよ」


そろそろ仕事に戻らないといけない頃合いだな。

リフレッシュできたし、面倒な講習会にも頑張って耐えるとしよう。

改めて道に視線を戻すと、10mほど先で男が1人立ち止まって桜を眺めているのが見えた。

やはりこの桜は人の目を引き付けるんだな――


[詩織!車止める!前方に危険!][田中様、前方に落下物感知!]

「え?」「…!中原、気をつけろ!」


―――ドゴッ!


何かキラキラした物と赤い飛沫を散らしながら視線の先の男が崩れ落ちていったのは、SOPHIAの操作で車が急停止した直後だった。

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