4 ◆ 家族攻略と別人の彼
全9話執筆済。
基本毎日2話(昼と夜を目標に)投稿予定です。
アルを悲しませて反省をした、5回目の滞在のとき。
私は公爵ご夫妻から、一つ提案を受けていた。
「シラーちゃんがよければだけれど、来年度……は早いかしら。再来年度あたりから、王都の全寮制学園に編入してみない?」
アルに出会って約1年半。
私は中等部1学年の12歳。アルは初等部最終学年の11歳になっていた。
「我が家は四大公爵家という立場だ。シラーくんには負担を強いることになってしまうが、学校教育の内容以外にも、知ってもらわなければならないことがある。
……我々としては、シラーくんに王都に来てもらって、週末に公爵邸でそういった教養を身につける時間を取ってほしい。
もちろん、そのための環境は私が用意する。金銭や指導者を不安に思う必要はないぞ。」
「わたくしもシラーちゃんを全面的にサポートするわよ。公爵家に嫁いだ身として、わたくしが一番立場が近いものね。
それに学園の寮に入っても、週末にはアルにも会えるようになるから。ただ大変なことだけじゃないと思うわ。
長期休みのときには、今度は逆に伯爵領に帰省して、のんびりご家族と過ごして?」
優しい公爵ご夫妻のお話。
──要するに「公爵夫人教育のために、王都の学園の寮に入ってくれないか」ということだった。
今までは、普段は実家の伯爵領にいて、学校の長期休みのときに公爵領で1ヶ月間アルと過ごす。そういう流れでいた。
それを逆転させようという話だった。
公爵ご夫妻は「もちろん、これからもシラーちゃんが伯爵領で過ごしたいと言うなら無理強いはしないわ。」「ああ。遠慮なく言ってくれ。」と気を遣ってくれたけど、私はその場で提案をすぐに受け入れた。
これは演技でも何でもなかった。
……だって、伯爵領にいても、何もないから。
別に実家を早々に出ることに何の未練もなかった。
でも、私の返事を横で聞いていたアルは違った。
アルは事前にご両親から話を聞いていたのだろう。あらかじめ考えていたらしいことを、私に向かって言ってきた。
「ご迷惑でなければ、次の長期休みのときには公爵邸ではなく、リヒェントラーク伯爵家に僕がお邪魔させていただいてもいいですか?
きちんと僕の方からも、伯爵家の皆様に直接お話をさせていただきたいので。」
…………相変わらず、重いわね。
アルが庭園の噴水の前で「貴女を一生大切にします」だなんてプロポーズみたいなことを言ってきた、あのときのことを思い出した。
今度は「お嬢さんを僕にください」とでも言うつもりなのかしら。
段階っていうものを知らないの?
まだ婚約が内定しているだけなのに。ただ私が王都の学園寮に入るってだけなのに。
まるで「今すぐに結婚する人」のような言動ばかりするのね。
……アルが、私の実家に来る。
…………実家での私を見るのね。
優しいご両親に恵まれて、半身のような双子の片割れの妹がいつも側にいる幸せなアル。
きっとアルは、そんなお花畑な世界しか知らないんだわ。だから簡単に「1ヶ月もお邪魔したい」だなんて言えるのよ。
……3日で息が詰まっても知らないから。
私はそう思ったけど、アルが実家に来るのをやめさせる上手い言い訳が思いつかなかったから、静かに頷いて了承した。
◆◆◆◆◆◆
リヒェントラーク伯爵家にアルが初めてやってきた。
お父様とお母様はすでにアルに会ったことがあったけど、お兄様と弟は初対面。
両親は調子良く、四大公爵家の後継ぎのアルをおだてて、ご機嫌取りをしていた。私が隣に座っているのに、アルの話ばっかり聞いていた。
お兄様と弟は、ただでさえ仲良くない私がいきなりアルを連れてきて、完全にどんな態度を取っていいか分からなくなっていたようだった。余所余所しく静かにしながら、アルのことを観察していた。
アルは微笑んで両親と無難な会話をして、その微笑みのまま私の兄弟にも挨拶をした。
「……僕には妹しかいないので。シラーにお兄様と弟様がいると聞いたときたらお会いしてお話しするのを楽しみにしていたんです。1ヶ月間、よろしくお願いします。」
アルは、余所余所しい男二人にそう言った。
そしてアルはその言葉通り、翌日からさっそく私のお兄様や弟に積極的に関わりにいった。
◆◆◆◆◆◆
最初は私と一緒に、お兄様と弟とアル、4人で広間で会話した。
当たり障りのない無難な会話。
年齢の話。学校の話。趣味はありますか?この伯爵領の名産品は美味しいですね。……そんな感じ。
ただ、その中に少し砕けた内容──同年代の男子として親しみの湧く荒削りな部分がチラついていた。
お兄様と弟は「公爵令息といっても意外と自分たちと変わらないんだ」と思ったのか、すぐにアルと打ち解け始めていた。
…………へえ。アルにもこんなところがあるのね。
そういえば、私もセレナちゃんも女子だから。気付かなかったわ。
しまいには「闇属性の中でも、どの攻撃魔法が一番格好良いか」について話し合う男3人を見て、私は静かに呆れた。
……アルの1つ下の弟はともかく。お兄様はアルの3つ上なのに。いくつになっても男子はみんなお子様なのね。
私は一人、会話の輪に入れないまま、真顔でお茶を飲んでいた。
◆◆◆◆◆◆
数日もしたら、お兄様と弟はわざわざ4人揃っていなくてもアルと話すようになっていた。
私がそばに居るときだけじゃなく、アルとお兄様だけ、アルと弟だけの二人で話していることもあった。
弟はすぐにアルに懐いていた。
「やっぱり公爵令息だと、剣や護身術なんかも習わされるんですか?」という質問を受けて、アルが笑ってそれらを軽く披露してあげると、弟はものすごく食い付いた。
アルに護身術の技の一つを習ってすっかり強くなった気になって、アルに「殴ってきて!」とせがんで、アルに習った技でアルの腕を捻って「っしゃ!勝った!」と意味不明なことを言っていた。
それを見たお父様とお母様が青ざめて悲鳴をあげていたけど、アルは笑って「センスいいね。じゃあ次は投げ技もやってみる?危ないからちゃんと受け身を練習してからじゃないといけないけど。」と言って、派手な投げ技を弟に教えてあげていた。
…………弟に投げられるとき、アルは弟にバレないように地面を上手く蹴って、自分から綺麗に投げられにいっているように見えた。
そして弟とアルは、例の領地経営のボードゲームでも遊ぶようになった。
……私とは遊んでくれなかったのに。アルが誘ったら弟は二つ返事でついてきていた。
アルは僅差で勝っていた。……明らかに手加減をしていた。
「うわーっ!悔しー!あともう少しだったのに!次は勝てる!」
私は黙って横目でゲームを見ていた。弟はたしかに、初めてにしてはセンスは悪くなかった。地頭は良さそうだった。
そんな弟を見てアルは笑って、さらりとこう言った。
「あはは!でも、次に僕に勝てても、シラーにはまだ勝てないんじゃない?シラーは僕より強いからさ。」
…………私は、アルの嘘を初めて聞いた。
それを聞いた弟は「えっ?姉さん、公爵令息よりも強いの?そんなに頭いいの?」と軽く言った。
弟はまだ10歳。分からなくても仕方がない。
でも、咄嗟の発言とはいえ、失礼にも程があった。
「……『公爵令息』じゃなくて『アルディート様』でしょう。失礼よ。」
私が横から口に出して咎めると、アルは笑って「『アル』でもいいよ。」と被せてきた。
「僕ともう一回やったら、その次はシラーとやってみる?……あ、そうだ。僕と二人で組んでシラーを相手しようか。それならもしかしたら勝てるかも。」
弟は私の注意を無視して、アルの提案に楽しそうに乗って、私と初めてゲームをした。
……アルを「公爵令息」呼ばわりした弟があっさり許されているのに、私は腹が立った。許しているアルにも腹が立った。
だから私は、失礼な偏見を持っていることを自覚できていない弟を、手加減せず容赦なく打ち負かした。
「………………うわっ、強っ。」
弟が私にドン引きしている横で、アルは見たことがないような笑い方をしていた。爆笑といったところだった。
嘘をつくアルに、爆笑するアル。私の知っている彼とは、まるで別人のようだった。
──……公爵令息。失礼な偏見。
まだ10歳だから、仕方ない。
私も10歳のとき、アルのことをそう見ていたもの。
…………私はもしかしたら、弟にではなく、自分に怒っているのかもしれない。
私はその日、弟から「魔王」のあだ名をつけられた。
アルが伯爵邸に来て、ちょうど1週間が経った日のことだった。
◆◆◆◆◆◆
アルはお兄様とも徐々に仲良くなっていた。
3歳差だけど、アルは賢い。気付けばお兄様とアルは学年差なんてないかのように、貴族の長男らしく愚痴を言い合っていた。
「四大公爵家なんて、うちの伯爵家とは比べ物にならないだろ?」
お兄様の謙遜とも嫌味ともつかない振りに、アルはそつなく答えた。
「いやー……でも、やっている内容自体はあまり変わらないですよ。
リヒェントラーク家の方こそ、条件が特殊ですからいろいろと難しいんじゃないですか?領内は湿地帯が多くて、気候も変わりやすく、魔物も発生しやすいと聞きました。」
お兄様は「あー!そう!そうなんだよ!」と言って、お父様から教わっている話をぐちぐちとアルに聞かせていた。
「そもそも『学校の成績は落とすな』。でも追加で『領地内と隣接地域の地名は全部覚えろ』とか無理だって!全部似たような名前ばっかなんだもん!」
お兄様の文句に笑うアル。
アルは学校の勉強なんて、もう中等部の範囲はすべて終えている。
たかが一日のお茶会のために、ご令嬢の顔と名前を百人以上覚えていた。
……お兄様の愚痴とは、次元が違うでしょうけどね。
ちょうど私がそう思ったとき、アルは笑いながらこう言った。
「僕もやっていられないんですよ。
パーティーやお茶会のたびに、参加者の顔と名前を頭に叩き込むだけでもうしんどくて。
ご令嬢の顔も名前もみんな同じように見えてきちゃって。……本当。名札つけてくれれば楽なのに。あんなの『名前当てゲーム』の時間ですよ。いつもギリギリでやってます。」
……………………。
「うわっ!全員?!……てことは、シラーのときも?シラーのこと覚えてたのか?」
お兄様がそう聞くと、アルはこう返した。
「今おっしゃっていましたけど、この辺りの名前ってややこしいじゃないですか。遠方ですし。
だから逆に覚えやすかったです。『リヒェントラーク』は。
……でも、ここの周辺地域からあと5人来られていたら、確実に混ざってましたね。シェレントラークと、ミーヒェットリークと……もう無理です。」
……………………。
もしかしてアル、全員はさすがに覚えていなかったのかしら?
「あっ!じゃあそれ?シラーが選ばれた理由って!」
お兄様が爆笑しながら失礼なことを抜かす。それを聞いたアルは笑って
「あっ!……それはシラーのいないときに話します。」
と言っていた。
…………どこまでが嘘なのか、分からない。
私に対しては、いつもあんなにも分かりやすいのに。
私は初めて見るアルの一面に、顔には出さないようにしながら動揺した。
◆◆◆◆◆◆
お兄様とアルは、何やら二人で楽しく話しているようだった。
少し気にはなったけど、呼ばれなかったということは聞かれたくない話なのだろうと思って、私は一人自室でぼーっとしていた。
そして午後のお茶の時間になったから、私は広間へと向かった。
アルがいないときはそんな家族の時間はなかったのに。お父様とお母様の気遣いはあからさまだった。
しばらくして、お兄様とアルは二人で広間にやってきた。
みんなでお茶を飲んでお菓子を食べて。またアルを中心に両親たちが会話して。
それから弟がアルを誘って遊びに行って、両親はそれを見届けて去って……私とお兄様だけが残された。
私はお茶を飲みきったら立ち去ろうと思っていたけど、珍しくお兄様が、お茶を飲んでいる私に話しかけてきた。
「…………なあ、シラー。最近何かハマってるものとかある?」
………………いきなり何?
「どういうことですか?」
私が首を傾げると、お兄様は「いやー……最近、妹がどんな趣味とか持ってるのかなーって。」と、鳥肌が立つようなことを言ってきた。
「………………アルから何か言われましたか?」
お兄様がそんな世間話を振ってくる理由なんてそれくらいしか思い浮かばない。
私がそう尋ねると、お兄様は一瞬で観念して一瞬でバラしてきた。
「……さっき、アルディート様が俺に相談してきたんだよ。『シラーの趣味や好きなもの、お義兄様は知りませんか?』って。
『シラーはとにかく怖くって。再来月の誕生日プレゼント、期待に沿わないものをあげたら溜め息をつかれて睨まれそうで……。』って嘆いてたぞ。
公爵令息様相手に妹が普段どんな態度取ってるんだと思って、焦ったよ。」
………………これも嘘だ。
私は直感的に分かってしまった。
出会ってから今まで約2年、5回の長期滞在でアルを毎日見てきた。だから分かる。
──まずアルは、他人に「相談」するタイプじゃない。
アルは私に最初に王都を案内してくれたときも、何か話題を振ってくれるときも、全部アルなりに考えてやってくれていた。
セレナちゃんとの会話でもそう。セレナちゃんがアルに何か相談することはあっても、アルからセレナちゃんに意見を求めている姿は見たことがない。
アルは……私に好きになってもらうために、馬鹿みたいに単純に私に向き合おうとする人間だもの。
他人を頼ったりなんか、しないわ。
──それに何より、私のことを「怖い」だなんて、そんな陰口を絶対に叩くはずがない。
アルは私に一方的に惚れてはいるけど、怯えてはいないもの。そもそも私は、アルを睨んだことなんてないし。
それに、アルは私と話すと嬉しそうにしてくれるもの。私がお子様呼ばわりしても、それにすらも喜んで惚れてくる人間だもの。
私を大切にしてくれているもの。「怖い」だなんて思ってないはずよ。
……前回の滞在で、悲しそうな顔はさせてしまったけど。
私はアルの違和感しかない今回の滞在中の言動に、いよいよ動揺して戸惑った。
そしてそのとき、ある可能性に気が付いた。
………………まさか、
アルの一連の嘘の目的って……全部、私のため?
弟との領地経営ゲームのときについた「シラーの方が強い」の嘘のように、「自分の悩み」が私とお兄様の会話のネタになるようにしていたの?
今回の滞在で、私が兄弟とあまり話していないのに気付いたから?
……それとも、私が2年前、初対面のお茶会のとき「家族とあまり仲が良くない」ようなことを言ったから?
あのときのことを覚えていて、私のために今、こんな「演技」をしているの?……私のように?
………………まさかね。
弟の件はともかくとして。これはさすがに、そんなわけないわ。
だって、アルはお子様だもの。
すぐに私に騙されて、すぐに顔を真っ赤にして、何を言っても全部簡単に刺さるもの。
アルがそんなに計算高いわけがないわ。私の演技も全然見抜けないんだもの。
………………だったら、本当に私のことを「怖い」だなんて思っているわけ?
……考えすぎよ。
きっとアルはただ、私の身内と仲良くするために、無理をしているだけなんだわ。
私は一人で混乱しながらも、お兄様の振りに応えて会話をした。
とりあえず「まったく……それを私にバラしてしまったら意味がないじゃないですか。私が言った通りのものをアルがプレゼントをしてきたら、笑いを堪えきれる自信がないわ。」と言ってみた。
そしてそれから「あと何よ!『怖い』って!失礼しちゃうわ。アルには後で説教ね!」と私が演技をすると、お兄様は「……あっ!やばい!それ、俺がバラしたってバレるだろ!俺がアルディート様に嫌われるって!伯爵家が取り潰される!絶対に言うなよ!」と焦ってきた。
だから私は、さらに重ねて「……だったら、なおさら言わないといけませんわね。そんな私の悪口で築く『男の友情』なんて、崩壊させてあげた方が世のためじゃない。お兄様もアルディート様もひどいわ!」と言っておいた。
でもその間、ずっと頭の片隅では考え続けていた。
──やっぱり、アルは計算高く嘘をついて、会話のネタを用意した?こんな風に私が話を広げやすくするために「シラーが怖い」だなんておまけまで付け加えて。
──それともアルは、本気でお兄様を頼って私の嗜好を調査する気でいるの?それで本当に私が喜ぶプレゼントが分かると思っている?……私がなかなか自分に惚れてくれないから。
どっちも少しずつ違和感があった。どっちも私といるときのアルらしくなかったから。
…………でも、
初めて出会ったお茶会で、9歳にして場の空気を一人で整えていたアルの姿を思い出して、
アルがセレナちゃんと難しい話をどんどん発展させていく姿を思い出して、
…………私は、前者の方が自然だと思えてしまった。
「──それにしても。そんなバレバレな探り方をするのもどうかと思いますわ。
アルが相談してきたとしても、お兄様が私を探ろうとするなんてびっくりしました。」
私が話題の最後にそう感想を漏らすと、お兄様はもう一つ、アルが仕込んだ言葉を教えてくれた。
「『シラーに嫌われて婚約取消にでもなったら、公爵家の親と伯爵家のご両親、どちらからも相当怒られますね……僕。
…………すみません。協力してくださいお義兄様。』ってさ。
ってか、俺の伯爵家の方がまずいだろ。もし四大公爵家との縁が切れちゃったら。お父様に殴られるどころじゃ済まないって!
だから頼む!アルディート様と仲良くやってくれよ?!俺たち長男と家の未来はお前の機嫌に懸かってるんだ!」
………………。
「…………それで、二人で結託して私のご機嫌を取ったり、私のことを調査しようって?
呆れましたわ。お兄様、全部バラしてしまっているではありませんか。」
お兄様の「調子のいい」「口が軽い」お父様似の性格までもが計算に入っている──……なんて、さすがにそこまでは……。
私の頭に、そんなあり得ないことが浮かんだ。
お兄様は「……あっ!あぁーもー!何でもいいから絶対にアルディート様に言うなよ!あと、何でもいいからとにかくアルディート様と仲良くしててくれ!四大公爵家が身内なら俺の代は安泰だから!!」と、ふざけたことを抜かしてきた。
──「私が一番だって、これで証明ができるわ。家族が私を見てくれる。」
私はお兄様の言葉を聞いて、お茶会の招待状を受け取った当時のことを思い出した。
優しいアル──ではなく、四大公爵家の長男を利用して、自分の価値を示そうとした私のことを。
アルを計算通りに軽く攻略して、高笑いした私のことを。
…………私はそれを誰よりも望んでいたはずなのに。
最初から「私の婚約者のアルディート公爵令息様」を家族に見せつけるつもりだったのに。
いざ、アルが私の実家でそう扱われている姿を見たら、無性に腹が立ってしまった。
そして、アル本人が、それを利用して私と兄弟の橋渡しをしてくれたという事実に、確信が持ててしまったとき──……私は、無性に悲しくなってしまった。
私はその日、お兄様と今までの人生で一番長く会話をした。
お兄様に最後に
「うわー……シラーお前、俺の同学年の女子たちより怖いって。アルディート様の言う通りじゃん。
シラーが婚約者だなんて、アルディート様も大変だな。俺の婚約者、優しい人でよかったー!」
なんて失礼なことを言われて笑われたとき、私はお兄様と初めて打ち解けられたような気がした。
アルが伯爵邸に来て、2週間半ほど経った日のことだった。
◆◆◆◆◆◆
こうして、アルの1ヶ月の滞在は終わった。
もういい大人のお父様とお母様の価値観はそう簡単には変わらない。アルはそこまでちゃんと理解していたようだった。
アルは両親に「シラーをもっと構ってやってください!」なんて説得をしたりはしなかった。お兄様や弟のように、変に私に仕向けようともしなかった。
ただ無難に笑顔で会話して、無難に1ヶ月を乗り切った。
でも、両親に引き摺られるようにして、今まで私を空気扱いしていたお兄様と弟──その二人は変わった。
……まだ、お子様だものね。いろいろと修正は効くわよね。
お兄様と弟は、アルをきっかけに、彼が王都に帰ってからも私にちょくちょく話しかけてくるようになってきた。
二人は私のことを「四大公爵家長男のアルディート様を手のひらの上で転がす怖〜い魔王」だと思って、「シラーのご機嫌でリヒェントラーク伯爵領の未来が決まるぞ!」と、半分冗談、半分本気で言いながら「シラー様!」なんて言ってきた。
……そうよ。そうなるために、私はアルに選ばれたのよ。
…………「魔王」にまでは、なるつもりなかったのに。
私は、アルが置いていった余計な「怖い魔王」の置き土産に複雑な気持ちになったまま、次の長期休みを待ち望んだ。
アルに、お礼を言うために。