表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/27

2 結婚詐欺

 明美の店の常連に、山下という男がいた。

山下は50歳を過ぎていたが独身であった。

長年勤めた会社を辞めたのは、職責と人間関係だった。

仕事を辞めてからは毎晩のように明美の店で飲んでいたが、ある日、明美に「一緒にマニラへ旅行をしないか」と誘われたのだった。

 山下には退職金もあったし、しばらくは再就職をせずに好きなことをしようと思っていたから、明美と一緒にマニラに行けるのなら、断る理由はどこにもなかった。

「やまちゃん、マニラはいつにする?」

明美がカウンター越しに下から覗き込むような視線で山下に言う。

「いつでも大丈夫だよ。明美ちゃんは店があるから、明美ちゃんの都合でいいよ」

山下は明美の注いだビールの入ったグラスを片手に答えた。

「そうねえ。それじゃ、来週はどう?3泊くらいで」

「いいね」

「旅行の手配は私がしておくわね」

山下は何の疑いもなく、来週を楽しみに待つこととなった。

 この旅行中に、明美は山下の家族関係や交友関係をさりげなく聞き出していた。

両親は既に他界していること。兄弟はいないこと。親戚づきあいは殆どしていないこと。

友人と呼べるほど心を許せる相手はいなかったこと。勤めていたころの同僚とは、たまに酒を飲みに行く関係であること。

2人はグルメを味わい、夜は酒を楽しみ、仲を深めていった。

 明美はマニラに滞在している間、山下とは半日だけ別行動で過ごした。

カラオケパブを経営している篠原という男と会うためだった。

篠原は瘦せ型でぎょろりとした目をしている60歳前後の男であった。

日本にいるころからの知り合いで、よく明美の店に出入りしていた。

「ねぇ、しのちゃん。お金、欲しくなあい?」

明美は屈託なく篠原に言う。

「そりゃあ欲しいよ。金があるに越したことはねえしな」

篠原はニタリと笑って答える。

「人を殺してくれる?」

篠原から笑顔が一瞬で消えた。

一瞬、聞き間違いでもしたかと自分の耳を疑ったが、次の明美の言葉で聞き間違いではないと確信した。

「殺して欲しい人がいるの」

明美は笑みを浮かべて篠原をまっすぐに見つめている。

「明美ちゃん、冗談はよそうよ」

篠原は慌てて明美の言葉を打ち消すように言葉を放った。

「冗談でなんか言わないわよお。成功したら、200万でどう?」

マニラの物価からすれば、日本円で200万はそこそこ大金となる。

一瞬、皮算用をしてみたが、人を殺して200万は安い。

もし、捕まったら、懲役は免れないだろう。

「嫌だよ。捕まりたくないからね」

篠原ははっきりと断った。

「しのちゃんが直接手を下さなくてもいいのよ。こっちの人にやってもらえばさあ」

明美はねっとりとした視線で篠原に言う。

篠原はしばらく沈黙をしていたが、重い口を開いた。

「で、誰をやるんだよ?」


 明美には野心があった。

社会的地位を得て、人を使って自分は楽をして暮らすという夢。

そのために考えたのが、障害福祉施設の運営である。

障害福祉施設を作るには、法人格として、社会福祉法人を持っていることが必要とされていたため、まとまった資金が必要だった。

箱モノを作るにも金が必要だが、場末のスナックのママに2億3億の金を貸してくれる銀行は、どこにもなかった。

 そこで考え付いたのが、保険金詐欺である。

誰かを保険に入れて、死んでもらう。

明美は物凄いいいアイデアだと、嬉々として夫の小林に話しを持ちかけたのだった。

話しを聞いた小林は、一瞬吟味するかのような表情を見せたが、

「やり切れる自信があるのか?」

と、明美に訊いた。

「大丈夫よ、うまくやれるわ」

明美は自信たっぷりに答えた。

今まで男を騙して金を巻き上げてきたのとは次元が違う。

殺人だ。

明美の自信のある素振りに

「流石に人殺しじゃなくて、結婚詐欺ぐらいにしておけば?」

と、小林は言った。

「それもそうね。元金がかからなくてできるのは、結婚詐欺だわね」

殺人よりも簡単にできそうだと明美は思案した。

 しかし、億の金を引っ張るには、複数の相手を同時に騙す必要が出てくる。

目ぼしい相手は客の中に数人いる。

 そのうちの一人が、今年78歳になる臼井という老人だ。

臼井は自分で起業した板金会社の会長として、今も名前を残しているが、職場にはほとんど顔を出さず、毎日ゴルフ三昧をして過ごしている。

明美は持ち前の甘えるような眼で、臼井に近寄っていった。

臼井には、店の借金があって生活が苦しいと悲劇の主人公を演じてみせた。

息を吐くように嘘をつく人間が世の中にはいる。

それが小林明美という女だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ