8 ◆ 譲れない乙女の最後の逆張り
全9話執筆済。
本日、最終話まで3話分を投稿予定です。
私は今さら自分の恋心を自覚して、後悔と罪悪感に苛まれながら一晩徹夜で考えて──……ある結論に至った。
その「結論」に至ったときは、我ながらびっくりした。
…………自分の性格の悪さに。
びっくりした。
あんなにアルに申し訳なく思って泣いたのに。
申し訳なく思った挙句の「結論」が、アルを想った挙句の「結論」が……我ながらまあまあひどかった。
でも、考えれば考えるほど、自分の出した結論が最適解な気がしてならなかった。それしかないと思えた。
私は1週間、今でもアルを苦しめていたら申し訳ないと思いながら学園で過ごして──そしてまたやってきた週末に、勿体ぶらずに自分が考えた結論を実行に移すことにした。
10歳の頃、あのお茶会に向かっていたときのように。
私は謎の自信とともに、パラバーナ公爵邸へと向かった。
◆◆◆◆◆◆
その週末はまたパーティーだった。
私はドレスを身に纏って、アルとともにそのパーティーに出た。
……アルはやっぱり、1週間では上手く立て直しきれなかったのか、再び私にも笑顔の仮面を纏ってきた。
私は改めてアルに申し訳なく思いながらも、心の中で「あと少しだから我慢してね。」とアルのことを励ました。
私たちにとっては、年度末の最後のパーティー。
これが終わったら私は長期休みの間、実家の伯爵邸に帰る。
そして、休みが明けてアルが私のいる学園の高等部に入学したらすぐに、アルと私の婚約パーティーが開かれる予定になっていた。
四大公爵家の後継ぎの正式な婚約。当然みんな知っている。
今日はまだ私たちが主役ではないというのに、多くの人たちからひと足先に祝福の声をかけられた。
「──おお、アルディート殿!少し早いですが、ご婚約おめでとうございます!」
恰幅の良いとある侯爵家の当主が、陽気にアルに話しかける。
アルは私の隣で、またいつものお人形のような微笑みを浮かべながら「ありがとうございます」とお礼を言った。
「ああ、アルディート殿にはうちの娘を選んでいただきたかったですなぁ!
どうです?今からでも。まだ間に合いますので、いつでもお声掛けください!」
そんな失礼な冗談を私の目の前で飛ばしてくる彼に、アルはその完璧な微笑みを一切崩さないまま、優雅に返した。
「そうですね。
僕が見限られるようなことがあったら、そのときはお世話になるかもしれません。
そのようなことが無いよう、願いたいものですが。」
アルは完璧だった。
私のことは落とさない。
侯爵様の冗談に乗って「あはは!検討しておきます。」なんて言って、公の場で隣にいる私の価値を下げるのは三流すぎるものね。
だからといって「貴方のお嬢様よりもシラーの方がいいです。」なんて私を持ち上げて、相手のお嬢様を落とすこともしない。それはそれで三流だもの。
侯爵様の失礼な発言を、正論で咎めたりしない。
空気を読まずに「それをシラーの前で言うんですか?失礼にも程があります。」なんて怒って、いきなり侯爵家との関係を悪化させるようなことはしない。
ただ正しいことを突きつければいいだなんて、貴族社会ではまだ二流。
……ただ、自分だけを軽く引かせて、さらりと躱す。
誰も嫌な気持ちにさせない、場の空気も壊さない、そして今後の仕事にも影響させない……これが一流の回答。
完璧なアルの返しを聞いたその侯爵様は、また声をあげて笑った。
「はっはっは!ご謙遜を!貴方を見限るような女性がいるなら見てみたいものですなぁ!
……ああ、惜しい。惜しいですが、そんな低い可能性に賭けるくらいなら、大人しく他の相手を探しますか!」
「ははっ、ぜひそうしていただけると。
……リレン様には級友として、いつもお世話になっております。今日こうしてお父様である侯爵様にもご挨拶できて良かったです。
リレン様の溌剌とした性格は侯爵様に似たのですね。明るく利発なリレン様ならば、僕などでなくとも引く手数多でしょう。」
「なんと、そんなにお褒めいただけるとは!
いやぁー……やっぱり!うちの娘!今からでもどうですか?!はっはっは!」
そうして笑い合うアルディート様と侯爵様。
…………アルの怖さは健在だった。
9歳のアル相手に大人ぶって演技していた10歳のマセた私なんかより、もうすぐ16歳になる今のアルの方が、何倍も何倍も器用に大人たち相手に渡り合っていた。
完璧な演技。崩れない公爵令息の微笑みの仮面。
本音がどこにあるのか、婚約者の私にすら悟らせない。
本気で自分が私に見限られるかもしれないと思っているのか、ただの謙遜なのか。リレン様とやらが本当に利発な子なのか、ただのお世辞なのか。侯爵様の冗談を面白いと思っているのか、不快に思って憤っているのか……それとも、何とも思っていないのか。
アルは昨日よりも今日、私のことをもっと好きになっているのか。
それとも昨日よりも今日、私に冷めてきてしまっているのか。
アルの本心が微塵も見えない。隣にいるのに何も分からなかった。
私は昔、アルに二度の残酷な「逆張り」をした。
一度目は、アルとの婚約が内定した日。
──「もし他に好きな人ができたら……そのときは遠慮なく私に言ってくださいね。」
ただ私はアルを手のひらの上で転がすためだけに、そう言った。
それに対して、9歳のアルは焦ってこう返してきた。
──「えっと……僕のことを好きになってもらえるように頑張ります。」
……って。私に一途に。ズレた返しを。
そして二度目は、ボードゲームで負けたとき。
──「 ……もし私に飽きてしまったら、いつでも言っていいからね?」
ただ私は適当にそう言った。私はアルの心を適当に扱った。
11歳のアルは、ショックを受けて……自信無さげに、こう返してきた。
──「いえ、飽きることなんてありません。……もっと、好きになってもらえるように頑張ります。」
私は今まで、アルに二度の「恥」をかかせた。
一度目は、14歳のアルに、パーティーの場で。
私が保身のために一曲目のダンスを嫌がったせいで、アルは私のことを上手く誘うことができなかった。
──アルは衆目に晒される中、お子様らしい恋の悩みをバラされて、泣きたいくらいの大恥をかいた。
二度目は、つい先週。15歳のアルに、庭園の噴水の前で。
私が自分をよく見せるためだけにプレゼントにばかり意識を向けていたせいで……自分の恋心にまだ無自覚だったせいで、アルからのキスを上手く喜んであげられなかった。
──アルは……私の前で、お子様らしい恋心を上手く私に伝えられなくて……本当に、泣きそうなほどの羞恥の念にかられていた。
もし、私が今、うっかり三度目の残酷な「逆張り」をしてしまったら?
もし、誰かが今、アルに三度目のみっともない「恥」をかかせたら?
…………もし、あともう一度、私が何か「失敗」をしたら?
アルはもういい加減、我慢の限界を迎えて……ついに、私と別れる決意をするかもしれない。
話を聞く限りでは、そのリレン様とやらの方が、よっぽど私なんかよりもいい子そうだもの。
家格も私の実家より上。そちらを検討するのも、今ならまだギリギリ間に合うものね。
…………もう失敗は、許されない。
私は静かに隣で覚悟を決めながらも、不思議と落ち着いていた。
──黙って耐えていても、もうすぐ私たちの婚約パーティーがやってくる。そこまで逃げ切れれば大丈夫。
……そんな結論に至りかけた瞬間もあった。
それならたしかに、私はアルと別れずに済むと思う。無難に正式な婚約ができると思う。
でも……それだと、私の婚約相手はただの「四大公爵家長男」になってしまう。
一生、ずっと一線を引かれたままの、私のために頑張ることを完全にやめてしまった別人のような存在。
私の理想通りの、周りから見ても理想通りの……気味が悪いくらいに格好良い婚約者。
……そんな別人と愛のないスカスカな笑顔を交わすだけの、泣きたいくらい怖くて寂しい人生。
それだけは嫌。私は「アル」と婚約するの。
だから、逃げ切ろうだなんて考えは絶対にダメ。そんな弱気な結論は許されない。
それでダンスのときに、私は最悪な失敗をしたじゃない。アルを犠牲にしたじゃない。
……私はもう、アルの心を犠牲にしたくないもの。
私はこの失礼な侯爵様との会話を聞きながら、やはり「婚約パーティーまで黙って耐える」だなんて生ぬるいことは言っていられないと、確信を持って腹を括った。
◆◆◆◆◆◆
「『──それでは、皆様どうぞお楽しみください!』」
そしてやってきた、恒例のダンスの時間。
不思議なもので、腹を括った私は余裕に満ち溢れていた。
私は相変わらず笑顔の仮面を被ってしまっているアルを少しでも早く安心させてあげたかったから、笑ってアルにこう言った。
「……ねえ、アル。
次は私たちの婚約パーティーね。私たちが主役になるのね。
私、上手く踊れるか不安だから、今日はこの場を使ってたくさん練習しておきたいわ。」
今日は一曲目はもちろん、二曲目でも何曲目でも、アルの相手はセレナちゃんにも誰にも譲らない。
私はそんな意思表示をしてあげた。
アルは私の不意打ちのような言葉を聞いて少しだけ目を見開いて、少しだけその微笑みを緩めた。
……ほら、大丈夫。アルは私に惚れているんだから。
私の勝利は目前よ。
私は自分を鼓舞しながら、地味に無難に、アルと全曲を踊りきった。
◆◆◆◆◆◆
パーティーを終え、パラバーナ公爵邸に戻ってきて──……私はそこで、アルを夜の庭園に誘った。
着替えてからでもいいかと思ったけど、やっぱりドレスのままの方が華やかで可愛く見えるかもしれないから。私はそんな風に考えながら、アルに「着替える前に、ちょっと庭園を散策しましょう。話したいことがあるの。」と言った。
アルはつい1週間前の失態を思い出したのか、一瞬だけ目を泳がせて……それからそれを隠すように笑って「分かりました。」と言って私をエスコートしてくれた。
先週と違って、今日は晴れていて綺麗な夜空だった。
天候までもが、私を味方してくれている。私は自分の運の良さに感謝した。
先週と同じ、庭園の豪華な噴水のところまできて、私はアルに向き直った。
「アル。今から話すことは、全部私の本心よ。
だから、疑わずにちゃんと聞いてね。」
私はまず真っ先に釘を刺した。アルに変に深読みされたくなかったし、変にすれ違いたくなかったから。
それから私は……決めた覚悟が変にブレてしまわないように、自分の出した「結論」が急に揺らがないようにするために、あえてアルの方は見ずに、今度は噴水の方を見た。
そして噴水の水の流れを凝視しながら、この1週間でまとめてきたことをアルに伝えた。
「ねえ、アル。…………私、アルのことが大好きよ。
賢くて、強くて優しいアルが好き。何でもできる大人顔負けの格好良いアルが好き。
……でもそれ以上に、格好悪いアルが大好き。
私に馬鹿みたいに惚れてくれていて、私の前でみっともなくすぐに赤くなって、恥ずかしい失敗をしちゃうお子様なアルが大好きなの。」
初めて言った。アルに「好き」って。
アルがどんな顔をしているか、せっかくだから見ておきたい気もしたけど、それよりも私は自分の話すべきことに集中する方を優先した。
絶対に失敗したくなかったから。一つでも言い忘れたら完璧な勝利は掴めないから。
「私ね?アルに謝らなきゃいけないことがあるの。
……私、今までアルのこと騙してたわ。
アルに惚れてもらうために、たくさん嘘をついたの。本当の私を隠して、背伸びをした演技もしてた。
でも、もうやめるわ。これからはもう、アルの前で変な嘘はつかない。惑わせるような演技もしないわ。
だって、アルのことを悲しませたくないもの。苦しめたくない。アルには安心して笑っていてほしいの。」
私はそこまで言って、一息ついた。
「……だから、アルにお願いがあるの。」
──そして私は覚悟を決めて、一世一代の最後の「逆張り」をした。
「私、アルが大好きだから。これから先、私よりも素敵なご令嬢が現れようが何しようが、絶対にアルの隣は譲らない。
アルに嫌われたくないから、今まで何を騙ってきたのか言いたくないわ。
でも、私はいい子じゃないから、今さら生まれ変われない。
だから今までの分を隠したところで、これから先、結局アルに嫌われそうなことをしちゃうときもあると思う。
…………ねえ、アル。
それでも私のことを好きでいて。
ここで昔、誓ってくれたみたいに。もう一度『私を一生大切にする』って言って。」
◆◆◆◆◆◆
私の結論。それは最後の「逆張り」だった。
──私はアルを諦めない。昔みたいに「他に好きな人ができたら言って」「私に飽きたら言って」なんて、仮定であっても絶対口にしない。身を引くなんてあり得ない。
──でも、全てを白状なんてしない。バレてしまったら絶対に一発で嫌われるものもあるから。都合良く「健気で可愛い乙女心」くらいに思われたい。
──だからといって改心して生まれ変わりもしない。私が完全に別人になっちゃったら、それはそれで意味がないもの。今までアルが惚れてくれた分が全部無くなっちゃう。
──……じゃあ思い切って悪女になって、これからは我が道を突き進む?そんなことしないわよ。もう優しいアルを無駄に振り回して、無駄に悲しませたくないもの。
どう?意外でしょう?
私、そこら辺の月並みのご令嬢とは違うでしょう?
いい歳して反省もしなければ、改善もしない。
しおらしく身を引く気もないけど、全部曝け出す勇気もないの。
とっても欲張りなの。都合のいいところだけを全部取って、贅沢して幸せになりたいの。
後ろめたさはちゃんと解消して、でも未来では無理したくない。もうあんな演技を続けたくない。早く楽になりたいの。
…………こんな私の我儘を聞いて。私のことをずっと好きでいて。
私の「逆張り」は今までと真逆だった。
私は初対面のお茶会のあの日に、周りの誰よりも大人びた演技をしていた。
でも私は今、アルの前で誰よりもお子様になった。
…………大丈夫。
アルに一発で嫌われるとしたら、それは「双子の片割れのセレナちゃんを全否定した」とき。
アルが一気に恋から覚めるとしたら、それは「初対面のお茶会で惚れた『私そのもの』が、すべて嘘と演技でできた『虚構の令嬢』だったと気付く」とき。
この二つはアルには言わない。言わないって、もう宣言した。
だから、あとは何を言っても大丈夫。何を言ったって刺さるはず。
……だって、アルは私に完全に惚れているんだもの。
──私たち、もう「両思い」だものね?
私は勝利を確信しながら、噴水から目を外してアルの顔を見た。
ずっと無言で私を見つめていたアルは、私と目が合うと──……
今までで一番、馬鹿みたいに嬉しそうな顔をした。
アルの黄金色の瞳が、蜂蜜かと思うくらいに甘く溶けたように見えた。
アルは初めて、馬鹿みたいに甘ったるく微笑んだ。
私はこんなアルを見たのが初めてだった。
お子様みたいに大恥をかいても、空回って失敗しても、アルはもうすぐ16歳。
気が付けばアルは、ただ容姿が整っているだけじゃない、立派な男性へと成長しているのだと、私はこのとき実感した。
アルは私の方に近付いてきて、そっと私の手を取った。
そして蜂蜜色の瞳で私を見つめて、私にもう一度宣言をしてくれた。
「大丈夫です。それで何の問題もありません。
僕のことを好きになってくれて、ありがとうございます。
これからも、貴女を一生大切にします。」
アルはそう言って笑って、私に二度目のキスをしてくれた。
さすがの勘の良さだった。アルはあの領地経営のボードゲームのときのように、失敗の原因をすぐに分析して修正して、凄まじい速度で成長していた。
私はまだ自分からはアルにキスをしたことがないけれど、もうすでにこれに関しては、絶対に負けているだろうと思った。
◆◆◆◆◆◆
勝利を確定させた私は、幸福感と安堵とともにアルの顔を見た。
アルの成長速度は凄まじいものの、まだ二度目。きっとアルはまだ気付いていないだろうと思って、私は指摘をしてあげた。
「ふふっ。お屋敷の中に入る前に、ハンカチで口を拭いておいた方がいいわね。
私の口紅が移ってしまっているもの。ご両親やセレナちゃんにバレちゃうわ。」
するとアルは、ハッとして微笑みを消してお子様に戻ったような顔をして「あっ!……はい。」と言って、今さら慌てながら赤くなった。
そしてアルが慌てて取り出したハンカチは、私が贈った刺繍のものだった。
アルが静かに慌てる気配がする。
……さっきまではあんなに格好良かったのに。馬鹿みたいにオロオロしているのが分かった。
…………もう、演技する必要はない。
私は一気に肩の荷が降りたような気がしたから、くだらないことで葛藤しているアルに教えてあげた。
「ねえ、アル。
別に汚してしまっても大丈夫よ。……その刺繍のハンカチ、似たようなものがあと5枚あるから。」
「…………え?」
いきなりの私の自白に、アルが目を丸くして私を見る。
「さっき『今までの嘘や演技は言いたくない』って言ったけど……一つ、教えてあげるわね。
私ね、見栄を張ったの。
その刺繍のハンカチをあげるとき。
余裕があるように見せたくて『3ヶ月くらいで片手間で縫った』って言ったけど、本当は10ヶ月もかかったの。……良いデザインが思いつかなくて。なかなか納得いく出来にならなくて。
それでね。アルに渡したとき、恥ずかしかったから『失敗したもう一枚と間違えたかも』なんて言ったけど、実は失敗作は5枚もあるの。
……どう?意外でしょう?
今思えば私あのとき、とっても健気で可愛い乙女だったわ。アルもそう思わない?
だから、1枚くらい大丈夫よ。むしろ今日の記念に、口紅をつけておいたら?」
私がそう言って笑うと、アルはまたものすごく嬉しそうに頬を緩ませて、いきなり私のことを強く抱きしめて──
──それから三度目にして、すでに完璧な最高のキスをしてくれた。
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
そしてついに、私は婚約パーティーの日を迎えた。
アルと出会って、婚約を内定させてから約6年。振り返ればあっという間だったけど、私にとってはとても長かった。
白と銀色の特注衣装のアルと、水色と青藍色の特注ドレスの私。
私たちが並んでいる姿を見て、公爵ご夫妻は嬉しそうに祝ってくれた。
「おめでとう。よく似合っているわよ。二人揃って並ぶととっても素敵だわ。」という公爵夫人の言葉に、アルが分かりやすく顔を綻ばせて、公爵様が笑っていた。
セレナちゃんはそんな双子の兄の顔を見て「……お兄様、そんなだらしないお顔もできたんですのね。嫌だわ格好悪い。くれぐれもそのまま人前には出ないでくださいね?わたくしが耐えられませんから。」と呆れていて、アルは幸せな空間に水を差されたといったように、スッと真顔に戻って少しだけムッとして「僕の顔でもできるってことはお前もできるんだぞ。」と言い返していた。
それから公爵ご夫妻とセレナちゃんは先に会場へと向かった。
私とアルは主役として、パーティーが始まるのを裏で静かに待った。
…………そして、しばらくして。
ガランガラーンと、会場に荘厳な鐘の音が鳴り響いて、パーティー開始の時刻になった。
「行きましょう、シラー。」
アルが私に声を掛けてくる。
私が頷いてアルと腕を組むと、アルは幸せそうに微笑んで、それから正面を向いた。
──セレナちゃんの忠告通り、前を向いたアルはもう、お人形のような微笑みに変わっていた。
初めてアルにもらった思い出の贈り物。
思い出のお互いの色の特注衣装を身に纏った私たちは、並んで会場へと足を踏み入れた。
◆◆◆◆◆◆
私は赤絨毯が敷かれた大階段の上に、アルと二人で並び立つ。
煌びやかな衣装で着飾った招待客たちが、一斉にこちらに視線を向ける。
特別席に座っている第一王子ご夫妻に第一王女様、王国中の有力貴族、私とアルの家族親戚に級友──……そして、パラバーナ公爵家に並ぶ四大公爵家の後継者たち。
他の三家の後継者たちのパートナーは、世界的権威である魔法研究所所長の一人娘に、この国の友好国の公爵令嬢、それから王都一の豪商と侯爵家出身の奥様の間にできたお嬢様。……錚々たる顔ぶれ。
……そんな中に、これからは灰色まみれの地味な私も並ぶのね。
私はそんなことを考えながら、会場を視線だけで見渡した。
今日の主役──鉄壁の微笑のアルが、私の隣で笑顔のまま口を開く。
「『皆様、ようこそお越しくださいました。
年度始めのご多用の中、これほど多くの方々にお越しいただけたことを、大変嬉しく、光栄に思います。』」
アルの挨拶が始まる。
「『──本日ここで、私アルディート・パラバーナと横に控えますシラー・リヒェントラークが婚約いたしましたことを、皆様に報告させていただきます。』」
微笑みを一切崩さないまま、アルは無難に隙のない挨拶を進めていく。
「『──未だ学生で未熟な二人ではございますが、これからはシラーとともに成長し、皆様とより良き関係を築き、王国の発展にともに尽力してまいる所存です。
今後とも、僕たち二人をどうぞよろしくお願いいたします。』」
アルの感情の見えないお手本のような挨拶の区切りのところで、盛大な拍手に包まれながら私はアルとともに恭しく礼をした。
やった!やったわ!──ついに私が、アルの婚約者になったのよ!
私は高笑いしたい気持ちを抑え、確定した勝利に酔いしれながら微笑んで、会場にいる全員を見下ろした。