2 ◆ お子様相手の歳上演技
全9話執筆済。
基本毎日2話(昼と夜を目標に)投稿予定です。
私【シラー】と公爵令息【アルディート】様の婚約は、あっさりと内定した。
当然よ。だってもうアルディート様は私に惚れているんだもの。
私は勝利を確定させるために、例のお茶会から1ヶ月経った週末に、両親と共に片道丸々一日以上かけてパラバーナ公爵家の本邸に再度やってきた。
〈今はまだ婚約は内定。私たちがお子様だから。
正式な婚約は、歳下のアルディート様が高等部の学生になってから。〉
……そういう話でまとまった。
緊張でガチガチになっている私の両親と向かい合う、桁違いのお金持ちならではの余裕がある優雅な公爵ご夫妻を見て、私は自分の将来を想像した。
家では私に見向きもしてくれない両親が「娘を選んでくださってありがとうございます!」と言っているのを見て、調子のいい人たちだと内心で呆れた。
そして大人同士の話もひと段落して、公爵ご夫妻に「二人で話をしておいで」と言われてアルディート様と一緒に出てきた1ヶ月振りの庭園。そこにある豪華な噴水の前で
「婚約の話を受けてくださってありがとうございます。
これからは、貴女を一生大切にします。」
と、いきなりプロポーズ並みに重い言葉を贈ってきたアルディート様の、少し恥ずかしそうな笑顔を見て──……私は「単純で真っ直ぐすぎて、公爵令息なのに馬鹿みたい。」と……内心で再度、見下した。
たしかに格好いいけれど。顔は整っているけれど。
……でも、所詮はただの歳下の、9歳のお子様だもの。
「ふふっ。ありがとうございます。
……でも『一生』だなんて、今からそんなに気負わなくていいんですよ。まだ婚約は『内定』なんですから。
これから先、私よりも素敵なご令嬢が現れるかもしれないでしょう?まだ未来は誰にも分からないわ。
だから、もし他に好きな人ができたら……そのときは遠慮なく私に言ってくださいね。」
どう?意外でしょう?
私、あなたの四大公爵家の権力なんて全然欲していないの。あなたの輝かしい容姿にも全然惑わされていない。
私は、身を引く覚悟がいつでもできているわ。
──私はまた「逆張り」をした。
ここでうっかり喜んでみっともなく飛びついたら、私の平凡さに、彼の目が覚めてしまうかもしれない。
そう思って、あえて余裕ぶってみせた。
私の予想外の返答を聞いたアルディート様はまた驚いた顔をして、それから焦ったようにその黄金の瞳を斜め下の方へ少し彷徨わせた。
そしてそれから、予想外の返答に焦ったまま
「えっと……僕のことを好きになってもらえるように頑張ります。」
と、少しズレた言葉を返してきた。
私は「あなたが私に飽きてもいい」と言ったのに。
彼は、私が彼に飽きてしまわないための努力を宣言してきた。
えっ?……もう?
もうそんなに私のことが好きなの?あなた。
いくら何でも、単純過ぎない?これから先、コロッとまた誰かに騙されるんじゃない?
こんなにすぐに令嬢一人に手玉に取られていて、大丈夫?こんな体たらくで、四大公爵家なんて大層なものをちゃんと背負っていけるのかしら?
……まあ、まだお子様だものね。成長すればそのうちまともになるはずだわ。
歳上の婚約者らしく、さり気なく指導して育ててあげようかしら。そうしないと家ごと没落しかねないから。
私は、思ったよりも馬鹿な四大公爵家の後継ぎとの将来に、一抹の不安を覚えた。
◆◆◆◆◆◆
私の実家の伯爵家はパラバーナ公爵家本邸のある王都から離れていたから、私とアルディート様の交流は学校の長期休みにまとめられていた。
年3回の長期休みの時期にパラバーナ公爵邸に招かれて、毎回そこで1ヶ月ほど滞在して、アルディート様と公爵家のご家族と過ごした。
1回目の初めての滞在のとき。
アルディート様は張り切って、私に王都を案内してくれた。
きっと事前に考えて計画してくれたのだろう。下見や予行練習もしていたかもしれない。淀みなく素敵なお店や観光スポットを教えてくれて、記念になるような綺麗な小物を買ってプレゼントしてくれた。
私は素直に目を輝かせながら、王都の景色を楽しんだ。
……ここは演技は必要ないと思ったから。
むしろ、私が地方出身者らしく素朴な感想を言っていた方が、アルディート様にとっては新鮮でしょう?案内しがいがあっていいんじゃない?
そんな私の考えは見事に当たった。アルディート様は私が驚く度に喜んで、私が笑う度に照れていた。
でも、最後に少しお高めの雑貨屋で小物を買ってプレゼントしてもらったとき。そこだけは少し演技した。
私は何がいいか店内を見て回りながら考えて、手編みのコースターを選ぶことにした。
……そこまでは素直な私の本心だったけど、それから私はアルディート様を喜ばせてあげることにした。
「このコースターなら、伯爵家に帰ってからもお茶を飲む度にアルディート様のことを思い出せそうです。……でも、こんなにも可愛らしいと勿体無くて使えないかもしれないわ。」
そう言って笑って、それからこう続けた。
「何色がいいかしら。どれも素敵で迷ってしまうわね。
……そうだわ。アルディート様はどれがいいと思います?せっかくですし、アルディート様のおすすめの色にしようかしら。」
ほら。一緒にお買い物をしている感じが、これで出てくるんじゃないかしら。
そう思いながら笑顔でアルディート様に尋ねると、アルディート様はいきなり私に頼られて緊張したらしく、少し慌てながらコースターを選んだ。
──アルディート様が選んだのは、白とグレーの二色が美しく編まれたコースターだった。
……もしかして、私の髪と瞳が灰色だから?
……この子、こんなにも馬鹿なの?お茶会のときはあんなにしっかり挨拶していたのに。もしかして別人なんじゃないかしら。
私はそんな心の声を抜かりなく隠して、クスクスと上品に笑ってみせた。
「アルディート様、もしかして私の色だと思って選んでくださったんですか?」
私の笑いながらの指摘にアルディート様はハッとして、それから羞恥で顔をほんのり赤らめた。
「……そうね。じゃあ、せっかく選んでもらったのだからこうしましょう?
アルディート様はその白とグレーのものを、私はこの藍色と水色のものを選びましょう。
そうすればお互いの色になるわ。初めてのお買い物の記念にぴったりじゃないかしら。
……私の我儘ですが、二つ買ってしまってもよろしいですか?」
私は藍色と水色のコースターをそっと手に取って、アルディート様に優しく微笑んであげた。
……別に特別藍色が好きなわけではないけど、どれでも同じくらい素敵だったから。だからアルディート様を喜ばせてあげるためだけに、それを選んだ。
アルディート様は今度は私の微笑む顔を見て、隠すのも無理なくらいあからさまに照れて顔を真っ赤にして、それから真っ赤なまま笑って「ありがとうございます」と喜んだ。
……そんなに赤くなるくらいなら、赤と薄紅色のものを選んでも良かったかもしれないわね。
その方が、あなたの色じゃない?
私は心の中で、そっと皮肉を呟いた。
◆◆◆◆◆◆
その長期休みの滞在では、王都散策だけでなく、当然いろいろなことをした。
一緒に朝昼晩の食事を食べたし、それぞれの学校の課題もやったし、公爵ご夫妻を交えて談笑もした。
お城みたいなお屋敷も、植物園みたいな温室も、広過ぎて疲れる迷路みたいな庭園の全貌も、何日もかけて一緒に見て回って教わった。
そして当然、私が初対面のお茶会のときに話した、例の領地経営のボードゲームもした。
アルディート様は宣言通り、ちゃんとボードゲームを取り寄せて予習をしておいていたようだった。
「……また負けてしまいました。
シラー様は本当にお強いですね。」
アルディート様が敗北を認める。
厳密には勝ち負けではない。アルディート様は別に経営失敗をしていない。ルール上はいい上がり方をしている。
ただ、私の領地の方が豊かになっているだけ。私の方が有能な領主なだけだった。
「ふふっ。私は何年もやり込んでいますから。
アルディート様はこのゲームを遊ぶのは、私とが初めてなんでしょう?初めてなのにここまで上手くできるなんてすごいです。
私なんて、きっとすぐに抜かされてしまいますわ。」
思いっきりお世辞だったけど……正直、半分本音だった。
アルディート様は強かった。
すぐにコロッと騙されるお子様でも、さすがは四大公爵家の後継ぎ。物覚えも頭の回転も、勘も人一倍……いえ、十倍くらい鋭いようだった。
ただ、それは私の想定内。
だから私はここに来るまでに、勉強よりも容姿磨きよりも何よりも、このボードゲームを徹底的に研究してきた。
学校の勉強では、どうせ敵わないだろうから。
凄腕の家庭教師陣に囲まれて日々英才教育を受けている四大公爵家のご令息には、到底張り合っても勝てるわけがない。現に、学校の課題なんかはアルディート様は一瞬で終わらせて、追加の──私よりも上の中等部の内容らしき自主課題を、余裕でサクサクと進めていたから。
だから、ボードゲームだけは勝ちにいった。
ここさえ勝てれば、アルディート様のプライドもへし折れる。
そして私が「簡単には手の届かない」「領地経営にも興味がある」「馬鹿なそこら辺のご令嬢とは違う」存在に見えるはず。
私の狙いは見事に刺さった。
アルディート様は優秀な自分が勝てなかったことに驚いて、何度も私に勝負を挑んできた。
勘がいい。いろんな角度から切り込んできた。敗因をすぐに分析して修正して、凄まじい速度で成長してきた。
……でも、私は何度でも勝ってみせた。
アルディート様は日を重ねて私に慣れてきたこともあって、ボードゲーム中は特に、だんだん澄ました笑顔を忘れていってしまっていた。
ちょうど確か、アルディート様が10回目の敗北をしたとき。
アルディート様は完全に素になって子どもじみた顔をしながら「くそっ、今回は勝てると思ったのに。」と、砕けた独り言を呟いた。
私は不意に聞こえてきたその独り言に笑ってしまった。
そして手元にあるゲームのお札の金額を数えながら、思わず
「ふふっ。優秀な公爵令息といっても、まだまだやっぱりお子様ね。」
と言ってしまった。
──…………あっ!
私は焦った。
今、私、口に出した?出したわよね?
……どうしましょう。うっかりアルディート様につられて本音を口にしてしまったわ。
……どうしよう。内心で馬鹿にしていたのがバレてしまうわ……!
私は焦って、余裕ぶった表情を作るのも忘れてバッと顔を上げてアルディート様の顔を見た。
アルディート様は初対面のお茶会のときのように、驚いて目を見開いていた。
そして私と目が合った瞬間、口をギュッと結んで一気に顔を赤くした。
──……その顔は、さらに私に惚れた顔のようだった。
………………何だ。良かった。
一瞬焦ってしまったけど、今の失言もどうやら上手く「逆張り」になって作用したようね。
私は今までは、ただ余裕のある自立した令嬢を演じていただけだけど……もしかしたらアルディート様は個人的に、こういった歳上の大人な女性が好みなのかも。
こんな風に、手のひらの上で転がされるのが好きなのかもしれないわ。
……そう。なら都合がいい。
私はちょうど1歳上だもの。
これからはもう少しあからさまに、歳上風を吹かせていきましょう。
そうすればもっと、アルディート様は私に惚れてくるはずだわ。
私は今後の演技に、その方針をそっと追加した。