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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第一章:新しい世界に散る桜
11/14

10.矛盾は見受けられません

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-04-09 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

14:45:50 — Conversation log saved.

14:45:51 — Consistency check completed. No issues detected.

14:45:51 — Summary file saved and synced to server.

・・・

________________________________________


[聴取内容を保存しました。署のサーバーにも共有済みです]

「分かった。桂の出勤時間など、これまでのデータと何か矛盾した点はあったか?」

[私の検証した範囲では、矛盾は見受けられませんでした]

「そうだよな。…中原は?」

「私も、矛盾と言えるほど気になる点はありませんでした。ですが、本命はこの後です。…どうやら、来たようですね」


安藤を呼んでもらってしばらく待っていたのだが、そこで控えめなノックが響いた。

ちなみに証言汚染の観点から当然だが、杉本には外してもらった。仮に証言汚染の件が無くても余計な事を言いそうだから同席してもらいたくない。

ドアに向かって「どうぞ」と返すと、一人の女性が入ってきた。


「失礼します、安藤舞華(あんどうまいか)と申します。課長からここに来るように言われたのですが」

「こんにちは、葵原中央署の中原と田中です。どうぞ、まずはおかけください」


入ってきた女性は小柄だが動きに活力があり、緊張は見られるものの滑らかな動きで椅子に腰かけた。

肩にかかるくらいのボブカットでやや童顔に見えるが、おそらく年齢は30になるかどうか、という所だろう。


「お忙しい所、お時間頂きありがとうございます。桂弓彦さんについて少しお話を伺いたく、お邪魔いたしました」

「桂さん?本日は急遽お休みと聞いていますが……」

「単刀直入に申し上げますが、桂さんは本日9時過ぎ、出勤中に亡くなられました」

「……亡くなられた?そんなまさか……」

「不幸な事故と見られていますが、事実関係の確認のため、お話を聞かせてください」


安藤は目を見開いて茫然といった様相だ。自分の身近な人物が急逝したら、これが普通の反応だ。杉本の態度の方が異常なのだ。

だが、俺達はこれが演技では無いのかを疑う必要がある。


「桂さんが亡くなられたなんて信じられませんが……、警察の方まで来ているのですから、本当なんでしょうね」

「今は役職者の方々以外には伏せて頂いていますが、すぐに市役所内でも正式に通達があるはずです」

「分かりました、私に答えられる事なら何でも答えます。……とは言っても、聞きたい事も分かっています。桂さんが私にその…アプローチをしてくれていた事、ですよね?」


話が早い。そして隠さない、か。

仮にこれが殺人だった場合、恋愛的なやり取りがあった事は動機になりえる。できる事なら隠したいはず。

何も無いのか、あるいは課長すら知っているくらいだから隠す意味が無いと考えたか。


「話が早くて助かります。まずはあなたと桂さんの関係性についてお伺いしたいです」

「ええと、どこから話せばいいかな……。まず、私は大学卒業してそのまま葵原市役所に就職したのですが、去年の4月にSOPHIA推進課に異動となりました。そして上司になったのが桂さんです」

「それ以前はどちらに?」

「地域振興課にいました。元々SOPHIA推進課は地域振興課のSOPHIA関連業務を独立部署にしたような物で、業務内容も似ているし人員交換の意味もあって異動になったと聞いています」


これは桂の両親、そして杉本の証言とも合致している。

人事異動の理由は初耳だが、地域振興課と親交が深いのであれば後で話を聞く必要もあるだろうか。


「桂さんからのアプローチというのはどのようなものでしたか?」

「食事に誘っていただいた程度です」

「それは二人きりで、という意味ですね?」

「大人数の会へ誘われた事もありますが、概ねその通りです。でも桂さんには申し訳ありませんが、二人きりの食事は全てお断りしていました」


安藤はずっと不安と申し訳なさがない交ぜになったような表情を浮かべている。

もし桂の死に何か疑いがあった場合、自身が筆頭容疑者になるという事は彼女も自覚しているだろう。

そして、亡くなった上司のアプローチをずっと断っていた申し訳なさが今になって浮かんできた、という所か。


「桂さんがあなたの事を異性として好むようになったきっかけなどは分かりますか?」

「私には分かりません。アプローチが始まったのは去年の12月からですが、特に大きなイベントがあったわけでもありませんし、わざわざ聞きませんでしたし」

「アプローチされている事を自覚したのは、食事の誘いが増えて来たからですか?」

「いえ、直接言われました。『僕は安藤さんの事が女性として気になっているから、もっとよく知りたい』、と」

「随分と真っ直ぐですね……」

「そういう方だったんです。だから他人の懐に入るのも上手でした」


それはある種誠実さの鑑のようだ。では安藤の方も意外と桂の事を悪しからず思っていたのだろうか?


「差し支えなければお伺いしたいのですが、どうして全て断っていたのですが?」

「それは……これは他の方には内緒にして欲しいのですが……」

「もちろんです、警察官として守秘義務は守ります」

「私は大学時代から付き合っていた恋人がいて、就職してからも関係が続いていたのですが……2年前に彼が社内転勤で遠距離恋愛になったかと思ったら即浮気されまして。おかげで軽く男性不信になっちゃったんです……」

「そんなクズ、許せませんね……いえ、失礼しました、つい私情が入ってしまいました」


中原は朝と同じく表情を変えないまま威圧感を放っている。まぁ俺でもクズ野郎だと思うんだから、同じ女性の怒りはひとしおだろう。


「それでなかなか恋愛をする気になれず…しかも元カレも桂さんと同じく押しの強い人だったので余計に」

「なるほど、納得しました。桂さんはその事情をご存知でしたか?」

「何度目かのお誘いを断った時に、お話しました。桂さんは『そういう事情なら無理しなくてもいいけど、たまに食事に誘うのは許して欲しい』と言っていました」

「それで、何度断られても諦めずに誘っていた、という事ですか」

「はい。桂さんは決して悪い人ではありませんでした。むしろ毎回断っている私に嫌な顔をせず、誠実に対応してくれていたと思います。身体に触れてくるような事もありませんでしたし」


この話が本当であれば、安藤も迷惑や不快に感じていたわけでは無かったらしい。そうなると安藤に桂を殺害する動機は無かった事になる。

もちろん頭から信じるわけにはいかないが、桂がストーカー行為などに及んでいない事はログからも確認されている。本当である可能性も高い。


「では話を変えて、仕事内容について伺っても良いですか?杉本さんからは広報のような業務と伺っていますが、詳しい事は安藤さんに聞いた方が良いと言われまして」

「主な業務としては、市役所でのSOPHIA活用に協力、イベントごとでSOPHIAを用いる時に補助として参加、SOPHIAを使った申請の補佐、などでしょうか」


なるほど、それで大友が年金の申請をしていた時に桂が助けに来たのか。

先ほどロビーでお爺さんと話していた人もSOPHIA推進課だったのかもしれない。


「最近桂さんが参加されたイベントはどのようなものですか?」

「今の時期は少ないのですが、ちょっと待ってください、送信しますね…はい、中原さんのSOPHIAにお送りしました」

「ありがとうございます、確認します」


ん、中原が即座に俺にも転送してくれた。

大学の研究発表参加、地元企業へのSOPHIA補助金の説明会、市民向けのSOPHIA紹介イベント…特に変わった内容はなさそうだ。


「お仕事での評判はどうでしたか?」

「明るい方でしたし、悪くなかったと思います。そもそも人と話すのが好きだったみたいで、お年寄りからも好かれていました」

「お年寄り?」

「ええ、やはり色々な申請をSOPHIAで行うようになって、一番お困りなのはお年寄りですから。そういった方々にお教えするのが一番多い業務になります。よく『人は直接話すのが一番伝わるんですよ』って言って、積極的に話しかけていましたよ」


先ほどの話の通り真っ直ぐで押しの強い性格が、お年寄りの心を開くのに一役買っていたのかも知れない。

トラブルの話も出てこないし、やはり殺される動機のようなものは見当たらない。

しかし『人は直接話すのが一番伝わる』、とは。SOPHIAどころかスマートフォンが台頭するより前の時代みたいな言葉だな。


結局その後も既に分かっている情報が確認されただけで、新しい発見は無かった。

先ほどの杉本もだったが、やはり安藤も木本の事は知らないらしい。

他の職員も同じで、桂と関係が深かったという数人に話を聞いてみたものの、杉本と安藤の話以上の情報は出て来なかった。


念のため地域振興課でも話を聞いてみたものの、全て空振り。

俺達は礼を言って市役所を後にするしかなかった。


「結局、特に目新しい情報はありませんでしたね。安藤が桂の事をそこまで迷惑とは感じていなかった、くらいですか。あくまで本人の言ですが」

「そうだな。桂は粘着質というよりは直情的な性格だったらしい。繰り返されてはいたものの、トラブルの形跡は無かった」

「じゃあ、やっぱり今の所は桂が殺されるような動機とは言えない、という事ですね。やはり事故の可能性が高いですね」

「ああ、そうだな……」

「やっぱり何か気になる事があるんですか?」

「……いや、本当に作為的な犯行である可能性が無いか、考えていただけだ」

「その辺は今鑑識がログを基に分析しているはずですから、結果を待ちましょう」


春先のやや涼しい風が吹きすさぶ中、モヤモヤと考えてしまう。

やはり、ただの事故なのだろうか?どれだけ情報を集めてもどれだけ考えても、矛盾は全く見つからない。


じゃあ、俺の感じている違和感はなんだ?今に至っても、どこにあるのかが掴めない。ただの思い過ごしなのだろうか。

後は木本の出版社での聞き込みと、鑑識の精密分析だけだ。そこにこの違和感の正体はあるのだろうか。

それとも、この事件が”事故”として処理されるのをただ見ているだけになるだろうか。


車に乗り込んでも、この気持ち悪さは消える事は無かった。

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