13.声をかけさせて頂きました
User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]
Date: 2030-07-16 (JST)
Active Module: POLICE
[LOG ENTRY]
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10:48:22 — User alertness level decreasing.
10:48:23 — Adjusting output volume and voice parameters.
10:48:23 — Verbal prompt delivered: “Tanaka-sama, please wake up. The lecture is still in progress.”
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『――SOPHIAが保存しているログは、大きくエピソードログとパーソナルログの2種類に分けられます。まずエピソードログは映像情報、音声情報、ユーザーの行動情報、決済などを含めた外部連携情報などがリアルタイム保存されます。そしてパーソナルログはエピソードログからユーザーの好みや出会った人物などが抽出されて蓄積されていき、SOPHIAのユーザーサポートに用いられています』
[田中様、起きてください。まだ講義中です」
「……んぁ?」
ふと意識を取り戻した。眠気を誘っているとしか思えない淡々とした音声に混じって、自分に向けられた囁くような声が耳に届いたからだ。
危ねぇ、ついウトウトしてしまっていた。
『そしてログはデバイス、各国のサーバー、そしてAZ本部サーバーで常時共有保存されています。そのため仮にどこかのログを改竄できたとしても整合性に矛盾が起き、調べればすぐに改竄の事実が発覚します。
我々警察がSOPHIAログを調べる時には、デバイスのログだけでなく、3か所のログ全てを取得して整合性確認を取りつつ解析をします。これによりログを改竄しての犯罪という可能性を排除しています』
[覚醒度低下を確認したので、声をかけさせて頂きました。私も内容はまとめていますが、業務の1つですから、ぜひお聞きください]
「…あぁ、すまん、助かった」
今日は4月に参加し損ねた、SOPHIAのセキュリティ講習会に参加している。
この講習会は県警本部で行われる事が多く、静岡県警も例に漏れず年に4回、本部の大会議室で行われる。
周囲を見ると俺と同じく多数の警察官が集まっているが、やはり今しがたの俺と同じように舟を漕いでいる人が何人もいた。
『また、エピソードログの保管期限は100日となっています。これはサーバーへの負荷軽減のために設定されたものです。容量は軽量化処理されているものの、無制限というわけにはいきませんからね。100日間が経過した古いデータから順次、自動で消去されます。これも3か所で同時管理しており、1か所のみ操作しても意味がありません。パーソナルログはユーザーサポートに用いるので、何かしらの理由で削除するまではずっと保存されます。
事件の際はログを抽出して保管しますが、100日以上前のログは回収できない点はご注意ください。』
「…テツ先輩、なに居眠りしているんですか。後輩として恥ずかしいんですけど」
「いや、すまん。だがもう何度も聞いた話でつい…」
隣から呆れた目でこちらを見ている中原に小声で返し、目頭を揉んで眠気を少しでも払う。
このセキュリティ関連の話は録音された同じ内容を繰り返しているだけ、更にその内容は業務で使うものばかり、つまり全て覚えているのだ。退屈に感じない方が無理ってもんだろう。
だと言うのに、これの参加は全警察官の義務になっているというのだから、面倒な話だ。
『また、警察がログを解析する場合、必ずSOPHIAとダブルチェックを行います。これはログの量が膨大で人力で全て読み取るのは不可能に近いというため、またAZの意向でSOPHIAが恣意的に情報を歪めて取得するという事態が万が一でも起こらないようにするためです』
「つい、じゃないですよ。年に1回しか参加義務は無いんですから、そう何度も聞いたわけじゃないでしょう?」
「…仰る通りです」
しょうがない。後輩に呆れられたままでは終われないし、気合を入れるとしよう。
どうせもう少しでセキュリティの話は終わりのはずだ、その後は新しく導入されたSOPHIAモジュールの話が始まる。
一度強く目を閉じてから、ペンを握り直した。
『このような対策により、SOPHIAログは警察の捜査にも十分に活用できると判断されています。皆さんも、これらの知識を前提に捜査を進めるようにしてください』
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「あー…疲れた。やっと終わった」
「何言っているんですか、大半は寝ていたじゃないですか。もう少し真面目に講義を受けて欲しいんですけど?」
2時間にわたる講義がようやく終わった。
県警本部から外に一歩出ると夏を感じるむわっとした熱気が襲い掛かって来るが、今の解放感はそれによる不快感に勝る。
背伸びをしている俺に後ろから小言が投げかけられているようだが、さっきまで散々話を聞いていたのだ、今くらいそんな事は聞きたくない。
そもそも俺からすれば平然と耐えられる人の方が不思議である。
「そもそもこの講義も業務の一環ですよ?私達警察官は真面目に受ける義務があると思います」
「……そうは言っても実際知っている事ばかりだから、退屈なのはしょうがないだろ。お前はよく平然としてられるな」
「当然です。仕事だと思えば自然と気合が入りますから」
「大したもんだ」
「テツ先輩が情けなさすぎるだけだと思いますけど」
ぐうの音も出ない。実際、結局新しいモジュールの話でも何度も意識を失いかけ、その度に中原かSOPHIAに起こされてしまったのだから。
今回は大した内容が無かったと思うが、一応後でSOPHIAにまとめてもらった内容を読み直す必要があるだろう。
まぁ、とりあえず講義は終わったんだ、葵原市に戻るとしよう。
「しかし去年も思いましたが、SOPHIAのログをSOPHIAですら編集できないというのは徹底していますよね」
車に乗り込むと同時に、中原が唐突に言い出した。
まぁ、警察でも『SOPHIAのログは絶対に正しい』として捜査をしているのだ。気にかかるのも無理はない。
「ああ、それは各国が出した条件でもあるんだ。当然だが、AZはSOPHIAのシステムを組み替える事ができる。だったら例えばAZに不都合な内容は削除する、誰かがAZを脅して情報操作を行う、などといった可能性が疑われる。AZは非営利で国際社会に協力すると宣言しているが、心の内までは知りようが無いからな。国家安全保障のためには当然と言えば当然だ」
「はー、なるほど。詳しいですね、テツ先輩」
「そりゃSOPHIAが社会に浸透し始めた当初から警察にいて、そのいざこざを自分の目で見ているからな。お前はSOPHIA導入後に就職したから知らんだろうが」
あの当時は大騒ぎだった。国が導入を決めたからといって即信用できるはずがない。
しかもSOPHIAが世の中に浸透し始めた頃、俺はここ県警本部の捜査一課にいた。殺人事件も含む重大事件の第一線で働いていたのだ。
SOPHIAログが証拠として用いられるのならば捜査は間違いなく進むが、改竄によって踊らされるようでは話にならない。
そのため警察としてもあらゆる可能性を考慮してログの信用性を精査した、というわけだ。
「で、その末に日本警察のトップである警視総監が認めたんだ。『SOPHIAログは改竄の可能性が考えられないものである』、とな」
「それから捜査にも本格的にログが証拠として使われるようになったんですね」
「ああ。このセキュリティを突破するなんて、アニメのスーパーハッカーでもなけりゃ無理だろうからな。そもそも個別デバイスのログ操作に成功した話すら聞かないんだが」
「……そうですね、SOPHIAのセキュリティ、各国政府のセキュリティ、AZのセキュリティ、全部同時突破なんて、どう考えても不可能だと思います」
100日間ものログがあり、その全てが信用できるとすれば、犯行当時だけでなく、普段の習慣まで把握できるという事になる。
犯罪捜査に有効なのは詳しく聞くまでもなく分かった。それだけに、警察としても導入には慎重になったのだ。
「まーそんな歴史を直接見てきたもんだから、講義の内容なんて全部身に染みて知っているんだよ。だから退屈だったわけだ。……いや、居眠りしたのは反省しているから、そんな目で見るな」
「…もう。じゃあ、近くでお昼だけ食べて帰りましょうか。先輩のSOPHIA、テツ先輩の栄養バランス的におすすめのお店探して」
[承知しました。…近場ですと、約1km西にある中華料理店の回鍋肉定食などはいかがでしょうか。野菜も多く、油分についても朝が控えめでしたので問題ありません。ボリュームもありますので午後の業務に向けたエネルギー補給にも適しています]
「つまり、今日の朝も手抜きメニューだったわけですね、テツ先輩。じゃあソフィ、その近くの駐車場までナビして」
[オッケー詩織。テツ先輩さんのSOPHIAから情報共有してもらったから、案内するね]
「だから、お前の食べたいもんで良いって言ってんのに俺の栄養バランスで選ぶなよ……」
だが好みの味の分析までされているのか、SOPHIAにおすすめされた回鍋肉定食は腹立つほどに旨かった。




