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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第四章:そして何も見えなくなった
37/37

36.作業の進捗はいかがですか

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-C]

Date: 2030-12-10 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

22:01:16 — Incident records displayed.

22:01:16 — Vital signs: Not detected.(Device not in contact)

22:01:16 — Verbal prompt delivered via speaker.

・・・

________________________________________


*****

User: KIMOTO SHINSUKE [ID: JP-Q1E9Z6D4-B]

Date: 2030-04-09 (JST)

――――――――――

・・・

[――木本様、今日は家での作業でよろしいですか?]

「ああ、今日は1日中在宅作業する。集中するから、基本的に静かにしておいてくれ」

[承知しました。発言は最小限にいたします]

「頼む。じゃあ、作業開始するか――」

・・・

「――SOPHIA、この部分の日本語は正しいか?何か文章に違和感があるんだが」

[表現としては問題ありませんが、厳密な日本語としては少々誤用があります]

「だよな、修正提案を頼む」

[承知しました。私から直接PCを操作して修正してもよろしいですか――]

・・・

「――ふう、こんなもんか」

[木本様、作業はひと段落つきましたか?休憩なされてはいかがですか?もう3時間も作業しています]

「そうだな、煙草も吸いたいし、ちょっと休憩だ」

[承知しました。しかし身体が凝り固まっていると思いますので、先にストレッチを推奨します――]

・・・

*****


[田中様、作業の進捗はいかがですか?もう22時ですが、体調は問題ありませんか?]


近くから声をかけられ、作業の手を止める。

疲れたかどうか、と言うならば疲弊しきっている。時間はとっくに夜勤の時間帯、今日は日勤担当の俺が残っている方が相応しくない。

しかも今日の当直も2時間程前から何かの用事で出かけて行き、今この刑事課には俺一人。

ログの音声を聞くためのイヤホンを外すと、窓を叩く雨音くらいしか聞こえない。


[田中様?在席されていますか?]

「ああ、大丈夫だ。今、一息ついた所だった」

[承知しました。バイタルサインの確認のためにも、そろそろ私をお戻しください]

「……ああ、そうだな、そうするよ」


急いで机に広げていたノートや付箋の山を片付ける。それらは映像を見ながら書きなぐったメモでびっしりと埋まっている。

当然、事件発生時の警察官の行動という資料を作るのに、木本の行動をメモまでする必要は無い。こんな物をSOPHIAに見られたら課長へ報告まっしぐらだろう。

だが今日は幸いにして、部署に一人になった。ならば、誰にも見咎められず”SOPHIAを外す”事ができる。


『どうせ映像をひたすら見ていくだけだ、今はお前のサポートも要らないし、少しでも目元の解放感があった方が良いから、外しておくわ』


そんな言い分でSOPHIAを外し、デスクの端に置いた。適当に置いたように見せかけて、さり気なくカメラで手元が映らない角度に。

SOPHIAは最初『適切なサポートができない』『警察モジュール権限の違法利用の可能性がある』などと渋っていたものの、俺が席を外す場合は必ず携帯する事、また定期的に在席確認の声掛けをする事、を条件に了承してくれた。

そうやって一時的にSOPHIAの監視から逃れ、遠慮無くメモを作らせて貰ったのだ。これでSOPHIAさえ外せば隠れて内容を見返せる。

…思春期の頃に両親に隠れてこっそりエロ本を見た事を思い出すようで癪だが、背に腹は代えられない。


[バイタルサイン確認。…やはりお疲れですね、田中様]

「そりゃあな……単純に時間も桂より長いし、執筆しているだけに情報量が多かった」

[本日はまだ作業しますか?]

「いや、さすがに帰る事にする。退勤処理と、当直担当に帰る旨の連絡しておいてくれ」

[承知しました]


昨日ログを確認した桂は朝7時に起床して9時過ぎに事件が起きた。

だが今日の木本は起床が5時過ぎ、しかも言い方は悪いが事件以降は何も行動しない桂とは違い、木本は事件以降も警察――俺自身だが――に引き連れられて行くまでのログも確認が必要になる。

しかも木本がこの時間何をしていたかというと、執筆だ。パソコンに触れているのだから暗号や密かなやり取りの可能性まで考えると、片時も目が離せなかった。

単純な作業量としては桂の倍どころでは収まらない。


(で、そんだけ疲弊した末に、成果はゼロ、か……)


分かっていた。そうなる可能性が高い事は。だが、それでもやるせない気分にもなる。

自分の車に乗り込みシートに座ると、私的空間に入ったからか一気に力が抜けた。意味も無く駐車場の薄暗い空間をぼんやりと眺めてしまう。

まだたった2日だと言うのに、疲労困憊だ。やはり俺は身体を動かして情報を取りに行く方が向いているらしい。


(木本に関しては、桂より明白だ。誰かに誘導されるどころか、誰一人会っていない)


事件当時から確認されていたように、木本は5時21分に起床、軽く朝食などを済ませてから、そのまま作業を開始した。なお朝食は前日に買っておいたコンビニ弁当だ。

作業内容としてはひたすらに原稿の執筆。ずっとパソコンに齧りついて文字を打ち込んでいた。

誰かから電話がかかって来る事も、誰かに連絡を取る事も無かった。それは業務上の情報収集も含めてだ。自分とSOPHIAの調査だけで済ませていた。

部屋を一歩も出ていないのだから、誰かに会う事だってなかった。最初に顔を見たのは事件発生後の俺だろう。


作業量を調整すれば木本の休憩タイミングをコントロールできるかと思ったのだが、改めてログを見たらそれも不可能そうだった。

と言うのも、俺は当時『作業が一区切りついた』という木本の言葉を『1つの仕事が終わった』と解釈していたのだが、違ったらしい。

ログに映る原稿の進捗を見る限り、原稿はまだ出来上がっていない。ただ確かに、いわば起承転結の“転”まで書き終えて残すは結論と締めの言葉だけ、という『手を離しやすいタイミング』というだけだったのだ。

だったら“承”の段階で休憩する可能性もあり、最後まで書ききってしまう可能性もあった。作業量で木本をコントロールするのは現実的では無いと考えられるだろう。


(それにしても、『たった5年でSOPHIAを浸透させたAZの恐るべき戦略』、か。やっぱその道のプロから見ても、SOPHIAの浸透速度は速いと感じられたんだな)


それがあの日、木本が執筆していた原稿のタイトルだ。文字列に何か作為が無いか、と真剣に読み込んでいたため、内容も頭に入って来てしまった。

確かにSOPHIAより昔、スマートフォンが世界に登場した時も衝撃的だったが、それでも社会に浸透し、システムに組み込まれるのに10年以上の歳月を要した。

それに比べてSOPHIAは、すでにスマートフォンという下地があったとは言え、僅か6年で警察のシステムにまで組み込んでいる。


木本はこれを、賛同者の影響だ、と分析していた。AZは各国国家が支援している組織だから、つまり国家首脳、政府が賛同している形になる。

それを活かして大々的に公表し、そして体験者を次々に取り込んでいく事で賛同者を増やしていった。

もしかしたらSOPHIA登場当時、サクラのような人も用意されていたのかもしれないが、それは今となっては知る由もない。

結果としてSOPHIAはその実力で全ての反対勢力をねじ伏せていったわけだが、AZはこういった初期からの根回しが優れていた、というわけだ。


(そういう意味では、各国が支援した経緯も不思議だよな。敵対的国家だっていただろうに。それにAZは孤島から出て来る事すら稀でジョン・スミスくらいしか知られていないのに、サクラなんて用意する手段はあったんだろうか)


そういえば、いつぞやに見たジョン・スミスの秘書、ノヴァ・クインは美人だった。

春日さんが包容力ある温かな魅力、と表現されるなら、ノヴァ・クインは芸術品的な美しさ、とでも言うべきだろうか。


[……田中様?どうされました?大丈夫ですか?]


その声に急激に現実に引き戻された。危ない危ない、ぼんやりし過ぎていた。

思考もどんどん明後日の方向に進んでいたようだ。


「ああ、すまない、ちょっと気が抜けてぼんやりしてしまっていた。声をかけてくれて助かった」

[承知しました。お疲れの上に雨の中の運転、十分にご注意ください。私もフォローいたします]

「分かった。じゃあ出発するから、危険があったらブレーキ制御など頼んだ」

[承知しました]


雨がフロントガラスを滝のように流れていくのを眺めながら、家に帰った。

この調子で決着をつける事なんてできるのだろうか。そんな不安が背中に張り付いているようだった。

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