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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第二章:闇の中の悪意と論理
22/36

21.そちらのお店は推奨できません

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-07-19 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

10:38:43 — Payment processed successfully.

10:38:46 — Food and beverage intake detected. Calculating caloric intake.

10:38:46 — Initiating conversation log recording.

・・・

________________________________________


「ハチヤさんね…正直いつ刺されても不思議じゃないって思ってたし、私はあんまり驚かないかなぁ」

「ね。あたしらには頻繁に指名してくれる良客ってだけだけど、結構泣かされた子もいるんでしょ?」

「らしいよ。『さやか』とか『ひな』とかもそうだったはず」

「そりゃ恨み買ってるわ」


『あい』――相原緑(あいはらみどり)と『ユカ』――藤堂由佳(とうどうゆか)は蜂谷が殺された事を告げてもほとんど驚く事なく、そう言い放った。

なんなら蜂谷の死より目の前のケーキの方が大切と言わんばかりだ。

『キューティーバニー』の事務所を通じて任意の事情聴取を打診した所、『ケーキ奢ってくれるなら行く』と言われたのだ。しっかりしている。


ここは葵原市の中央からやや西に離れた、葵原市最大の繁華街だ。『キューティーバニー』もアクセスを考慮してだろう、繁華街の中に事務所を設けていた。

事務所近くのケーキが有名なカフェを指定され、おかげで周囲が女性客ばかりの中で事情聴取する事になってしまった。

しかも二人とも20代前半、夏という事もあってか随分と身体のラインが見える薄着。

平日午前という時間のため客が疎らで助かった。これでは援助交際とでも取られかねない。


「泣かされた、というのは?」

「アイツは結構イケメンだし口が上手いから、口説かれて本気になって、そんで捨てられたって事。しかも彼女をとっかえひっかえしてんでしょ?」

「お二人はそういった事は無かったんですか?」

「こう言っちゃなんだけど、チョロい子を狙ってたんでしょ。あたしは口説かれた事無いね」

「私も。ま、私からすると客に本気になった方も悪いって思うけど」


『AQUA葵原』の方が先に連絡が付いたため『いずみ』こと白水愛花(しらみずあいか)の聴取はすでに終わっているのだが、全く同じ事を言っていた。

蜂谷はデリヘルは利用していても、無茶な要求したわけでも金を踏み倒したりしたわけでもないらしいが、キャストを口説く事があった、と。

そしてその結末は、現在は森咲日向と付き合っている事から、お察しという所だ。


「ちなみにその『さやか』さんや『ひな』さんというのは?」

「友達…というか後輩?あの子ら今どこだっけ?」

「『さやか』は『AQUA』にいるはず。『ひな』は確か『Jewelry』かな?」

「あー多分そう。私達って意外と横の繋がり強くて、結構連絡取ったりしてんの。特に同じ店で働いてた事がある子とかは。『いずみ』にも先に会ったんでしょ?」

「……ええ、白水さんには先ほどお話伺ってきました」


この会話で分かった事が3点。

彼女達は蜂谷の昔の恋人と接点がある。

しかもその元恋人の一人『さやか』は白水と同じ店に在籍している。

そして最も厄介なのは…その情報網が非常に素早く、俺達が話を聞いて回っている事が彼女達の中ですでに知られている。

つまり、口裏合わせも可能だった、という事だ。


「しらみず?『いずみ』ってそんな名前だっけ?かっこいー」

「忘れたの?縦に白、水って書くと『泉』になるからって言ってたじゃん」

「…そんな事言ってたっけ?」


どうでも良さそうに雑談をしているが、相手は客商売のプロだ、全部演技の可能性だって捨てきれない。油断はできないな。

チラリと井口を見ると、目が泳いでいる。どうしたんだ?居心地が悪いのは認めるが…。

いや、まさか二人に対して目のやり場に困っているだけか?生活安全課にいたんじゃないのか、お前。


「お二人は白水さんも含め、以前は同じ店にいたんですよね?」

「うん、3年前くらいかなぁ、『クイーン』って店があって、そこで一緒に働いてた。『さやか』も『ひな』もその時の後輩ね」

「ハチヤさんもその時の常連さんで、あたしらは散り散りに他の店に移籍したんだけど、店が変わっても指名してくれてるってわけ」


なるほど、だから同じキャストの注文が重なっているのか。

そして、それだけに仲間意識が強い。


「なるほど。では次に、昨夜の行動について教えて貰えますか?まず相原さんから」

「私は18時くらいから3時くらいまでお仕事してた。19時くらいに一人目、次にハチヤさん、その後もう一人。お客さんの名前は出すなって言われてるんだけど、大丈夫?」

「そうですね、さすがに事件と明確な関係があると判明するまでは、守秘義務の方が優先されます。では、藤堂さんは?」

「あたしは16時くらいから待機初めて、上がったのは3時半くらいかな?昨日は結構忙しくて、5人相手にしたから」


彼女達の店では、事務所かその近くで待機するルールになっているらしい。ここから蜂谷の家まで車でも20分くらいはかかる。

二人の言い分が正しいなら、犯行を行う時間的余裕は無かったはずだ。

本来なら、ログを確認すれば一目瞭然なのだが――


「勤務中のログを出してもらう事は可能ですか?」

「私達は構わないんだけど…お仕事中はずっとプライバシーモードだよ?」

「ですよね…」


そう、風俗業界はこれが難しい。多くの場合、サービス中だけじゃなく勤務時間中ずっとプライバシーモードに設定されるのだ。

サービス中が秘匿されるのは当然だが、人によっては『風俗を注文した』という事実自体が醜聞になる可能性がある。

そのため、店も待機中含め常にプライバシーモード設定を推奨している。


「まぁ、それでも一応提出をお願いします」

「わかった。でも解除はルールを守ってね?」

「当然です。令状が発行されるまでは、閲覧不可を厳守します」


プライバシーモードはログを警察などが閲覧できないようにロックがかかっているだけで、機能自体は同じだ。

だからロックを解除すれば普通にログを確認ができる。

だがそれには明確に犯罪に関与している事を証明し、裁判所の令状を発行してもらう必要がある。

今回で言えばサービス中に殺害された、となれば令状も出るだろうが、おそらく今の状況では不可能だろう。


なお、白水も同じだ。彼女は少し遅い時間、21時から3時頃まで働いていたらしいが、やはりずっとプライバシーモード。

一応ログ提出はお願いしたが、手掛かりにはならないだろう。


「蜂谷さんからの注文はどのように?」

「普通に直電。私を注文する時は、ハチヤさんはいつもそう。昨日も22時くらいに電話かかって来て、『今空いてる?』って。そこからお店に伝えて、車出してもらって」

「お店じゃなくて直接連絡が来るパターンも多いんですか?」

「多いよ。SOPHIAだったらサービス中でも連絡の確認と簡単な返信できるし」


実際に蜂谷が注文したのが21時58分、ここから蜂谷宅まで車で20分ほど。時間的な辻褄は合う。


「非常階段から入ったのは?」

「あ、そうだった。ハチヤさんはいつもそうだよ。暗証番号は684593でしょ。皆知ってるよ」

「皆?」

「うん。事務所の人でも知ってるんじゃない?常連客だし、いつも教えてるから」


そして、暗証番号は広く知られている。これが本当に厄介だ。


彼女達は明け透けに色々と答えてくれたものの、それ以上の情報は見当たらなかった。

名刺を置いて『何かあったら連絡してくれていいけど、注文も待ってるねー』と帰って行くのを見届けて、ようやく一息がつけた。


________________________________________


『なるほど。ではすまないが、その『さやか』とか『ひな』についても聴取を頼む』

「了解です、高橋さん。また報告します」


聴取ログを高橋さんに送ると、すぐに電話がかかってきた。

精神的には疲弊しているが、しょうがない。メシでも食って頑張ろう。


「田中係長、すみません、聴取であまり役に立てず…」

「それは構わないが、生活安全課でキャバクラとかの捜査はなかったのか?」

「あまり経験が無く…それに、どこを見ていたら失礼じゃないのかわからず。顔をじっと見るのもそれはそれで失礼な気がして」

「真面目だな…」


真面目なのは良い事なんだが、夜の世界の捜査ではあられもない恰好の女性なんて何度も遭遇する事になる。

それに毎回目を泳がせていたら捜査なんてできない。重大犯罪に夜の世界は付き物なんだから。


「ま、とりあえずメシ食って休憩だ。それは今後の課題だ」

「面目ありません…。あ、田中係長、食事でしたら向こうに一本渡った所が充実しています」

ん?思わぬアドバイスに、つい井口の顔をまじまじと見てしまう。

「なんだ井口、お前この辺詳しいのか?」

「実はこのすぐ傍にお気に入りのラーメン屋があり、よく来るんです」


ほう、このクソ真面目が通うほどお気に入りのラーメン屋。

しかもすぐ近く、これは決まりだな。


「そういう事は早く言え、せっかくだからそれを昼食にしよう」

「え、でも…」

「気にすんな、奢ってやるから」

[いえ田中様、お待ちください。そちらのお店は推奨できません、なぜなら――]

「いいんだって、どうせ栄養バランスがどうかとか言うんだろ?」

[いえ、そうではなく――]

「いいから。後輩とのコミュニケーションは最優先だ」

[……了解いたしました]


井口に案内してもらいつつ話を聞いてみると、SOPHIAに味の好みを覚えさせ、おすすめを常に検索させているらしい。

そういやラーメン屋巡りが趣味だって言っていたな。…待て、何か忘れているような…。


「到着しました、田中係長。こちらです!」


そこには真っ赤な文字で『激辛らぁめん専門店 地獄の一丁目』と書かれていた。

背中から汗が噴き出してきたのは、この暑さのせいだけではないだろう。


[田中様。隣にコンビニがありますので、せめて事前に牛乳かヨーグルトの摂取を推奨します]

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