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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第一章:新しい世界に散る桜
4/15

3.現在重大案件はありません

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-04-09 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

08:53:02 — Work attendance registration completed.

08:53:05 — POLICE module activated.

08:53:10 — No anomalies detected in surrounding environment.

・・・

________________________________________


[――本日のスケジュールは以上です。まずは10時から県警本部で行われる講習会への参加準備をしましょう。

続いて本日の共有情報です。現在重大案件はありませんが、昨日発生した刑事課の重要案件は合計で4件あり――]


サーバーからダウンロードした情報をSOPHIAが教えてくれるのを聞きながら、のんびりと署内を歩いて自分のデスクに向かう。


俺のSOPHIAには警察用の拡張モジュールが入っていて、これを適用していると自動で警察サーバーにアクセスし、必要情報のダウンロードとアップロードをしてくれるのだ。以来必要な情報は全てサーバー経由で漏れなく共有されるし、現場で俺が見た事だってSOPHIAのログをアップロードするだけで報告完了。さらには報告書まで簡易的に作成して俺の個人フォルダに保存しておいてくれる。また、一般ユーザーと違って、システムの詳細ログも解析する権限がある。…まぁ、SOPHIAのログは膨大過ぎるので解析はもっぱら鑑識の仕事だが。俺には山盛りのアルファベットの羅列にしか見えん。

それに外で突発的に事件に遭遇しても、モジュール適用するだけで身分証明も証拠情報の引き出しも自由だ。以前プライベートでたまたま交通事故に立ち会ってしまった時も、モジュールで視覚情報を提出するだけで現場検証は終了した。


当然自由に使えるわけではなく、警察官は全員所属警察へSOPHIAの登録が必須となっており、モジュールの使用記録も拳銃と同レベルで厳格に記録、管理されている。職務と関係なくモジュールを使うと重い罰則も設けられているのだが、不正使用なんて考えていない俺には関係の無い話だ。


SOPHIAの機能はこういった拡張モジュールで各種業界向けに最適化が可能で、警察だけでなく病院向け、農協向け、高速道路管理向けなど、様々な方面に展開されている。

モジュールの開発は日々新しい業界、新しい分野向けに行われており、10年前にスマートフォン向けに数えきれないほどのアプリが公開されていた時を少しだけ思い出す。当時と違うのは、全てSOPHIAというAIが最適化して勝手に使用してくれる、という事だろう。


ドリンクコーナーの近くを通りがかった所で、刑事課の同僚がこちらを見ているのと目があった。

アイツは小林久則(こばやしひさのり)、少しひょろっとした高身長の同い年で警察学校からの同期、過去にも同じ部署で働いた事もあり気さくに話せる仲だ。

だが、個人の恋愛話に興味津々かつ刑事のくせにそういった事に関する口があまりにも軽く、署内でも『小林には恋愛話を漏らすな』と暗黙の了解ができているほどだ。しかしそんな軽薄な言動が頑なだった証人の心をこじ開けたりするのだから、一概に否定もできないのだが。ちなみに既婚者である。


「よう、田中。お前もコーヒー要るか?」

「おはよう、小林。せっかくだが遠慮しとく。すぐに出る事になるから」

「そういや今日は本部でセキュリティ講習会だっけ?」

「それだ。SOPHIAのセキュリティやプライバシー保護に関して、警察官として最新の知識を入れろってやつ」

「今では何でもSOPHIA経由の情報共有になっているってのに、なんで会議と講習会はアナログにこだわるんだろうな」


ごもっともな指摘に、苦笑を返すしか無い。

SOPHIAが浸透し始めた当時、ログの管理と機密性が最大のハードルになった。そりゃそうだ、自分の行動を逐一記録している存在がいるのだ、悪用方法はいくらでも思いつく。

だが、AZはそのハードルも易々と突破した。ログへの専用暗号化処理、データサーバーへの協力国家の相互監視、また見られたくない場面については所有者またはSOPHIA判断で警察でも令状無しには閲覧不可のプライバシー設定。そして、そのすべてを包み隠さず全世界に公開した。


そんなAZに対し多くのハッカーがそんなセキュリティを突破してやろうとしたらしいが、そのことごとくがAZと協力国家に敗れたらしい。さすがに犯罪者情報になるので俺のような下っ端警察官には情報は回ってきていないが、国家間では情報共有されているらしい。

おかげで、概ね社会全体が納得したらしい。今でも気になる人はトイレに行く時にSOPHIAを鞄にしまうなど工夫しているらしいが。


まぁそれもそうだ。SOPHIAが出る前からビッグデータ収集という文化は存在し、SOPHIAはただその精度が上がっただけだ。人々もセキュリティさえしっかりしていれば納得するだろう。


「あ、だから詩織ちゃんが出かける準備をして首を長くしていたのか。一緒に行くんだろ?」

「ああ、中原も一緒だ。……え?首を長く?」

「さっきコーヒー取りに出る時目に付いたんだが、なんかじっと入口睨んでるなぁって思ったんだよ」

「小言確定だな、これは……。さっさと行くわ。じゃあな」


小林に軽く手を振りながら、再びデスクに向かう。気持ち早歩きになるのはしょうがない。

やがて自分のデスクが視界に入ると、そのすぐ隣のデスクで若い女がニコリと微笑みながらこちらを見ているのも同時に視界に入った。

だが顔は笑っているはずなのに、背後に『ゴゴゴ』という文字が浮かんでいるように見えるのはなぜだろう。

引き返したくなるが、今更どうしようも無い。大人しく自席に向かう。


「おはようございます、テツ先輩。今日も冴えない顔していますね!」

「やかましい。おはよう、中原。…えーと、今日はこれから本部に出かけるわけだが、準備はできているか?」

「はい、私はすでに昨日の業務報告書を提出して今日の資料をテツ先輩の分も準備し、更には車の準備も済ませて県警本部の駐車場予約まで済ませました。後は先輩が来るのを待つだけ、という状態でもう10分が経ちましたね。

何せ昨日テツ先輩から『9時に出発するから準備しておけよ』と言われましたし、日ごろから『10分前行動だ』とも言われていますから」

「そ、そうか」

「ちなみに今の時刻は8時58分です」


なんとなくそんな気がしていたが、どうやら随分とご立腹らしい。

それに改めて見ると彼女は上着をしっかりと着ており、手元には課長了承済みの業務車両使用申請書まで準備されている。

今すぐにでも出発できますよ、と言外に語ってきている。


「え、えーと……ギリギリに出勤してきて、すいませんでした」

「わかればよろしい。今日の昼はテツ先輩の奢りでお願いしますね!」


彼女は中原詩織(なかはらしおり)、黒いショートカットの髪とクリッとした大きな目が特徴の、25歳の若手警察官だ。

1年前の4月に刑事課に転属してきて、教育係として俺が指名されてバディを組む事になった。なぜ俺が指名されたかと言うと、課長曰く『相性良さそうだったから』という適当なものだった。


最初は若い女の相棒なんて扱いに困ると思っていたのだが、中原は頭の回転も行動も早く、さらに若い事もあってか俺が苦手とする電子機器関係(SOPHIA含む)に強く、気付いたらしっかり頼るようになってしまっていた。

しかも持ち前の愛嬌で俺だけでなく刑事課全体にあっという間に馴染んでしまい、今では葵原中央署刑事課に無くてはならない存在となっている。


…ちなみに、俺の名前は「とおる」なのだが頑なに「テツ先輩」と呼ぶのは、彼女曰く『慕っている証』だそうだ。何度言っても直さないので諦めた。


「はぁ、わかったよ。昼メシは講習会が終わったら連れていってやる。何が食べたいか考えておけ」

「じゃあ定食屋にしましょう。テツ先輩はどうせ朝ご飯適当に済ませたんでしょ?サラダの付いている定食で、メインメニューは何が良いかSOPHIAに聞いて選んでください」

「いや、お前が食べたい物をだな…つーか栄養バランスの指摘してくる設定、消してくれよ。普段は秘書のようなのに、メシの時だけ小言を言ってくる母親みたいで鬱陶しい」

「勝手に解除できないように設定しましたからね。先輩を心配しての事ですよ。…ねぇ、先輩のSOPHIA、これからもビシバシ指摘するようにしてね!」

[承知しました、中原様。田中様の栄養改善のため、心を鬼にして対応いたします]

「なんで俺のSOPHIAなのにお前の命令に従うんだよ」

「ほら、子供がSOPHIAの設定を勝手に変更できないよう、親がロックかけられる機能あるでしょ。アレを応用しました」

「…あの宿題の答えを教えないようにするとかのやつか。まさか、本当に母親向けの機能を使っているとは思わなかった」


しかしよく喋るなコイツは。まぁ、こういう所が皆に愛される所以なんだろう。

業務車両の鍵を受け取りながらも、くだらない話は止まらない。


「そもそもテツ先輩がもうちょっと年相応に気を遣った食事をしていれば、こんな設定する必要は無かったんですよ?もう若くないって事を自覚してください」

「言われんでも俺が一番分かっているっての。だから毎日体力維持に励んでいるんだから」

「…で、納豆ご飯とか簡単な卵料理とかで、タンパク質摂ったとか言うんでしょ?」

「お前、なぜそれを…まさか、俺のSOPHIAから情報を抜き取ったのか!?」

「そんなの聞かなくてもわかりますよ…」


そんなやり取りは、車に乗り込むまで続いたのであった。

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