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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第一章:新しい世界に散る桜
10/14

9.ご協力感謝いたします

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-04-09 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

14:33:29 — Beverage intake detected. Recalculating nutritional balance.

14:33:29 — Initiating conversation log recording.

14:33:29 — Preparing summary file generation.

・・・

________________________________________


「桂くんが亡くなった事は、10時過ぎくらいでしたかな、ウチの総務から緊急呼び出しを受けて知りました。その後全部署の課長までは通達が行きましたが、一部業務調整で必要な者を除いて一般職員には伝えておらんはずです。警察からの要請だったと聞いておりますが」

「はい、証言汚染の観点から、そのようにお願いをしております。ご協力感謝いたします」


役職者は致し方ないとしても、警察としてはなるべく自然な証言を得る必要がある。そのため意図的に、可能な限り死亡や事故の詳細については伏せてもらうのが基本対応となる。

仮に誰かが事件に関わっていた場合、周囲の人間と相談して口裏合わせを行う可能性だって否定できないからだ。

現在ではSOPHIAの監視によってある程度防げるが、全てのログを無制限に確認できるわけではない。


「彼が事故に遭った事は、非常に残念でした。優秀な部下で将来にも期待していたのですが。…しかし、職員への伝達まで止めて刑事さんが話を聞きに来るという事は、ただの事故じゃないんで?」

「今の所、単なる事故の可能性が高いと考えています。しかし念のため、桂弓彦さんの普段の様子についてお話を伺いたい、と思ってお邪魔しました」


杉本は発言内容こそ真っ当だが、その口調はまるで噂話を楽しんでいるかのようだ。部下が死んでいるというのに、まともな神経とは思えない。

単なる無神経な男なのか、それとも何か裏があるのか。

中原もそれを感じ取ったのか、目が少し細められている。コイツのコミュ力なら大丈夫だと思うが、杉本の会話ペースに乗せられないよう、注意しておかないといけない。


「まずお伺いしたいのは、事故があったのは9時13分ですが、こちらの勤務開始は9時ですよね?桂さんはなぜそんな時間に外にいたのでしょうか?」

「ああ、それは簡単ですな、ウチは時差出勤を推奨しておりまして、桂くんは10時出勤となっていたためです。実際は9時半過ぎくらいに出勤する事も多かったですけどね」

「彼の家の場所はご存知ですか?」

「もちろん上司として把握しております。彼は普段から徒歩で通勤しており、ここまで大体40分程度ですかね。だから9時過ぎに道を歩いていても不思議じゃない、というわけですな」


予想はしていたが、やはり時差出勤だったか。ログでも毎日9時を回って出勤していたらしいから、今日だけ特別遅いという事は無いと見られていたが。

事故現場からここまでは徒歩なら20分程度。順調に来ていれば9時半過ぎに到着していたという事になる。そして杉本が言うように普段からそれくらいの時間に出勤していたのなら、あの時間あの場所にいた事は全く不自然では無い。


また1つ、情報の整合性が取れた。


「優秀な部下との事ですが、彼は普段どのような仕事を?」

「質問で返して恐縮ですが、SOPHIA推進課の仕事はご存知ですかな?」

「市役所内外問わず、SOPHIA導入の補助や、新しい活用法の推進などを行う部署、と認識しています」

「素晴らしい。ご理解頂いており嬉しい限りですな。仰る通りで、我々の部署では様々なSOPHIA活用の補助や紹介を行っております。桂くんには、いわば広報のような業務を任せていました」

「広報?」


ああ、なるほど。広報と聞いて合点がいったが、中原はピンと来なかったようだ。

こればっかりは警察勤務歴が短いとすぐには分からないかもしれない。


「要するに、SOPHIAが関わるイベントに参加したり企画したりしとるんですよ。見た事ありませんか?学校で交通ルールを警察官が教えてくれる、みたいなやつ。ああいうのを、今は意識的にSOPHIAを組み込んだ形で行っています。例えば安全な通学路を登録してSOPHIAが登校補助してくれる『安心通学路システム』とか、不審な連絡をSOPHIAを一度通す事で吟味して犯罪に巻き込まれないようにする『詐欺防止講座』とかですな」

「な、なるほど。そういったイベントに、桂さんのチームが参加していたと」

「はい。どれだけ役所がSOPHIA推進と言っても、結局使うかどうかは市民自身の選択ですからね。桂くんはその点押しが強くて明るいタイプだったので、向いていたのです。声も大きかったですし、人とすぐ仲良くなれる性格でしたしね」


こういったイベントでは若い人材の方が受けが良い。しかし経験が少なすぎると他所でどんなトラブルを起こすかわからない。だから桂くらいの世代が一番適しているのだろう。

俺も30代半ばくらいまではイベント参加した事もあった。……まぁ生来の不愛想のせいで、もっぱら警備係だったのが。


「なるほど。彼が最近関わっていた業務について詳しく教えてもらえますか?」

「そういう事なら私よりも安藤くんに聞いた方が良いでしょうな。去年から桂くんの部下になった女性です」

「そうですか、その安藤さんという方は本日出勤されていますか?」

「ええ、後ほどお呼びしましょう。…ところでここだけの話、実は少し前から桂くんは彼女に言い寄っていたみたいで」


こちらから話を出すまでもなく、また安藤の名前が挙がった。これは好都合だ、違和感を持たせず呼び出す口実になる。

そして『少し前から桂は安藤に言い寄っていた』、上司すらそう言い切るのであれば、桂が安藤にアプローチしていた事は市役所内でも知られていた、という事になる。


「少し前から、との事ですが、具体的にはいつ頃からですか?」

「去年の……多分冬くらいからだと思いますなぁ。私が見たのは食事に誘っている所ですが、一度二度ではなく、何度も見かけるなぁと思ったのです」

「食事の誘い以外に何か行動を見かけた事は?」

「私は見ていませんな。今のご時世そういうのに踏み込むとセクハラだのパワハラだのと言われるので、特に口出しする事もありませんでしたし」


その中間管理職の苦悩は悲しい事に非常によく分かる。最初に中原がバディになった時に困ったのも、何がセクハラと言われるか分からない恐怖があったからだ。

そして桂と安藤の関係は、やはり桂の一方的なアプローチで特に進展は無かったという事なのだろう。

やはり矛盾する情報は出てこない。違和感の正体はここには無いのだろうか?


「ですが――」

「ですが?」

「何度も誘っていた、という事は、何度も断った、という事でしょう。なら安藤くんは桂くんのしつこい誘いを疎ましく思っていたのかも知れません。安藤くんは見た目も悪くないし、こう無自覚に男を引き付けるような所がありますし、桂くんの気持ちも分かりますがな。今朝彼女は時間通り9時には出勤しておりましたが、もしかしたら何か思いもよらぬ方法で――」

「杉本さん。それ以上はさすがに不適切な発言となりますよ」

「おっと、これは失礼。刑事さんが来るなんて珍しい事で、少々興奮してしまったようです。他に私からお話できる事はありませんかな?」


そしてこの男もどうやら裏があるわけではなく、ただ無神経な方向に頭のネジが外れた男というだけのようだ。今もその目はゴシップへの興味で爛々と輝いている。

警察相手に人の犯罪関与を推測したり女性に対してとんでもない評価をしたり、さっき言及していたセクハラやパワハラどころじゃない発言をしている。

これが演技だとしたら市役所なんか辞めて俳優になった方が良い。むしろよく課長になれたもんだ。


まぁ、こういう厄介な奴の事情聴取も良い経験になるか。

怒りをこらえるかのように目が更に細まっていく中原を横目で確認しながら、どうやって話を切り上げるかを考える事にした。

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