表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

5 最後の言葉

 車のエンジン音が消えて、ドアの開く音がした。

隣家の玄関にいた祥子は、里美が来たのだと思った。

里美の家の方を見やり、軽く挨拶をして隣家を後にした。

 祥子は里美の叔母に当たる人物だ。

里美が小さいころからよく面倒を見てくれていた。

里美の母親が長女、この叔母は4女に当たり、姉よりも里美との方が、年が近かったせいもあるのだろう。

祥子は里美を妹のように可愛がってくれていた。

「里美ちゃん」

祥子の声に里美が顔を向ける。

「真美ちゃん」

困惑と不安に満ちた目と震える声で里美は言った。

それ以上里美は言葉が出てこなかった。

祥子は里美の傍らに近づき、そっと顔を覗き込み、つきそいの西沢に視線を向ける。

西沢は里美の様子から相手が親類であることを察して

「私は担任の西沢と言います。この度はご愁傷さまでした」

と、頭を下げる。

「先生でしたか。里美がいつもお世話になっております。叔母の石井祥子です」

お互いの挨拶が済むと、ここでは話もできないでしょうからと、少し離れたところにある梅田食堂に行きましょうと叔母が提案をしたが、西沢はこの後まだ授業があるからと遠慮した。

深々とお礼を言って、祥子は西沢を見送ると、梅田食堂へと里美と共に向かった。

 梅田食堂は昔からある食堂で、出前もしてくれる。

里美もここの生姜焼き定食が大好物だ。

4人掛けのテーブルに向かい合って腰かけた。

食堂のテーブルに着くと、梅田のおばさんが水を持ってきてくれた。

「里美ちゃん、大変だけど、気をしっかりね」

おばさんは同情の眼差しで里美に言った。

里美はコクリと頷いただけだった。

祥子はコーヒーを2つ頼むと、里美に向き直した。

「うちに連絡が来たのは、今朝9時半頃だったの」

里美が家を出た後だ。

「警察からの連絡だったから、驚いたわよ」

「どういうこと?」

里美はやっとの思いで声を出した。

「妻を殺してしまったと隆夫さんが警察に連絡したの」

「やっぱりあいつが殺したんだ」

やっぱりと言いながら、どうしてという対極の思考が頭を巡る。

「隆夫さんは取り調べ中なのと、雅子さんの遺体は検死中だから、事実はまだ分からないわ」

あのクソジジイ、取り調べを受けてるんだ。死刑になればいい。

里美は心の中で憎しみを込めて思った。

その思いが表情に出ていたのであろう、祥子は

「雅子さんの体には目立った外傷はなかったそうよ」

「傷があろうがなかろうが、あいつが殺したことに間違いはない」

里美は泣きながら、怒りに任せて言葉を発した。

周りに他の客がいないのが救いか。

テーブルの隅に置いてあるボックスティッシュを里美の前に寄せて、祥子は言う。

「里美ちゃん、泣きたいだけ泣いていいから」

その言葉に里美の涙はとめどなく零れ落ちる。

思い切り鼻をかむ姿は女子高生というより、幼いころの里美のままだった。

 コーヒーが運ばれてきて、祥子はミルクを入れる。

里美は手を付けようともせず、ただ泣いている。

厨房の中で、心配そうに見守る梅田食堂のおばちゃんが祥子に話しかける。

「雅子さん、まだ若かったでしょう?」

「ええ。まだ44歳でした」

「そっかい。そりゃあ若かったねぇ」

「里美ちゃんはいくつになったの?」

「16歳です」

泣いている里美に代わって祥子が言う。

「おばあさんはどうしてるん?」

「家にいると思いますよ。葬儀の時には迎えに行くつもりです」

おばちゃんと話している間も里美は俯いて鼻をかみながら泣き続けている。

 しゃくりあげながら里美が顔を上げた。

「夕べ、母と喧嘩しちゃったんだ」

唐突に里美が言う。

「こんなことなら、夕べ、あんなことを言わなきゃよかった。私が酷いことを言ったからかもしれない」

そういうと、更にしゃくりあげて里美は泣いた。

母親との最後に交わした言葉が「いいかげんにして!」だ。

後悔しか残らない最後の言葉だった。

「そんなに自分を責めちゃだめだよ」

祥子が優しく慰める。

自責の念と父親への憎しみ、何もしなかったことへの後悔、助けられなかったという無力感が里美を飲み込んでいた。

 どんなに泣いても涙が枯れることはないが、人間、泣き続けることもできないらしい。

気持ちが徐々に落ち着きを取り戻すと、里美は言った。

「この後、どうなるの?」

自分は殺人犯の娘として生きていくんだと思った。

学校もバイトも、どんな顔をして行けばいいというのか。

「お葬式を出さなくちゃだからね、隆夫さんが戻ってきたら相談しないとね」

「戻ってこなくていい。刑務所に行けばいい」

祥子は苦笑いをしたが、その言葉を否定はしなかった。

「甘いものでも食べようか」

祥子が気を利かせていうと、あんみつを2つ頼んでくれた。

悲しい時に食べる甘未は、どうしてこうも優しい味がするのか。

ここのあんみつは好きだけど、こんな味だったっけ?里美は寒天を口に入れて思った。

それでも私は生きて行かなくてはならない。

負けない。負けるもんか。私は強く生きてやる。

あんみつの甘さが里美を励ますように口の中に広がるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ