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3 極刑を望みます

 警察署に向かって車を走らせる里美は、助手席のチャイルドシートに座る息子に申し訳なさを感じていた。こんなことに付き合わせてしまって。オムツを変えてあげなきゃだし、ミルクもくれなくちゃいけない。

里美は一度、コンビニの駐車場に車を止めた。

空は悲しいくらい真っ青だった。

コンビニでコーヒーを買い、息子のオムツもミルクも終わった里美は、気を入れ直して警察署へと向かった。

 「今、捕まっている小林里美に面会することはできませんか?」

警察の総合案内で里美はストレートに言った。

案内された窓口で、再度面会がしたい旨を伝えるが、留置期間は他人は会えないと教えてもらった。

そして、刑事事件としてはもう時効だが、民事でなら争えるから、請求した証明を取っておきなさいと言われた。

「そうですか。刑事事件は時効なんですね」

里美は残念そうにため息をついた。

そんな里美を気の毒に思ったのか、刑事さんは「しっかり頑張って生きるんだよ」と励ましの言葉をかけてくれた。

 抱っこ紐で抱かれている息子に「帰ろうか」とつぶやいて、里美は警察署を後にした。

「それからも返済の催促はしてないから、全部時効ですよね」里美は加山に言った。

「そうですね。でも、私たちは、殺人までするこんな凶悪犯を世に放ってはいけないという思いで動いています。だからこうして、余罪を調べて回ってるんです」

加山は歴然とした態度で里美に言った。その言葉は、里美にとって心強い言葉であった。

 聞き取りが終了すると、加山は言った。

「小林明美にどんな刑を望みますか?」

「どんな刑って、死刑とかってことですか?」

里美は思ってもみなかった言葉に戸惑いを見せた。

「そうですね、極刑を望むかどうかということですね」

しばらくの沈黙が流れる。

 そして、「極刑を望みます」

里美は躊躇わずに目に力を込めて言葉を放った。

 帰り際に加山が言った。

「これからしばらくの間は、誰かに尾行されていないか注意してください。マスコミが追いかけている事件ですから、裁判の前に小さな情報でも洩れると不利になるんですよ」

 なんだかドラマの中にいるみたいと里美は再度思った。

ということは、この現実離れした今日の出来事を誰にも話してはいけないってことだろうか。

里美は既に誰かに言いたくて仕方がないのに。

 刑事が帰った後、里美は両親の位牌を前に座っていた。

小さな仏壇の中には、里美の両親の位牌が並んでいる。戒名が書かれている横には、亡くなった日付が記されている。母の位牌の後ろには俗名と、行年45歳と書かれている。

 この世が修行であるなら、母の人生はどれほど過酷であったろう。

アル中で酒乱の夫に殴られる日々。

逃げ出しても、どういう手段を持っているのか、必ず見つけ出されて家に連れ戻されてきた。

夜中に家を出て行く母の後ろ姿を見ながら、どうか今度こそは逃げ切って欲しいと子供ながらに里美は願った。

 母の人生って、一体何だったんだろう。幸せな時があったのだろうか。DV夫でも愛していたのだろうか。

いいえ。母は愛してるとは一度も言わなかった。好きな人がいたのに無理やり結婚させられたと言っていた。

 昭和30年代のことだ。まだ日本が男尊女卑の時代。戦後の復興を果たしている高度経済成長の始まりの頃だ。田舎娘の思いなんて、どこにも通じることはなかったのだろう。

 父は幸せだったのだろうか。自分を不幸だと嘆く両親だったが、父は実の母親を憎んでいた。自分に愛情を注いでくれなかったと。

父も母も大人になり切れていなかったのだろう。

 里美は父と母の人生を振り返りながら、それでも思った。

あの人が死刑になったとしても、母は生き返らないと。

あの人が死刑になったら、私は満足なのか?

 自問自答するが、分からない。

どれほどの時間、仏前に座っていたのだろう。

窓から傾いた西日が秋の橙色に空を染めていた。


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