表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイリスの瞳  作者: たけひろ
第一章:新しい世界に散る桜
13/14

12.栄養バランスがとても良いと思います

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-04-09 (JST)


[LOG ENTRY]

・・・

19:04:03 — Calculating nutritional balance.

19:04:03 — Analyzing today’s dietary intake.

19:04:03 — Cross-referencing with vital signs.

・・・

________________________________________


[田中様、今回のオーダーは栄養バランスがとても良いと思います。ただしやや塩分が多めですので、炭酸水などの摂取を推奨いたします]

「……ちなみにビールは?」

[ビールは飲酒ペースが上がりやすいので、推奨できません。アルコールであればワインの方が良いでしょう]

「……はい」

[田中様の事ですから深酒は心配しておりませんが、ほどほどでお願いします]


机の上にはすでに料理が並べられている。

色とりどりの野菜の中、控えめに加えられた生ハムが目を引くサラダ。

白い皿に綺麗に並ぶタコの赤と白に、オリジナルドレッシングがかけられたカルパッチョ。

そして小さなカップに注がれた、ひよこ豆の温かいスープ。

この後豚肉とオムレツも来る予定だ。


確かにビールよりはワインというラインナップ。ここはスペインバルなのだから当然だろう。

ただ、単純に俺はワインよりビールの方が好きというだけだ。


「栄養に良い物を、と言ったのに結局飲み屋に来るのはどうなんですか、テツ先輩」

「せっかく仕事終わったんだし、今夜は担当じゃないし、酒の一杯くらいいいだろう。本当はもっと焼肉とかが良かったのに……」

「ダメです。多少の飲酒は見逃しますが、野菜中心にしてください」


一仕事終わったしと中原をメシに誘ったら、『野菜がたくさん食べられる所』『お肉や炭水化物よりも魚とかが多い所』『油分控え目なメニューがある所』と、あれよあれよと店が絞られていったのだ。

何とか「多少の肉や酒は欲しい」とねじ込んだ結果、署近くのスペインバルに落ち着いた。

だが、ビールとピザの注文は許可を得られなかった。


「……ったく。お前は俺の母親かっての」

「何言っているんですか、身体は資本です。私達みたいな仕事は、特に気を遣わないといけません」

「それは分かっているけども、たまにはいいだろう」

「毎日適当な食事している人が何を言いますか」


中原はこんな所でもしっかり者で、背筋をピンと伸ばしながら小さめのデキャンタからワインを注いでくれている。ちなみにこのデキャンタを飲み終えたら今日のアルコールは終了だ。

ま、そこに不満は無い。元々警察官なんて職に就いている以上、深酔いはできない。するつもりも無い。

だからこそ限られた酒は好きな物を飲みたいというのに。


グラスを受け取り、中原と軽く掲げ合ってから口を付ける。店のおすすめを適当に頼んだが、口当たりが軽くて飲みやすい。

同じく中原が取り分けてくれたサラダとカルパッチョも、しっかりした歯ごたえと適度な塩味や酸味がワインと合っている。

まぁうん、これはこれで十分に美味い。


「つーか毎回俺の栄養を気にするが、たまにはお前が食べたい店に行こうぜ。お前がどんな店行っているか気になるし」

「なんですかテツ先輩、もしかして私の事を口説いているつもりですか?」

「違うわ。何言ってんだ」

「残念ですが、テツ先輩の事はそういう目で見られず……。それでも迫って来るようであればセクハラで訴えます」

「なんで俺がフラれたみたいになってんだ。……セクハラ扱いは勘弁してください」


なんでコイツこんな怖い事をいつも通りの顔で言えるんだ?

俺のような中年男性中間管理職が一番恐れているのはハラスメント扱いだと言うのに。しかも常にSOPHIAで記録されているから、言い逃れもできない。

冗談だと信じたいのだが、いつも通りの顔過ぎて本気か分からない所も恐ろしい。話を変えるとしよう。


「セクハラと言えば、あの杉本って奴は厄介だったな。いい経験になっただろう」

「笑いながら言わないでください。あのような場であの態度、許せませんよ」

「ああいう腹の立つ奴は世の中に一定数いるから、経験できて良かったな」

「仕事でももう出会いたくないんですけど。本音を言えば胸ぐらの1つでも掴んでやりたかったです」


しかし本当に、中原はしっかり者だ。

酒も多少入っている状態で雑談をしているというのに、『警察』や『聴取』のような単語を自然に避けている。事件にもまつわる話だってのに、安心して振る事ができる。

まぁ、単純に酒に強いだけなのかも知れないが。顔色も全く変わっていないし。


俺達警察官、特に刑事なんて仕事をしている人間は、あまり業務外で警察と認識されるのは良くない。

恨みを買ったりする事もあるわけで、顔と名前を覚えられる事自体がリスクになるためだ。

SOPHIAが浸透して治安は良くなったとはいえ、そこは変わらない。


「ま、お前もそろそろ単独でも動けるようにならないといけないんだから、ああいう手合いにも慣れておけよ」

「そうですね。でも私はまだ下っ端ですし、単独行動はあまり無いですよね?」

「それはそうなんだが、今朝みたいに分かれて行動する事だってあるしな。…ああ、そういえば言い忘れていたが、病院に同行したのは良い判断だった。助かったよ」

「……真っ直ぐ褒められると、何とも言えない気分になりますね」

「そりゃ良かった。後輩の役に立てて何よりだ」


中原が優秀なのは間違いない。単独捜査もこなせるようになれば、本格的に指導は必要無くなるだろう。

今年は様々な経験を積ませる事に注力する事にしよう。きっと数年以内にまた別の部署に異動になるだろうし、刑事としての経験は将来必ず役に立つ。


「あ、そういえば。――今回すんなり解決して良かったですね」

「ん?そりゃスムーズに解決するに越した事は無いが、突然どうした」


思い出したように口を開いた割には普通の事を言い出した。

俺の違和感はさておき、事件に問題点が見つからず終わるのは何より望む所だろう。

なぜか急にニヤニヤし始めたが…ま、大した話じゃなさそうだ。


「春日さんに話を聞く必要がありませんでしたからね」

「ングッ!……何を言っている」


危ない、突然出て来た名前に、口に含んだワインを漫画のように吹き出す所だった。


「だってお仕事で関わっちゃうと、プライベートで関われなくなるじゃないですか」

「そりゃそうだが、だから何だ」


警察官は事件関係者と私的接触を持つのは厳禁だ。

『警察官と共謀して証言を操作した』『警察官が裏で脅迫されていた』というような事を防ぎ、捜査に対する信用を保つために必要な措置なのだ。

俺が例えば杉本や安藤とプライベートで深く接触した場合、SOPHIAが警察に報告、下手したら懲戒免職といったような事態にすらなる。

もちろん場所が市役所である以上完全に避けるのは難しいが、基本的には自主的に回避する事が求められる。


「だって、テツ先輩は春日さんの事が好きなんでしょ?」

「……何の話だ」

「いやバレバレですって。露骨に目の色が変わっていましたし、普段『仕事中はなるべく不必要な雑談は避けろ』って言っている癖に自分から雑談していましたし。もっと言えば『今回はお前に主導させる』とか言って私メインで進めさせた癖に春日さんと話す時だけ自分が前に出ましたし」

「……そんな事はないぞ?」

「いや無理がありますって」


そ、そんなに態度に出ていただろうか……?一応自制できていたつもりなのだが……。

まぁ、正直に言えば、図星だ。


「はぁ……、あんまりお前に知られたくは無かったんだが、まぁしょうがない。俺が彼女を魅力的に思っているのは事実だ」

「じゃあ――」

「だが、俺達は恋愛も結婚もなかなか厳しいからな。俺の都合で振り回すわけにもいかないさ」


これもまた事実だ。警察官が恋愛をする場合、警察組織への報告が必要になる。私的接触同様、捜査への信用を保つため。

恋人や伴侶となったら、その影響は私的接触の比ではない。それだけに、パートナーに警察組織からの調査が入るほどだ。

例えば過去に何らかの事件に関わっていなかったか。警察と利害関係や感情的な衝突は無いか。情報を引き出そうとするような素振りは無いか。

しかもそれを乗り越えた所で、生活も不規則で転勤も危険も多い身だ。普通の仕事をしている人に比べて苦労を掛けるのは間違いないだろう。


「俺みたいな仕事人間からすると、そんなのに巻き込んでお互い疲れるより、たまに会った時に『良い人だな』くらいで済ませるのが一番楽な距離感だよ」

「ヘタレ。……って言いたい所ですけど、口調から察するに、過去に同じような事があったんですね」

「まぁな。詳しい内容は、それこそ察してくれ」


俺は今も独り身だが、別に恋愛経験が皆無というわけでは無い。恋人がいた事もあるし、深い付き合いになった事だってある。

だが、結局俺は仕事を優先してしまった。上手く行かなかったのも自明の理といった所だろう。

だから春日さんの事も、これ以上の関係になりたいと思っているわけでは無いのだ。


「お待たせしました。ローストポークとスペインオムレツです」

「ありがとうございます」


そこで待ちに待った肉が来た。やっぱり一仕事終えた後は肉料理が無いといけない。

皿にはスライスされた薄くピンクがかった豚肉が赤と黄色のソースで彩られており、小さなバゲットが添えられている。

量が心許ないのが残念だが、それはしょうがないだろう。


オムレツは確かトルティージャと呼ぶんだっけか?野菜に加え、魚も入っているらしい。

黄色と焦げ茶色の鮮やかな斑模様の中に、具材の緑や白が映えている。

しかも焼きたてらしく、スキレットに乗せられたまま運ばれて来た。


ちょっとしんみりしてしまったが、気を取り直して食事を楽しむとしよう。


「美味そうだな。よし、温かいうちに食べるとしよう」

「そうですね、頂きましょう。……ですがテツ先輩、よく噛んで食べてください。それにお酒のペースも気をつけてくださいね」

「だから、お前は俺の母親か」


まぁ、なんだかんだこうやって付き合ってくれるんだから、コイツも良い後輩だ。

小林の言う通り、バディ解消って事になったら少しは寂しく感じるのかも知れないな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ