第4章 1 マニラの星空
山下はニノイ・アキノ空港からタクシーでマニラ市外へと移動した。
ホテルのチェックインを済ませてから、エルミテ・マラテにある篠原が経営するカラオケパブへと向かった。
「1時間半飲み放題 500ペソ」の看板が立っている。
赤紫の照明に一瞬眩暈を感じながらも店内に入ると、出迎えてくれたのは、30人程のフィリピンレディ。
肩を出したドレスに身を包み、整形してるんですかというくらい美人ぞろいだ。
片言の日本語でチーママが話しかける。
「オキャクサン、ハジメテデスカ?」
どぎまぎしている山下の様子に、チーママは
「コチラニドウゾ」
と、日本語で中へと案内してくれる。
山下はこの店に来るのは初めてである。
明美がマニラに来るまでの間、このカラオケパブの店長に頼るといいと言われたからで、女の子を侍らせて楽しむためではなかった。
ただでさえ女性に面識が薄い山下である。
フィリピンの誘惑的な女性を前に緊張しないはずがなかった。
勇気を振り絞るように山下は言った。
「店長の篠原さんはいらっしゃいますか?」
「アラ。テンチョウノオシリアイ?コレハシツレイシマシタ」
チーママは店の一番奥のテーブルに山下を案内した後、店の奥へと入っていった。
しばらくして篠原が山下のテーブルへとやってきた。
「初めまして。明美ちゃんから連絡があったよ。まあ、ゆっくりしていってよ」
「はあ」
と、山下は気のない返事をした。
視線を篠原に向けながら、所在なさそうにしている。
「緊張してる?」
「はい」
消え入りそうな声で返事をする。
「マリア、ちょっと来てくれる?」
篠原が2つ隣のテーブルに着いている女性へと声をかける。
マリアと呼ばれたその子は、胸の辺りまで綺麗にカールした黒髪が美しい白のドレスを着た女性だった。
山下に近づくと、にっこり微笑んだ。
年のころなら22~5くらいだろうか。
目のクリっとしたフィリピン美女。
「ハジメマシテ」
マリアは微笑んだまま片言の日本語で挨拶すると、山下の隣に座った。
篠原はマリアの耳元で何かを呟くと、
「明日はマニラ市街を案内するよ。今夜はゆっくり楽しんでいって」
そう山下に告げると、再び店の奥へと姿を消した。
帰りは送っていくよと篠原に言われていたので、閉店まで店で過ごし、すっかり酔いの回った山下が店を出たのは9月4日の午前3時にもなろうかという真夜中。
外はまだ薄暗く、人影もない。
店の横の路地裏の塀に寄りかかって夜空を見やると、日本とはまた違った星空が瞬いているように思えた。
なかなか出てこない篠原を待ちながら、山下はマニラ永住も悪くはないなと考えていた。
酔いも回っていたし、ボーっと考え事をしていたためか、背後から人が来ていることに気付かない山下は、右の背中に熱いものを感じた。
慌てて振り向くと、見知らぬ外人がナイフを持って立っていた。
そのナイフには赤黒いものが付着しており、一瞬で自分がこの男に刺されたのだと山下は理解した。
声を上げようとしたその時、男は山下の胸に再度ナイフを突き立てたのだった。
男はナイフを抜くと、山下のズボンのポケットを探り、財布と携帯を抜き取って、足早に通りの向こうへと姿を消した。
路地には身動きひとつない山下が街頭に照らされて横たわっていた。
消えゆく意識の中で、山下は星空を見つめていた。
およそ3時間後、犬の散歩をしていた中年男性が冷たくなっている山下を発見した。
地元警察が殺人事件として捜査をすることになったが、被害者が外国人であることや元々治安の良くない地域でもある事もあり、犯人の目星はなかなかつかなかった。
被害者の身元が分かったのは、事件から2日が過ぎたころだった。




