5 ◆ 目的達成後の疑問点
全9話執筆済。
基本毎日2話(昼と夜を目標に)投稿予定です。
……と思っていたのですが、今日明日と3話ずつ投稿してしまおうかと思います。
私は目的を達成してしまった。
──この私の価値を、絶対に証明してみせる。
私が一番優れているってことを、家族に、周囲に、王国中に……全員にすぐに分からせてみせる。
…………それを達成してしまった。王都の学園に編入したことで。
アルが初めて伯爵領に来たあの長期休みが終わり、年度が変わった。
私はそれから1年かけてしっかりと準備をして、公爵ご夫妻からお話を受けていた通りに、王都の全寮制学園に編入試験を受けて編入した。
私は中等部3学年。13歳になっていた。
私が入った王立魔法学園は、王国中の有力貴族の子女が集まる最難関校。
そこには、私の昔のライバルたちがいた。
「貴女が【シラー】様ですのね!初めまして。」
「ああ、でも『初めまして』と言っても、厳密に言えばお互いに見かけたことはあるんじゃないかしら?」
「そうね。パラバーナ公爵邸での例のお茶会のとき。そこに私たちもいましたもの。」
「あれ、驚いたわよね!あのとき選ばれたシラー様が、まさか3学年で編入してこられるなんて!
これからは同級生として、仲良くしてくださいね!」
「あの『蛆虫カラス』事件の同志としても!」
「あらやだ!言い過ぎよ!たしかに忘れられないけど!」
編入生の私を囲んで笑い合う、同級生のご令嬢たち。
彼女たちは、あのアルの婚約者選びのお茶会にいたご令嬢たちだった。
私自身はただの地方の伯爵家の娘なのに、私は王都の学園に来た瞬間から、周囲に「四大公爵家長男【アルディート】様の婚約者」として一目置かれていた。
……ついでに「『蛆虫カラス』事件」の一番の生存者としても。
当時はいきなりアルに群がったり、セレナちゃんの暴言に怒ったり泣いたりしていた彼女たち。
私が思いっきり馬鹿にして見下していた彼女たちは、3年間のうちにすっかり成長していた。
10歳の当時は、たしかに私の方が賢くて大人びていたかもしれない。
でも13歳になった今は、もうそんな差は無さそうだった。
彼女たちは、あのお茶会での自分たちの幼かった振る舞いを今はちゃんと客観視できていて、私に笑いながら
「よくあのときシラー様は動揺せずにいられましたね。私なんか、家に帰ってもまだ大泣きしていましたよ。」
「私なんてお母様に叱られたわ。『何やってきてるのよ!セレンディーナ様に向かって悪口を言っちゃダメじゃない!』って。」
「でも言いたくはなるわよ。だって酷いじゃない!今でも文句を言いながら泣いちゃう自信あるわ!」
「「ねー?」」
なんて言ってきた。
そんなことを言いながらも、彼女たちは優秀だった。
私はなんとか意地で期末試験の成績上位には食い込んだけど、女子一位を取れた科目は一つもなかった。
それでも上位にある私の名前を見て「やっぱりシラー様はすごいわ!」って、あっさりみんなが褒めてきた。
……私は裏で、誰よりも必死になって頑張ったのに。
そんな私の泥臭い努力なんて無かったかのように「アルディート様に選ばれる理由が分かる気がするわ。私もシラーちゃんを見習ってもっと頑張らなくちゃ!」って……そう言われた。
王都の学園で、新しくできた友人たち。
みんな口では私を褒めながらも、どこか余裕のある、有力貴族のご令嬢らしい、大人びた優雅な笑みを浮かべていた。
みんな綺麗で、可愛くて、美人だった。
もうギラギラしたお化粧もしていなければ、がっついた態度もとっていなかった。
でも腹の中では、みんな「隙あらば自分が頭ひとつ抜けてやろう」「少しでもいいご令息の婚約者の座を勝ち取ろう」と、常に能力や容姿を磨きながらお互いに読み合い、探り合いをしているようだった。
私は10歳のあのときに、アルの婚約者になるために勝負を一気に決めにいった自分の英断に感謝した。
…………今だったら、絶対に勝てない。絶対に埋もれてしまっていただろうと思えたから。
◆◆◆◆◆◆
学園の成績維持も大変だったけど、週末の公爵夫人教育も大変だった。
王国貴族の社交界。その中で、王家の次に真っ先に注目される立場。
公爵本人は当然だけど、その妻も、ただの人並みの女性では許されない。
領地経営の知識はもちろん、事業展開、資産運用のことも知らないと。文化教養、一段階上の作法やダンスを身に付けて、世界経済も把握して、複数の外国語を駆使していずれは他国の王侯貴族との外交も──……
私は途方もない量の課題やレッスンに眩暈がしそうになりながらも、気合を入れて必死に頑張った。
……だって、私は「小難しいことにも興味はある」「領地経営する家族の役に立ちたい」令嬢だから。
課題やレッスンの合間に、さすがに疲れてしまって盛大に脱力して、椅子の上でぐったりしまうこともあった。
でも、アルが心配そうに私の姿を見てきたら、私はちゃんとすかさず微笑みを返した。
少しおどけて「予想はしていたけど、実際にやってみると本当に大変なのね。私、このまま溶けてしまいそうだわ。これ以上のものを日々こなしているアルとセレナちゃんはすごすぎるわ。」なんて言いながら。
……だって、私はいっぱいいっぱいになって泣き出したり投げ出したりするような、馬鹿な令嬢とは違うから。
…………だから、お行儀が悪くても、疲れてテーブルに突っ伏すくらいは許してほしい。
大丈夫。そのくらいはむしろ「親しみの湧く私」の演出の範囲内になるから。
…………アルも、セレナちゃんも、本当にすごい。
私は二人には絶対に追いつけないわ。
私がそうして、マナー講師がいたら背中を叩かれそうな姿勢で心身を回復させていると、アルは私を気遣うように優しい視線を向けてきた。
「もし辛いようなら、いつでも僕に言ってください。
僕の方からお父様に話して、スケジュールや内容を調整してもらうので。
……無理しなくても、僕でもフォローできることはたくさんあるので大丈夫です。」
私はアルの優しさに、何故か急に泣きたくなった。
馬鹿みたい。フォローって何よ。私の分までご令嬢やご婦人たちのプロフィールを頭に叩き込んでくれるつもりかしら。
…………でもアルなら、やってくれるでしょうね。
アルは私に惚れているだけじゃなく、脳の容量が桁違いに大きいから。
私はどうやら、疲れていて情緒が不安定になっているようだった。
「ふふっ。ありがとう。気持ちだけで大丈夫よ。
……アルにそんなに気を遣わせてしまうなんて。歳上なのに、私の方がお子様みたいね。」
私がなんとか微笑みだけは維持しながら、ほぼ9割方の本音を口にすると、アルは焦りながらも照れて少し俯いて
「……あっ!いや、そんなつもりで言ったわけでは……失礼しました。」
と謝ってきた。
私の実家の伯爵家に来て、私以外の家族と関わっていたときのアルは、計算高くて嘘もつける──まるで別人のような人間だけど。
相変わらず私の前では、アルは単純で分かりやすくて、勝手にどんどん惚れてきた。
…………なるほどね。
どれだけ賢くて器用でも、アルは私を「溺愛」しているから、私に対してはお子様になってしまうというわけね。
私はアルにとって、まだまだ「手の届かない」存在なんだわ。
…………私は、アルにとって「特別」な存在なのね。
私はアルの相変わらずの扱いやすさに安心ながらも、一方で気を引き締めた。
忙しいけど。大変だけど。
……最低限の余裕は無くさないようにしなくちゃ。
アルが惚れている「余裕のある大人びた私」を、上手く演じ続けるために。
………………
…………当初の目的はすでに達成しているのに?
どうして私はまだ、アルに惚れられようとし続けているのかしら。
……演技なんて、もう面倒くさいだけなのに。
このくらいで満足して、あとはもう手抜きしてもいいはずなのに。
…………違うわ。うっかり手抜きしたら、今は他のご令嬢たちにすぐ負けてしまうもの。
お兄様と弟も、私が四大公爵家長男の婚約者だから一目置いてくれているの。そこを崩すわけにはいかないわ。
万が一、アルとの婚約が正式に成立する前に取り消しになったら台無しだもの。……そうよ。双子の片割れのセレナちゃん絡みに関しては特に警戒しなきゃね。一発でアルが冷めてしまうかもしれないから。
最近はすっかり公爵家に慣れて私も油断していたから、初心に戻る必要がありそうだわ。
目的は達成するだけじゃダメ。達成してからも持続させなきゃいけないの。
だからよ。だから私は演じ続けなきゃいけないの。
…………それが理由よ。私が頑張らなければいけない理由。
ほぼ出かかっている本当の答えに、私はまだ、気付けそうで気付けなかった。
◆◆◆◆◆◆
王国最難関の、王都の魔法学園。
当然、公爵令息のアルも中等部は私と同じ学園に通うかと思いきや──そうではなかった。
アルとセレナちゃんは、王都から馬車で片道1時間ほど離れた、地方の貴族学校の中等部に通うようだった。
王都の学園には高等部から通うとのことだった。
その理由は、セレナちゃんにあった。
「身内の恥を晒すようだが……隠しても仕方がない。
…………シラーくんも分かるだろう?その……
……セレンディーナの癖の強さが。
アルディートには君がいてくれるが、セレンディーナの方は……あの性格を矯正しないことには、婚約者選びもままならない。
せめて中等部の間だけでも、王都を離れて閑静な田舎で過ごして……少しでも穏やかさを身に付けてほしいんだ。」
私が学園に編入する前に、アルのお父様である公爵様が言葉を詰まらせながら、私に説明してくれた。
…………田舎に行ったところで、あの性格は直らないと思いますが。
私は頭の中に浮かんだ感想を口には出さずに飲み込んだ。
「アルディートは家の後継ぎだし、シラーちゃんもいるから、本当はきちんと中等部から王都の学園に通わせたいのだけれど……
……でも、セレンディーナを一人にしてしまうと……その、どうなってしまうか分からないでしょう?
だからシラーちゃんには申し訳ないけど、アルディートが高等部に上がるまで待ってくれないかしら。
もちろん、週末はアルディートを王都の本邸に来させるわ。シラーちゃんに会えるように。」
アルのお母様である公爵夫人が言葉を詰まらせながら、私を気遣ってくれた。
…………アルもセレナちゃんに振り回されて可哀想に。毎週末王都まで行き来する気かしら。さすがに面倒なんじゃない?
私は頭の中に浮かんだ感想を口には出さずに飲み込んだ。
「お気遣いありがとうございます。
ですが、私は大丈夫です。きっとアルとセレナちゃんも一緒にいられた方がお互いに安心できるでしょう。
長閑な街での生活も、それはそれで素敵な経験になると思いますわ。
……私のことはお気になさらず。アルにも無理はしないようお伝えしてください。」
私は平気。婚約者に依存なんかしない。一人でものびのびとやっていく。むしろ一人の方がいろいろできて都合がいい。
私はそんな余裕のある返事をした。
アルとセレナちゃんの兄妹愛に理解のある返事をした。
公爵ご夫妻は、私の返事を聞いて安心してくださった。
ご夫妻から話を聞いた後に、私がアルに
「話は聞いたわ。……でも、無理しなくていいからね?
アルも疲れてしまうだろうから、週末もセレナちゃんと別邸でのんびり過ごしてくれていいのよ?」
と言ったら、アルは私の顔を見て
「いえ。週末はできる限り本邸に戻ってきます。
僕がシラーに会いたいので。」
と言ってきた。
そして実際、アルは宣言通りに毎週末帰ってきた。
だから、私は頑張った。
本当はいきなり王都の全寮制の学園に入って、いきなりお上品で強かな有力貴族のエリート子女たちに囲まれて、平日は難度の高い授業に課題、週末は公爵夫人教育が待っていて……とても不安だったけど。心細いと思ったけど。
でも「依存しない」「余裕のある」「兄妹愛に理解のある」私を公爵ご夫妻とアルの前で演じてしまった以上、やり切らないわけにはいかなかった。
アルは毎週末帰ってきてくれたから。
1ヶ月、半年……1年以上経っても、アルは帰ってくる頻度を減らさなかったから。
アルはその田舎の貴族学校で、当然のように全科目で一位の成績を取り続け、異例の2年連続で生徒会長を任されていたようだった。
アルはアルで、平日は生徒会の仕事もこなし、週末は変わらず公爵家本邸で私並みかそれ以上の後継者教育をこなし、時には私のレッスンに付き合ってくれて……そして、束の間の休憩のときには楽しく話をしてくれた。
だから、頑張るしかなかった。
……歳上の私が、弱音を吐くわけにはいかなかった。