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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第一章:新しい世界に散る桜
12/14

11.整合性の確認が取れました

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-04-09 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

18:02:21 — Initiating re-analysis of forensics report.

18:02:22 — Verifying consistency with submitted documentation.

18:02:22 — No discrepancies detected.

・・・

________________________________________


[報告書内容の分析が完了。鑑識情報と整合性の確認が取れました。データには問題ありません]

「わかった。俺も内容確認するから、タブレットに投影してくれ」

[承知しました]

「おうおう、俺にも見せてくれよ田中。お疲れ、詩織ちゃん」

「あ、お疲れ様です。小林さん」

「…なんでいるんだ、小林」

「俺も残業だっての。例の灰皿落下事件について、詩織ちゃんの報告書だろ?」


全く…まぁいいか、コイツの視点は俺とは違う所もあるし。

小林の言う通り、俺は中原が作った今回の事件の報告書を確認しようとしていた。

今の時間は18時。先ほど鑑識の分析結果が出た事で全ての情報が出揃ったと判断し、中原が報告書を作成したのだ。


「結局出版社での話も、追加情報は無かったんだって?」

「ああ、全員口を揃えて『今日は終日在宅勤務と聞いている』だとよ。ついでに灰皿を壊して新調していた事まで知っていた」


木本信介の職場『プラチナ社』でも、新しい情報は何も得られなかった。

プラチナ社は最大手というわけでもないがビジネスマン向けの雑誌を長年刊行している大手出版社で、ゴシップや思想の偏った記事は少ない。


社内での木本の素行にも問題は無く、トラブルなんかも全く聞こえてこなかった。

職場内での人間関係も良好で、灰皿を壊した話を知っている人間も複数いた。家で煙草が吸えないと嘆いていたらしい。適当な空き缶を灰皿にしないだけの分別はあったそうだ。


「ふーん…『これからのAI社会で人に求められるスキル』、『AZがもたらした社会の新しい繋がり』、『性格別、自分に合ったSOPHIAの使い方』…これが最近出した記事か?AI系の記事ばっかりだな」

「ああ、木本はどちらかと言うとITや技術系分野の記事を得意としていたらしい。自分の業種に合わせたSOPHIA設定アドバイスなんかは結構人気だったらしいぞ。過去のアーカイブもざっと見せてもらったが、過激な批判記事なんかも無かった。大衆雑誌じゃなくビジネスマン向けなだけあって、スキル方面が多かった、くらいの印象だな」


今日が在宅勤務になる事は1週間前から決めていたらしく、昨日今日の予定変更ではない。

つまり桜が満開の日に在宅勤務していたのもたまたまだった、という事だ。


「そして鑑識の分析結果も問題無しか?」

「ああ…解剖結果も灰皿も、事前情報と完全に一致した。不審な痕跡も無しだ」


関係者全員に事故が起きた時間帯の簡易ログを提出してもらったが、大友はマンション内階段の掃除、桂裕一及び麻里夫妻はそれぞれの勤務先で仕事、杉本と安藤は市役所の自分のデスクで仕事をしているという、至極真っ当な記録が確認できただけだった。

灰皿も鑑識が復元したが木本が証言した物と同型である事が確認され、指紋は木本の物のみ、付着していた煤は木本の持っていた煙草の物と成分が一致した。また、不審な痕跡なども見つからなかった。


桂の遺体は司法解剖が行われたが、死因は頭蓋骨の陥没骨折と脳損傷、原因は外部からの衝撃で間違いなく、その傷口は復元された灰皿と一致した。倒れた際についたと思われる軽い擦り傷を除いて他の怪我は確認できず、目立った病気のようなものも確認できなかった。消化物に関しても桂夫妻が証言した朝食内容と一致している。


「となると最後の問題は、木本が桂の位置を確認できたか、という点になるか」

「ああ、そうなる」

「もし何か作為があるとしても、木本がベランダに出るタイミングだけは彼の意思が必要だから、ですよね?」

「詩織ちゃん、正解!成長したね!」

「…いえ、すみません、テツ先輩が教えてくれて、鑑識に連れて行ってくれたので」

「最初から”作為があるなら木本がぶつけるしかない”という所までは理解していたから、十分さ。桂が下を通りがかったタイミングでベランダに出た事だけは、完全に木本の決定だ。彼が何時に作業開始していつ休憩を取るかは、さすがに外部の人間が操作しようがない」

「だから仮に何か巧妙な仕掛けで遠隔で灰皿を落とせたとしても、そこだけは確実に木本の協力が必要。逆に言えば木本の協力が全く考えられないなら、作為性は無い、って事になるんですよね?」


全ての情報に整合性が取れた以上、最後の問題になるのはこの1点だけだった。

だから自分の目でも検証をしたく、わざわざ鑑識まで出向いたのだ。


まず木本のログが最後に途切れたのはトイレに行った8時59分、正確には8時59分11秒~8時59分56秒までの45秒間。この時点で桂はまだ歩行しており、事故現場に到着していない。

それ以降、木本はSOPHIAを装着したまま行動しており、ちらりと天気を確認する素振りはあるもののベランダの下を確認するような事もない。仮にSOPHIAを密かに外して見に行ったのなら、不自然に視点が固定されるだろうが、ストレッチを行ったり煙草を取りに行ったりと動き回っており、そのような時間は無かった。


そして桂の方も、あの場所に立っていたのは桜が綺麗に見える場所を探してうろついていただけで、例えば「この場所で良いんだよな」と探していたような事は、視線の動きからも独り言からも見受けられなかった。「安藤さんを誘ってみようかな」という独り言は見つかったが。


当然、直接見なくても桂の位置を把握できる方法が無いかも検証を行った。


ベランダに鏡のような物が置かれていた可能性、桂が光や音で自らの場所を知らせた可能性、第三者が桂の居場所を教えたという可能性。

俺がベランダに出た際の映像を確認しても、鏡なんて無い。素早く回収した可能性もあるが、木本のログには回収している様子も無いし、下を歩く人の位置まで把握となるとそれなりのサイズが必要だろう。そんな大きな鏡を一瞬で回収するのはかなり難しい。


桂が光や音を発していた可能性はもっと低い。何せ事故直前まで俺と中原は桂のすぐそばにいたし、事故直後に俺は駆け寄ってすらいるのだ。そんな事をしていたら気付いていただろう。


第三者が知らせた、というのがもっとも可能性は高かったのだが、SOPHIAへのメッセージはもちろんパソコンにもそんな履歴は無い。外部の人間が壁かドアでも叩いてモールス信号のように教える事まで考えてみたが、隣人は昨日からずっと不在で、エレベーター前の監視カメラでも今日1501号室に近寄った人間は俺が初めてという事が確認された。


従って、木本にはどうやっても桂の位置が分からない。

つまり灰皿をぶつけるどころか、狙ってベランダに出る事すらできなかった。


「なるほどねぇ。つーか仮に桂の位置を把握する事ができたとしても、15階のベランダから地上にいる人間の頭に灰皿ぶつけるなんて至難の業過ぎるしな。もし本当にやるなら相当練習するか、精密に落とす装置でも無いと無理だろ」

「さすがに灰皿を落とす練習なんてやっていたら、管理人や近所の人が不審に思うでしょうしね」

「そゆこと。ぶっつけ本番で外しちまったら警戒されて二度と狙えないだろうし、やっぱり故意の殺害ってのは無理があると思うな」

「そうですよね。という事で、過失致死として結論を出しました」

「うん、妥当だろうね。報告書も良くまとまっている。詩織ちゃんは以前から報告書書くの上手だったけどね。田中と違って」

「やかましい。読み終わったならさっさと自分の仕事に戻れ」

「はいはい、じゃあまたね、詩織ちゃん。お疲れ様ー」

「はい、お疲れ様です、小林さん!」


報告書は良くまとめてあるし、理論展開にも問題は無い。

考えられる可能性は全て検証してあると思うし、鑑識の情報も全て使って、そして全て合致している。


「じゃあテツ先輩、報告書はこんなもんで良いですかね?」

「…ああ、問題なさそうだ。じゃあ、課長の確認を貰ったら書類送検手続きをしろ」

「了解です!…ソフィ、課長にこの報告書を提出しておいて!」

[課長に通知付きで提出したわよ。……はやっ。もう了承で返ってきたわ]

「ま、中間報告もしているしな。じゃあこれで一件落着だ。お疲れ様、中原」

「はい、テツ先輩もフォローありがとうございました!」

「18時半か……丁度良い時間だし、メシでも行くか。朝のお詫びに奢ってやるよ」

「いいですね!じゃあ先輩のSOPHIAに聞いて栄養バランスおすすめのご飯に行きましょう」

「いやだから、お前が食べたいもんをだな――」


こうしてまた1件の事件が、発生から10時間と待たずに解決した。SOPHIAが世の中に浸透してから、ほとんどがこうだ。

それは、平和になったという事なんだろう。少なくとも市民が真偽のわからない不安におびえる時間は短くなったのだから。


喉に引っ掛かった小骨が、今なお飲み込めていないとしても。

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