2 兄
里美はハイブリッド車に乗っている。
別に環境を考えてのことではない。
燃費の良さと、落ち着いたピンクと黒のボディーカラーが気に入ったからである。
堤防沿いの桜並木の桜の花びらが舞い散る中、桜吹雪にこの車は映えるなと自画自賛しながら運転をしていると、電話が鳴った。
画面の受話器マークをタップして電話に出ると、
「希望の森の山田と申しますが、吉田里美さんでお間違いないでしょうか」
と、電話の主は名乗った。
兄の入所している施設だ。
「吉田明人さんの状態が急変しまして、救急搬送をしたいのですが、よろしいでしょうか」と言われた。
血圧の急激な低下がみられているという。
「いえ。そのまま施設で看取っていただけませんか」
里美は迷わずに言った。
電話口の女性は少々戸惑った様子だったが、
「今すぐにそちらに向かいますので」
という里美の言葉に
「承知しました。お待ちしております」
「よろしくお願いします」
そう言って里美は電話を終了した。
兄は早産で生まれたこともあってか、発育が他の乳幼児に比べて遅かった。
未熟児だからと思っていたが、生後6カ月が過ぎても首が座らなかった。
健診で要検査と言われ、大学病院で検査をしたところ、脳性麻痺と診断された。
母親の嘆きは大きかった。
父親は後継ぎの男子が生まれたと喜んでいた分、ショックが大きかったのだろう。
兄の育児は一切手出ししなくなったという。
酒を飲んでは抵抗ができない兄に暴力を振るわれるのではないかと母親は心配が増えた。
小児科医と相談して、兄は生後7カ月で障害者施設に入所することとなったのだ。
里美は兄に会ったことは数回しかない。
会っても里美が妹であることを理解することもなかったのだ。
ベッドに寝かされている兄の姿を始めて見た小学生の里美は、怖いと思った。
健常者も障害者も平等に、差別なくと学校で教わっていたが、自分や自分の友達とは全く違った体を見て、小学生の里美は嫌悪を抱いた。
手首の関節はあらぬ方へ向いていて、唇は右に大きく引きつり、斜視の目線はどこを見ているのかさえ分からなかった。
一緒に来ていた母親の後ろに隠れ、母親のカーディガンの裾を強く握りしめて、それ以上は兄のベッドに近づこうとはしなかった。
両親でさえ、たまにしか面会に行かないものだから、里美の家では、兄はもういない人になっていたのだ。
そんな里美を諭すこともなく、母親は極当たり前のように
「お兄ちゃんにバイバイしてね」
と、帰る直前に里美に言っただけだった。
1970年代、障害児に掛かる費用はすべて公費負担だった。
2000年には応能負担となり、所得に応じて1割負担が生じた。
兄の金銭は里美が管理していたが、障害年金だけでは施設の支払いや雑費が賄いきれない。
障害を持って生まれてきて、一度も外の世界を歩くこともなく、施設でただ生かされて生きてきた。
美味しいものを食べに行くこともなく、流行りのアイドルをテレビで見たとしても理解することはなく、50年ほどをただただ生かされてきた。
里美は思う。
それは、生きているというのだろうか。
障害者にも人権があるのは知っている。
当然の権利だ。
でも、その面倒をみる妹の生活や人生を捧げてまで、健常者と同等に扱うことは里美にはできないと思っている。
生産性があるのだろうか。
職員の給料の元になるし、経済を回すためには必要なのだろう。
自分も高齢者介護をして生計を立てているのだから、兄の事をとやかく言う資格などないのかもしれない。
里美は右折をして、行き先を兄のいる施設へと変えた。




