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6 時空の隙間

 母、雅子の遺体が葬儀場に着いたのは、その日の午後3時過ぎだった。

検死を受けたことで、頭部には包帯が巻かれていた。

里美が母の姿を見たのは、最後に口喧嘩をしてから実に3日ぶりであった。

里美は棺に眠る母に対面し、声を上げて泣いた。

 程なくして、父親も葬儀場に姿を見せた。

検死の結果、死因は急性心不全と判明した。

死亡推定時刻は、11月2日午前1時から午前7時の間とされた。

母雅子が亡くなったのは、里美と口喧嘩をした日の夜中ということになる。

 3日の朝になっても身動き一つしない雅子を起こそうと体を触った隆夫は、雅子の体が妙に冷たいことに気が付いた。

ゆすってみても、たたいてみても、雅子の目は開かなかった。

隆夫は雅子が死んでいると理解はしたが、雅子と離れるなんてことはしたくなかった。

雅子の遺体に添い寝をして、その日は過ぎた。

翌日になっても雅子が生き返らないため、自分も後を追って死のうかと考えたが、それもできなかった。

3日目になって、雅子の死体が腐敗し始めたことから、隆夫は自ら警察に連絡をした。

「妻が死んでいる。自分が殺しました」と。

 しかし、検死の結果、死因は急性心不全であり、病死であって事故や事件ではないとの判断で、父親はお咎めなしで解放された。

父と目が合っても里美は何も言わなかった。

顔も見たくない、それが本心だった。

病死だったとしても、その原因を作ったのは父だ。

許せるはずがなかった。

母親を亡くした悲しみを直接受け入れることは難しく、父への憎しみへとすり替えられた。

 ごく親しい身内だけの葬儀を終え、母雅子が荼毘に付されたのは、その翌日だった。

遺骨を骨壺に移す際に、頭蓋骨が綺麗に切られているのが分かった。

死んだ後も痛い思いをしたのかと涙が止まらなかった。

葬儀場からの帰り、父が小さな骨壺を抱いて、里美は母の遺影を抱いて自宅に戻った。

東向きの玄関を入ると、左手にリビングとキッチンがあり、廊下を挟んで二間続きの和室がある。

廊下の突き当りに2階へと続く階段があり、2階の東側の洋室が里美の部屋だった。

母の祭壇は、和室に祭られることになったが、この日から一度も里美は1階の和室には入らなかった。

 葬儀の時に里美が抱いていた遺影の母は笑っていた。

いつの写真だろう。

随分昔のものだ。

亡くなる数年前から、母は母ではなくなっていた。

育児も家事も殆どしていなかった。

殴られているか酒を飲んでいるかの二択だった。

母親からもらうはずの愛情をもらってきたのかと里美は自問するが答えは出ない。

それでも母がいるという事実は里美にとっては大きな存在であった。

 これから父と二人の生活になると思うと、悲しみと怒りを通り越して、里美は父親を殺しかねないと自分でも思っていた。

早くこの家を出なければ。

バイトで貯めた貯金は30万ほどになっていたが、高校生に部屋を貸してくれる不動産屋はいないだろう。

近くに部屋を借りても、父親がやってくるかもしれない。

遠くに逃げなきゃ。

 卒業まであと4ヶ月。

あと4ヶ月我慢をすれば、ここから出て行ける。

母は就職に反対していたけど、その母がもういないのであれば、誰に文句を言われることもない。

やりたい仕事があるわけでもないが、とにかくこの家から出て行くことしか頭に無かった。

 葬儀も終え、学校に戻った里美に、友人たちは腫れ物に触るような、何と声を掛けたら良いのか戸惑っている様子だったので、里美は勤めて明るく振舞った。

できるだけ普段と変わらずに過ごそうと気を張っていた。

数日ぶりに食べる学校の売店の卵パンはいつもと同じ味だった。

そう。何も変わらない。私が悲しんでいても、母が居なくなっても、地球はいつもと同じく回ってる。

授業の時間割も、部活も、友達も何もかも何も変わらない。

時空の隙間にぽっかりと取り残されているのは里美だけだった。

里美はその隙間から出ようとは思っていなかった。

表面上はいつもと変わらずに過ごしていても、心だけ時空の隙間においてけぼりだった


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