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4 私は親のようにならない

 母親の死から20年ほどが過ぎていたが、未だ消化できていないのには、小林の存在以外の理由があるからだ。

母親が亡くなった日の前日、里美は母親と喧嘩をしたのだった。

きっかけは、里美の進路だった。

県外に就職がしたいという里美に、母親は「そんな簡単に決めるものではない」と言ったのだ。

自分のことを棚に上げて、私にとやかく言う資格はないと里美は思った。

そして、飲んで呂律も回らない母親に、「いつまでこんなことをしているんだ」と里美が反撃したのだった。

すると、母親は「こんなダメな人間は生きていても仕方ない」と言って泣き出したのだった。

一人で生きていくことも、希望を見出すことも、毎日DVを受け、罵られている母親にはできなかった。

 パブロフの犬だと里美は思った。

殴られているうちに自分は何もできないダメ人間、暴力をふるう配偶者に依存しなければ生きていけないと刷り込まれていく。

そんな姿を見ることが耐えられなかった。

毎日毎晩、怒声が響くこの家にいることが苦痛でしかなかった。

 家から逃げるように、学校が終わったその足でバイトに向かった。

町に唯一あるファミレスで10時までバイトをし、時間をつぶしてから家に帰る。

その時間でも父親が起きていることは稀にあり、声が聞こえないことを確認してから家のドアを開ける生活が続いていた。

 学校は休まずに行った。

日中、学校以外に時間を潰す場所がないからだ。

電車を乗り継ぎ、高校に通った。

里美の高校は、偏差値は高くはなく、Fランへの進学が殆どだった。

里美は早く卒業して、ここを出て行くことだけを考えていた。

母親を置いて逃げるという後ろめたさが里美の口調を強くしている。

3人兄弟の真ん中で、唯一家庭という括りの中で生活している里美だったが、高校生でありながら、両親亡きあとは自分が兄弟の第一連絡先になることを覚悟していた。

こんな親と嘲りながら、こんな家と毒づきながら、いずれは両親の面倒と、障害を持つ兄弟の行く末と、自分に掛かる責任を重く受け止めてた。

育てられもしないくせにと自分がこの世に生を受けたことを皮肉りたくもあった。

 私は母親のようにはならない。

それは、中学生の時から心に決めていたことだった。

一人でも自立して、男に頼るような女にはならない。

か弱い存在になんか絶対になるものかと。

母親と口論をしていると、寝ていた父親が目を覚ました。

目覚めるとすぐに一升瓶から酒を注ぎ、一気にあおると「何をごちゃごちゃ言ってるんだ」と怒鳴り出したので、煩いのが起きてしまったとばかりに、里美は父親を一瞥もせずに自分の部屋へと踵を返したのだった。

 翌朝も両親の顔を見ずに学校へ行った。

朝食は久しくとっていない。

母親がこうなる前は、ちゃんと朝ご飯が用意されていた。

目覚めたときにはみそ汁の香りがしていて、割烹着を着た母親が台所に立っていた。

バイトを終えて家に帰ると、両親の部屋の明かりは消えていた。

今夜は何事もなく安心して家に入れると里美は思った。

その翌日も両親に会っていなかった。

 3時間目が終わり、休み時間で机に伏せて寝ていた里美に担任の西沢先生が声をかけた。

職員室まで来いという。

何かやらかしたかなと里美は我が身を振り返ってみたが、心当たりがない。

職員室に入ると、西沢は自分の机に座り、折りたたみ椅子を広げた。

ここに座れということかと無言のまま緊張した面持ちで椅子に腰かけた。

 「落ち着いてよく聞いてな」と西沢は前置きして語り始めた。

「お母さんが亡くなったそうだ」

理解できない言葉に里美はポカンと口を開けた。

その口からは言葉は出てこなかった。

意味が分からない。

母親が死んだと言っているようだが、それは何かの間違いじゃないかと理解できないまま否定した。

しかし、事実のようで、里美は今すぐ家に帰れと西沢に言われる。

西沢が家まで送ってくれるという。

西沢は混乱する里美を一人で帰らせることは危険だとでも思ったのだろうか。

里美は家に着くまで何も言わなかったし、泣きもしなかった。

頭の中が真っ白になるという経験を生まれて初めて体験している。

家に着くと、家をぐるりと回るようにキープアウトの黄色いテープが張り巡らされていた。

一体何事が起きたというのか。

父が母を殺したんだと里美は黄色いテープを見ながら独り呟いた。


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