2 契約不履行
9月4日、午前3時20分。
篠原は、山下の遺体が横たわる路地に立っていた。
辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると、踵を返して駐車場へと向かい、空港へと車を走らせた。
篠原は、9月4日の朝一の便で日本へと渡った。
捜査から逃げるためと、明美から報酬をもらうためだった。
現地警察が日本大使館に篠原という男性の殺害事件を連絡したのは、事件から5日が経過してからだった。
日本の外務省へは直ちに通報され、翌日には篠原の姪、岡部加奈子に連絡が入った。
加奈子は2日後にマニラへと渡航した。
篠原の亡骸に対面した加奈子は、「間違いありません。叔父です」と表情無く呟いた。
対面するまでは叔父が死んだことが信じられなかった。
否、対面しても現実味が沸かなかった。
元々付き合いが深いわけではなかった。
数少ない母方の親類で、冠婚葬祭の際に顔を合わせる程度だったが、身元確認ができるのが自分くらいしかいないという現実に、否応なしにマニラへと渡ったのだが、身内が殺人事件に巻き込まれるなんて想像もしていなかった。
現地で火葬をして、遺骨を篠原の墓に埋葬することになり、日本語しか話せない加奈子は現地警察の助けを借りて、なんとか4泊の人生初の海外旅行を乗り切った。
葬儀には報道関係者らしき人物も混じっていたが、特段のトラブルもなく締めくくられた。
叔父を殺したのは、フィリピン人らしいと現地警察の人から聞いていた。
犯人は捕まるのだろうか。
関係が薄かったこともあるのか、悲しみや犯人への怒りというものはあまり感じてはいなかったものの、事件が解決されることを真に祈った。
篠原が明美に会ったのは、9月5日の夜のことだった。
山下は明美の指定したショッピングモールの駐車場へと来ていた。
夜7時を過ぎてもまだ客足は遠のいておらず、何かの祭りかのように人々で賑わっていた。
空いてる駐車スペースを見つけ、車を入れる。
ほどなくして明美から電話が入った。
北側の駐車場にいるという。
篠原は再び車を移動させ、北側の駐車場へと向かった。
明美の車は比較的簡単に見つけられた。
篠原は車を離れたところに停めて、明美の車に乗り込んだ。
明美はニヤリと微笑んで篠原を見た。
篠原は開口一番、ヨシュア・ホセ・ディアスが山下を刺殺したことを明美に告げた。
明美は約束の報酬200万を篠原に手渡した。
篠原は中身を覗いて確認すると、「確かに」と一言だけ発した。
この晩、2人はいつ保険金を請求するのかを話し合った。
あまり早くても身元が判明していないと怪しまれる。
現地の従業員から事件の情報を流してもらい、身元が分かったら1週間後に請求をようと決めた。
数日後、山下の姪が身元確認で現地入りをしていると従業員から情報を得た篠原は、早速明美に連絡を入れた。
事件から18日後に明美は保険金請求の手続きをするために篠原と共に保険会社へと出向いた。
窓口で対応している若い女性は、被保険者と契約者の名前を確認すると、少々お待ちくださいと言って、パーテーションの奥へと消えて行った。
待たされること30分。
明美はイライラしていた。
イライラしている明美を見て、篠原はヒヤヒヤしていた。
手続きに時間が掛かり過ぎる。
明美が文句を言ってやろうとしたその時、頭頂部が薄くメガネを掛けた男性が奥から現れた。
頭頂部の薄い男性は名刺を差し出した。
名刺には、栃木支社お客様相談室室長 加藤栄一と記されていた。
やっと手続きをしてもらえると喜び勇んだ明美だったが、男性の一言で奈落へと突き落とされた。
「この契約は無効です」
「なんで?どうして?保険料だってちゃんと払ってきたじゃない」
明美は食って掛かった。
「契約からわずか5カ月ですし、告知内容に不備をみつけましたので、申し訳ありませんが、お支払いの手続きはできかねます」
加藤は静かに言い放った。
それでもなお食って掛かる明美を窘め、「契約不履行です。お引き取りください」と毅然と言い切った。
明美がやっと帰った後、加藤は支社長室を訪れ、保険金詐欺の疑いがあると告げた。
保険会社からの通報を受け、先だってマニラで殺害された山下という男性の調査が始まった。
県警も捜査に加わり、明美と篠原、山下の関係が洗われた。
旅行保険にも加入していたことが判明し、県警はこの保険会社に保険金の支払いを止めるよう指示をした。
自宅で過ごしていた明美の元へ警察が現れたのは9月23日の午前10時だった。
令状を見せられ、明美は抵抗することなく警察車両へと乗り込んだ。
一方、篠原の身柄も宇都宮市で確保され、小山警察署へと連行されていた。
取り調べに於いて、篠原は明美から殺人を依頼されたことを認め、報酬として200万を受け取り、従業員であるホセには20万を送金したと自供。
明美は黙秘をしていたが、篠原が自供したことを知らされると、「篠原にそそのかされた」と言い始めた。
留置期間中、1日6時間の取り調べを受けていた。
取り調べ中もどっかりと椅子に腰かけ、時には腕組をし、目を閉じていた。
留置期間が終了しても明美からは事実を聞き出すことはできなかったが、身柄は検察庁へと送致された。
拘置所での生活は半ば慣れているようなもので、窮屈で退屈な時間を過ごした。
検察官の取り調べは粛々となされ、拘置から16日後、明美は落ちた。




