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世界を敵に回しても、あなたを守りたい 〜国を消した公爵令嬢は、辺境で騎士と未来を選ぶ〜  作者: 深淵 みなも
第2章_奇跡の積み重ねと、こちらを向く世界の視線
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四人の密議と、“同じ方向”を見るということ

 王都という場所は、賑やかなはずなのに、

 夜になると妙に「音」がよく聞こえるものですわね。


 たとえば――

 誰かがこっそりと、密談の招待状を届けに来る足音とか。


◆ ◆ ◆


「……公にはできない話、ですの?」


 王太子殿下からの文書を受け取ったとき、

 最初にそう問い返したのは、私ではなくレオンでした。


 封蝋には王家の紋章。

 けれど、その文面はどこか、王太子殿下個人の筆致に近い。


 丁寧な言い回しの奥に、短く鋭い一文が混ざっていました。


『今夜、内輪で話がしたい。

 記録に残らない形で』


 記録に残らない――

 それはつまり、責任の所在も曖昧になる、ということ。


 誰かにとっては好都合で、

 誰かにとっては、限りなく危うい提案ですわ。


「断るという選択肢も、なくはありませんが」


 レオンが低く言います。

 彼はこういうとき、わざと曖昧な表現を使うのですよね。

 “なくはないが、現実的ではない”選択肢。


「ここで断れば、殿下が別の場で同じ話を進めるだけですもの。

 それなら――直接聞いておきたいですわ」


 私がそう答えると、レオンは小さく頷きました。


「では、私も同行を」


「もちろん。あなた抜きで密談など、落ち着いてお茶も飲めませんもの」


 冗談めかして言うと、

 彼はほんの少しだけ口元を緩めます。


 夜。

 王城の奥まった一室――小さな会議室の前で、

 私は一度だけ深く息を吸いました。


 この扉の向こうに、

 私を辺境へ送った元婚約者と、

 私を「偽りの聖女」と呼ぶ人々に挟まれてきた聖女候補と、

 私を守ろうとしてくれる護衛騎士と。


 その三人が、同じ卓を囲んで待っている。


 少し、可笑しくて。

 少し、怖い。


「行きましょうか」


 レオンの一言に背中を押されるようにして、

 私は扉を開けました。


◆ ◆ ◆


 部屋は想像していたよりもずっと質素でした。


 長机が一つ。

 椅子が四脚。

 壁には古い地図と、油の少なくなったランプ。


 華やかな会議室ではなく、

 むしろ「誰にも見つからないための部屋」という印象です。


「来てくれてありがとう、リヴィア」


 最初に声をかけてきた王太子――アルベルト殿下は、

 公式の場で見るときよりもずっと疲れた顔をしていました。


 その隣には、壁を背にして立つレオン。

 彼はいつものように無駄のない姿勢で、

 室内の死角を目配りしています。


「聖女候補殿は?」


「まもなく来るはずだ。……あまり人目につかないよう、遠回りをしている」


 その言葉のすぐ後。

 扉が控えめに叩かれました。


「失礼いたします」


 入ってきたセラフィナは、

 昼間よりさらに少しやつれた顔をしていましたが、

 それでも真っ直ぐこちらを見て微笑みます。


「遅れて申し訳ありません。

 祈りが長引いてしまって」


「祈りという名の、説教ではなくて?」


 つい、意地の悪い問いを投げてしまいました。

 セラフィナは一瞬だけ目を丸くしてから、

 困ったように笑います。


「……半分ずつ、くらいでしょうか」


 その正直さに、思わずこちらも口元が緩みました。


「では、始めよう」


 アルベルト殿下は、

 手元の紙も書記も置かずに、静かに宣言しました。


「今夜ここで話すことは、記録に残さない。

 祈りにも、報告にも載せない。

 ここにいる四人だけの“弱さ”として、共有したい」


 弱さ――その言葉に、

 セラフィナが小さく息を呑む気配がしました。


 王太子が自分の弱さを前提に会議を始めるなど、

 本来ならあってはならないことでしょう。


「ここにいること自体が、

 それぞれの立場にとっては危ういはずだ」


 アルベルト殿下は続けます。


「だからこそ――

 今夜の会合は、王家の歴史にも、教会の記録にも、

 一行たりとも残ってはならない」


「ではせめて」


 私は口を挟みました。


「“生きている人たちの明日”には、何かしら残ってくれますように」


 その言葉に、殿下は苦笑します。


「君は、本当に、そういうところだけは変わらないな」


◆ ◆ ◆


 最初に口を開いたのは、アルベルト殿下でした。


「教会に正面から逆らえば、

 王家の権威そのものが揺らぐ。

 これは、父も私も、骨身に染みて理解している」


 机の上に組んだ指に、力がこもっています。


「だが、このまま教会の思うままにさせれば、

 国は少しずつ腐っていく。

 貧民街も、辺境も、次の飢饉や疫病で同じことを繰り返すだろう」


「だからこそ、あなたは私を辺境に?」


 わざと棘を含ませて尋ねると、

 殿下は一瞬だけ目を伏せました。


「当時の私は、

 王家と教会の利を優先することしか考えられなかった。

 ……それを後悔と呼ぶ資格が、今の私にあるかどうかは分からないが」


「後悔と呼ぶかどうかを決めるのは、私ではありませんわ」


 私は首を横に振りました。


「ただ一つ言えるのは――

 あの日の決定が、辺境にとっても王都にとっても、

 “最善”ではなかったのだろうということだけです」


 殿下は苦笑しながらも、その言葉を否定しませんでした。


「教会を完全に敵に回すことはできない。

 だが、これ以上好き勝手させるわけにもいかない」


「板挟み、ですわね」


「その板の狭間に押し潰されるくらいなら、

 せめて板ごと動かしたいのだがな」


 冗談めかしたその一言が、

 彼なりの本音なのだと分かります。


◆ ◆ ◆


 次に口を開いたのは、セラフィナでした。


「わたくしは……

 聖女候補として祈ることを求められています」


 彼女は自分の指先を、そっと見つめながら話し始めます。

 祈りすぎて割れた跡が、薄く残っている指先。


「祈りを求められる夜の数と、

 本当に救いたかった人を救えなかった夜の数は、

 いつの間にか、同じくらいになってしまいました」


 静かな告白でした。


「神は沈黙しておられる、と言われます。

 祈りが届かなかったのは、神の御心に沿わなかったからだ、と」


 セラフィナは唇を噛みました。


「けれど、あの大聖堂の中で、

 わたくしは何度も……

 “本当にそうなのか”と問いかけてしまったのです」


 彼女の声が、かすかに震えます。


「リヴィア様が病の村で行ったことは、

 たしかに教会の教義からすれば危ういのかもしれません。

 ですが、あの村で起きたのは、

 “苦しむ人を見捨てない”という、

 ただそれだけのことでもあったはずです」


「セラフィナ」


 アルベルト殿下が、心配そうに名を呼びました。


「その言葉は、聖女候補としては危ういぞ」


「存じております」


 セラフィナは、意外なほどはっきりとした声で答えます。


「だからこそ、この部屋でしか言えないのです」


 その横顔は、

 昼間、大聖堂で見たときよりもずっと強く見えました。


「わたくしは……

 教会そのものを壊したいわけではありません。

 けれど、“都合の良い聖女像”の中に押し込められたくもない」


 ちらりとこちらを見て、

 彼女は苦笑しました。


「わたくしもまた、

 リヴィア様ほどではありませんが、“偏った存在”なのかもしれませんわね」


「偏っているのは、きっと、ここにいる全員ですわ」


 思わずそう返してしまいました。


◆ ◆ ◆


「では、私の順番だな」


 レオンが静かに口を開きます。


「私は剣を扱う者だ。

 できることは、目の前にいるごく少数の人間を守ることだけ」


 彼の言葉はいつも通り簡潔ですが、

 そこに込められた重さは、誰よりもはっきりしていました。


「あなたがた三人を、この部屋から無事に出すことはできる。

 たとえ王城が敵になろうと、

 たとえ教会が法をねじ曲げようと」


「心強いですわね」


 私が皮肉めいて言うと、

 レオンはほんのわずかに眉をひそめます。


「だが――」


 彼は続けました。


「剣で守れるのは、あくまで“ここ”だけだ。

 王都全体も、辺境の村々も、

 貧民街の診療所も、

 剣では変えられない」


「だから、“仕組み”を変える必要がある――

 そう言いたいのですわね」


 私の言葉に、レオンは頷きました。


「私は武で抑止力を示し続ける。

 だが、それだけでは、いつか限界が来る。

 だからこそ、あなた方に“別の形の抑止力”を担ってもらいたい」


「別の形、ですか」


 アルベルト殿下が問い返します。


「王家としての威光であり、

 聖女候補としての祈りであり、

 辺境の公爵令嬢としての民からの信頼であり――

 それぞれが持つ“守る力”だ」


 レオンは淡々と言いました。


「誰か一人が全部背負えば、

 その者が倒れた瞬間にすべて崩れる。

 それは、戦場では最も愚かな布陣です」


「さすが、実戦の人間ですわね」


 思わず、感心が口をついて出ました。


「戦場の愚かさは、王城の会議でもよく見かけるがね」


 アルベルト殿下が苦笑します。


◆ ◆ ◆


 そして、最後に。

 視線が、自然とこちらへ集まりました。


「私、ですか」


 あらためて問われると、少しだけ肩がこわばります。


「私は……」


 ひと呼吸、置きました。


「私は精霊に好かれているだけの、

 偏った存在ですわ」


 その自己紹介に、殿下が眉をひそめます。


「自分でそう言うのは、少し過小評価ではないか?」


「過大評価よりは、まだ安全ですもの」


 軽く返してから、真面目な声に戻しました。


「私は、この力だけで国を動かすつもりはありません。

 そんなことをすれば、本当に“危険物”として封じられてしまうでしょう」


「では、君は何を望む?」


 アルベルト殿下の問いに、

 私は机の上で指を組みました。


「私が望むのは、

 辺境で今日を生きている人たちの明日が、

 少しでもましであることです」


 それは、ずっと変わらない願いです。


「そのためなら――

 王都の貧民街の明日も、

 王城の侍女たちの明日も、

 できれば一緒に良くなってくれればと思っています」


「欲張りだな」


「ええ。とても」


 自分でもそう思います。


「だからこそ、私一人では無理なのです。

 だからこそ、“誰が誰の上に立つか”ではなく――」


 私は三人を見渡しました。


「誰がどの位置で、何を守るのか。

 そこを先に決めませんこと?」


 アルベルト殿下が、興味深そうに眉を上げます。


「君らしい視点だな」


◆ ◆ ◆


 それからしばらく、

 小さな部屋の中で、四人の密議が続きました。


 王太子は、自分ができることとできないことを、

 自覚したうえで口にします。


「教会の暴走を止めるブレーキくらいなら、

 ぎりぎり踏めるかもしれない。

 だが、アクセルを踏むには、まだ王家の足りないものが多すぎる」


 セラフィナは、教会の内部事情を慎重に打ち明けました。


「わたくしがあまり露骨にリヴィア様側に立てば、

 すぐに“ふさわしくない聖女候補”として、

 別の誰かに役目を奪われるでしょう」


「それは困りますわね」


 私が言うと、セラフィナは苦笑しました。


「本当に困っておられるようには……

 少しだけしか見えませんけれど?」


「あなたがいなければ、教会と民の間の橋が折れてしまいますもの。

 それは、私にとっても不便ですわ」


 わざとらしく言うと、

 彼女は、耐えきれないといったように笑いました。


「リヴィア様は、本当に……」


 途中で言葉を切り、首を振ります。


「けれど、その“利用されている”感じは、嫌いではありません」


 レオンは、それを冷静に整理しました。


「アルベルト殿下は、教会に対するブレーキ役。

 セラフィナ様は、教会内部の情報と信仰の橋渡し役。

 リヴィア様は、辺境と民衆の声を拾い上げる“現場側の代表”。

 私は――」


「最後の抑止力、ですわ」


 私が言葉を継ぐと、レオンは頷きました。


「四人のうち、誰か一人が欠ければ、

 この形は崩れる」


「そういう“円卓”のほうが、王城には似合わないかもしれませんわね」


 私が皮肉を言うと、アルベルト殿下は肩をすくめました。


「玉座が一つだからといって、

 思考まで一つでなければならないわけではないさ」


◆ ◆ ◆


 会話の途中で、

 セラフィナが出されたお茶を、少しこぼしそうになりました。


「きゃっ――」


 と、普段の彼女からは想像もつかない小さな声。

 反射的に、私はハンカチを差し出していました。


「ありがとうございます……」


「緊張なさっているのですね」


「そ、そんなに分かりますか?」


「ええ。私も同じくらい緊張しておりますもの」


 本当は、それ以上かもしれませんが。


 そんな小さなやり取りの合間にも、

 部屋の外の気配には、全員が意識を向けていました。


 廊下の向こうで、

 誰かの足音がふっと止まる気配がします。


 四人とも、一瞬ぴたりと口を閉じました。


 扉の前で足音が止まり――

 そのまま、しばらく動きません。


(聞かれて、いますの……?)


 部屋の空気が、ぴんと張りつめます。


 やがて、足音は遠ざかっていきました。


 誰かが、私たちがこの部屋に集まっていることを知っているのか。

 それとも、ただの通りすがりなのか。


 どちらにせよ、

 「この四人が一堂に会した」と知られれば、

 それだけでクーデターの噂の種になるには充分でしょう。


「……長居はできないな」


 アルベルト殿下が小さく呟きました。


「今夜決められるのは、方針だけだ。

 具体的な手は、それぞれが自分の場所で打つしかない」


「同じ方向さえ見ていれば、ですわね」


 私が言うと、セラフィナが小さく頷きます。


「わたくしたちはきっと、それぞれの檻の中にいます」


 私は、その言葉を口にしました。


「王家という檻。

 教会という檻。

 辺境という檻。

 剣という檻」


 視線が、それぞれの檻の持ち主に向かいます。


「それでも――

 同じ方向を見ている檻同士なら、

 壁越しでも手を伸ばせるかもしれませんわね」


 アルベルト殿下が、ふっと笑いました。


「君は、本当に比喩が好きだな」


「分かりやすいでしょう?」


「少なくとも、私には分かりやすい」


 殿下は立ち上がり、椅子を引きました。


「これは、おそらく王家の歴史に残ってはならない会合だ」


 その言葉は、最初の宣言の繰り返しでした。


 けれど今度は、

 そこに少しだけ――

 希望にも似たものが混ざっていた気がします。


「ではせめて」


 私はもう一度、同じ言葉を返しました。


「“生きている人たちの明日”には、残りますように」


 四人が、それぞれの場所へ戻っていきます。


 王太子は玉座のある階へ。

 セラフィナは大聖堂へ。

 レオンは警備と情報の網へ。

 私は、王城の与えられた部屋へ。


 同じ塔の中で、

 それぞれ別の階層に散っていくのだと思うと、

 少しだけ可笑しくなりました。


◆ ◆ ◆


 自室へ戻る途中、

 じわじわと肩に疲労がのしかかってきました。


「……緊張で肩が凝りましたわ」


 思わずこぼすと、背後からレオンの声が返ってきます。


「明日、軽い運動でもされますか」


「こういうときに筋肉の話を持ち出すのは、

 いかにも騎士らしい発想ですわね」


「血の巡りが良くなれば、思考も冴えます」


「否定できないのが悔しいところですわ」


 苦笑しながら、

 自室の扉の前で一度振り返りました。


 廊下には誰もいません。


 けれど、どこかで誰かが、

 盤上を上から眺めている気配がする。


 その視線に向かって、

 心の中で、ひと言だけ告げました。


(誰が主導かを決めるより――

 誰が何を守るのかを、先に決めましたの)


 檻の形は違っても。

 立っている高さは違っても。


 今夜、同じ方向を見た四人がいる。


 それだけでもきっと、

 盘の上の「次の一手」は、

 少しだけ変わってしまったはずですわ。


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