1 ◆ 寂しい娘の最初の逆張り
全9話執筆済。
明日から毎日2話(昼と夜を目標に)投稿予定です。
王国の四大公爵家の、見目麗しい跡取り息子。
お金も地位も美しい容姿も、生まれながらにしてすべて持っている。
きっと彼には、お金目当ての、地位目当ての、見た目目当てのご令嬢たちが、わんさか寄ってたかってきているはず。
…………だったら。
選ばれるために、私がやることは簡単ね。
──ただ「逆張り」をすればいい。
「あなたの容姿?私は見た目にはこだわりません。大切なのは『気が合うかどうか』でしょう?」
「あなたの地位に、公爵家のお金?……私はそれらを頼る気はありません。将来は自分の手でも稼ぎます!」
「私のことは、いつでも切り捨てて構いません。無理に愛してくださらなくても大丈夫です。」
いつでも自立していること。
常に余裕があって依存しないこと。
「あなたの今の態度は良くないわ。もっと貴族令息として自覚を持った振る舞いをした方が良いのでは?」
盲目で従順なだけじゃダメ。
きちんと正論を言って、時にはハッと目を覚まさせる。
高位貴族のご令息は、どうせ月並みのご令嬢には飽きている。
みっともなく追いかけてくるミーハーで浅はかなご令嬢たちとは違って、なかなか振り向いてくれないクールで理知的なご令嬢。
王道から外して一捻りした、普通とは違う、個性的な強い女性を「演じる」だけ。
そうすれば、絶対に私が選ばれる。
高位貴族のご令息は、どうせそういうご令嬢を特別扱いして「溺愛」するはずなんだから。
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
クゼーレ王国の北西に、無駄に広大な領地を持つ伯爵家。
その伯爵家の三兄弟の真ん中が、私【シラー・リヒェントラーク】。
兄と弟に挟まれた女一人。鋼色の髪に銀灰色の瞳──なんて言えば聞こえはいいけど、要は灰色の髪と瞳。貴族の割にはパッとしない部類の地味な見た目。
私は普通の令嬢だった。
そして、私は家族の中で……一番、何も期待されていなかった。
兄は伯爵家の後継ぎとして当然期待されていて、弟も広大な領地の一部の経営を任される予定になっていた。
お父様は一生懸命、まだ初等部の兄と弟に貴族の男とは何たるかを、領地経営はどうやるのかを毎日叩き込んでいた。
お母様は必死になって、まだ初等部の兄と弟に少しでもいい嫁をあてがおうと、婚約者候補の目星をつけまくっていた。
……私だけが、灰色にくすんだ、霞のような存在だった。
でも私は確信していた。
三兄弟の中で、私が本当は一番、価値があるはずだって。私が本当は一番、頭が良いはずなんだって。
10歳だった私は、よく言えば大人びていて賢かった。
……言ってしまえば、ただプライドが高くてマセていた。
今なら分かる。
まだ10歳だった私は、ただ両親に振り向いてほしかっただけ。兄と弟にも構って遊んでほしかっただけ。……私にも何でもいいから期待してほしかっただけだった。
でも当時の私は、そんな自分の複雑な感情には上手く気付けなかったから、少し違うことを考えた。
──この私の価値を、絶対に証明してみせる。
私が一番優れているってことを、家族に、周囲に、王国中に……全員にすぐに分からせてみせる。
私はそう考えた。
そして私は、千載一遇の機会に恵まれた。
同年代の王侯貴族の子女の中で、一番身分が高いご令息。四大公爵家の跡取り息子【アルディート・パラバーナ】の婚約者選び。
そのための公爵家主催のお茶会に、王国中の有力貴族の、同年代のご令嬢たちが招待された。
うちの伯爵家なんかとは次元が違う。お母様が必死にご令嬢一人一人に目星をつけているのを嘲笑うかのように、公爵家は一気に招待状をばら撒いてきた。
…………これだわ。
地方の伯爵家の私が、家同士の繋がりも何もない状態からたった一人、いきなり選ばれたとしたら。
認めざるを得なくなる。みんな。私の価値が一番高いんだって。私が一番優れた存在なんだって。
兄も弟も絶対に驚くはず。父も母も、私に一目置かざるを得なくなる。
私が一番だって、これで証明ができるわ。家族が私を見てくれる。
私はそうして、片道丸々一日以上をかけて、まだ見ぬ公爵令息に選ばれるべく、王国の王都に向かった。
◆◆◆◆◆◆
王国の四大公爵家の一角、パラバーナ公爵家の本邸。
見渡しても敷地の端が見えないほどの、豪邸なんて言葉じゃ表せない、もはや一つの街のようだった。
私は多少は想定していたものの、予想以上のお金持ち具合に絶句した。
……そして同時に、ほくそ笑んだ。
すごいわ!すごい!将来私がこの家の正妻になったら……!これなら絶対に、兄弟で一番私が出世したって言えるはず!
よく晴れていて暖かい、とても心地よい天気。
馬鹿みたいに広い公爵家本邸の庭園には、学校の集会かと思うほどの人数のご令嬢たちが集まっていた。
今回のお茶会、さすがに「うちの息子の婚約者選抜会にようこそ!」なんてあからさまなタイトルじゃない。名目上は、四大公爵家主催のご令嬢たちの交流会。季節の自然や食べ物を堪能しながら、同世代間での交友を深め、知見を広げ、お互いに高め合うためのお茶会。
……でも当然、親世代は分かっている。「今回のお茶会には、娘の、一家の、一族の未来が懸かっている」って。
だから、みんなとっても気合いが入っていた。きっと親に「頑張りなさい!ちゃんとアピールしてきなさい!」と激励されて来たに違いない。
まだお子様なのに、私なんかとは違ってお化粧もばっちりで、ドレスもとっても煌びやか。とにかく周りよりも目立とうと、美しく可愛くなろうと必死なのが透けて見えた。
…………私は、親に何も期待されなかったのに。
私は「あら、行くの?まあ、別にいいけど。王都が見たいなんて我儘な子。」「行っても行かなくても変わらないだろ。どうせ無駄足になると思うけどな。」って、呆れられただけなのに。
私は王都のご令嬢たちのように美人でもなければ、煌びやかでもなかった。
もとの顔面が地味なのに、それを誤魔化すはずのお化粧も素朴。ドレスも10歳という年齢には合わない、主張が控えめな大人びたデザインだった。
でも、それが武器になると思っていた。
──私の狙い。それは「逆張り」。
高位貴族のご令息は、華やかなお化粧も、綺麗なドレスも、絶対にもう見飽きている。
飢えた獣のように群がってくる婚約者候補のご令嬢たちを、きっと毛嫌いしているに決まっている。
だからこそ、あえて質素にいく。
王都のキラキラした世界と違うこの素朴さに、きっと興味を示すはず。
そして興味を示されたところで、あえて私の方は、身分や地位に興味のないフリをする。
日々期待されてばかりのご令息は、さぞ衝撃を受けるだろう。
「こんなにも将来金になる自分が目の前にいるのに、がっついてこないなんて。」って。
「ご令嬢はみんな派手なものが好きじゃないのか?自分のことを好きにならないのか?」って。
それで、逆に私のことが気になるはず。一番印象に残るはず。
簡単だわ。私が一番目立つ方法。
私が一番、地味な女になればいい。
私はそう思いながら、こんな女子だらけの会場に一人投げ込まれる可哀想な公爵令息の登場を待った。
◆◆◆◆◆◆
会場となっている庭園の空に、綺麗な鐘の音が鳴り響き、お茶会開始の時刻になったことが知らされた。
全員が一斉にお屋敷の方に注目する。
私も少し後ろの方で、横目で様子を窺った。
お城のような豪華なお屋敷から登場したのは、一人ではなかった。
まるでお人形のように整った、美しい双子の兄妹だった。
灰色まみれな私とは違う、珍しい青藍色の髪。遠目でも何故か分かるくらいの輝きがある、宝石のような黄金色の瞳。
目も眉も鼻も口も、耳も輪郭も首の長さも手足の長さも……何もかもが完璧で、ただほんの少しだけ、男の子と女の子の違いが出るように各所を微調整して作り分けられたような、セットのお人形のようだった。
そして兄の方は微笑みを携えていて、妹の方はどこか不貞腐れたような真顔。
その表情の違いが、人形でないことを示す唯一の点だった。表情まで一緒だったら、私はその不気味さに鳥肌を立てていたことだろう。
私は、パラバーナ公爵家の家族構成はさすがに事前に調べていたから知っている。
……なるほどね。
これが噂のパラバーナ家の双子兄妹【アルディート】と【セレンディーナ】ということね。
歳は私よりも一つ下。9歳の初等部4学年。まだまだお子様なのに、こんな婚約者選びをさせられて大変ね。
私がどこか他人事のようにそう思っていると、今日の主役──微笑の兄アルディート様の方が、笑顔のまま口を開いた。
「皆様、僕たちパラバーナ公爵家主催の春の茶会に、ようこそお越しくださいました。
兄妹ともども、皆様にお会いできるこの日を待ちわびておりました。本日はどうぞよろしくお願いいたします。皆様お気軽に、時間の許す限りお楽しみください。」
そして兄妹が揃って優雅に一礼する。
それを見た会場は、当然拍手に包まれた。
…………くだらない茶番だわ。
みんな分かっているのに。お茶とお菓子を楽しみに来ているご令嬢なんていない。みんなあなたに選ばれるために来ているのに。
分かっていて、今からすでにアルディート様に声を掛けるタイミングを見計らっている貪欲なご令嬢たちも。
分かっていて、まるでただの交流会かのように堂々と挨拶する、今日の主役のアルディート様も。
分かっていて、「今日は自分が主役じゃないからつまらない」というのを隠そうともせずに顔に出してしまっている、妹のセレンディーナ様も。
みんなお子様で、馬鹿みたい。
……でも、今日彼に選ばれるのは絶対にこの私だけどね。
私はそんなことを考えながら、さっそく会場の端の方にそっと移動した。
◆◆◆◆◆◆
お茶会開始から一時間ほどが経過した。
私はその間、会場の端の方で、のんびりとお茶とお菓子をあえて楽しんでいた。
しばらく様子を見て分かったから。
案の定、まだ初等部のお子様なご令嬢たちは、短絡的に我先にとアルディート様に群がっていた。そしてアルディート様はそんなご令嬢たちにブレない笑顔で対応しながら、律儀に一人一人に挨拶をしていっていた。
アルディート様は、全員に一度は挨拶をするつもりのようだった。
可哀想に。こんな百人以上のご令嬢たち一人一人に会って回らなければいけないなんて。
アルディート様はお茶もお菓子も手をつける暇が無さそうだった。
……でも、当然かもしれないわ。
今後一生を共に生きる未来の花嫁をここで決めなきゃいけないとなったら、無理してでも全員を見ておきたくなるわよね。
だって、手抜きして見逃して……そのご令嬢が一番いい人だったら、後悔してもしきれないもの。
私はアルディート様の心中を察した。
だから、大丈夫。
隅っこでのんびりしていても、いずれアルディート様は声を掛けてくる。
……むしろ印象に残るはずだわ。最後に会うんだから。
そうして私が余裕を持って構えていると、突然、予想外の声が聞こえてきた。
「……もういいわ。わたくし、飽きてしまったわ。
お兄様。わたくし先に帰らせていただきます。」
そのよく通る高飛車な声は、今日の主役アルディート様──の、双子の片割れの妹セレンディーナ様だった。
セレンディーナ様は明らかにつまらなさそうな顔をして溜め息をついて、兄のアルディート様とそれを取り囲むご令嬢たちを睨みつけた。
「お兄様も。こんな蛆虫のようにたかってくるご令嬢たちのお相手をよくする気になれますわね。
こんなところにお兄様に相応しい御方がいるとは思えないわ。話すだけ時間の無駄じゃない。」
強烈な暴言を微塵も悪びれずに吐き捨てるセレンディーナ様。
それを聞いたご令嬢たちは「なっ……!蛆虫ですって?!」「何なの?!それって私のことを言っているの?!」とショックを受けていた。
「セレナ!お前、なんてことを言うんだ!」
アルディート様はセレンディーナ様のことを「セレナ」と呼んで咎めた。
このとき初めて、アルディート様はお人形のような笑顔を消して怒った顔をした。
でも、セレンディーナ様はそんなアルディート様に一歩も引かずに言い返した。
「あら失礼。蛆虫でないならば『光り物に集まってくる汚い路地裏のカラス』かしらね。
…………呆れた。わたくし、こんな汚い路地裏のような場所にあと一秒たりともいたくありませんわ。
後はお兄様にお任せいたします。私は休ませていただきます。」
「セレナ!!」
アルディート様が怒る声を無視して、セレンディーナ様は颯爽と青藍色の髪を靡かせながらお屋敷の中に戻っていってしまった。
子どもたちの自主性に任せようと思っていたのか、お茶会の様子を遠くから見守っていたらしい双子の母親──公爵夫人が慌てて出てきて「セレンディーナ!待ちなさい!貴女どこに行くつもりなの?!」とセレンディーナ様を追いかけていくのが見えた。
………………。
会場の庭園が、一気に重苦しい空気に包まれる。
いきなり蛆虫カラス呼ばわりされたご令嬢たちは「何あれ!……ひどい!っ、信じられない!」と言って困惑し憤っていた。中には泣いてしまっている子までいた。
「………………はぁ。
──……妹が大変失礼をしました。
きっと緊張と疲れで、心にも無いことを言ってしまったのだと思います。皆様、お気になさらないでください。
妹には僕からも後で言って聞かせます。
……今の妹のことは忘れて、残りの時間をおくつろぎください。」
アルディート様は小さく溜め息をついた後、申し訳なさそうに頭を下げた。
そしてそれから、泣き出してしまっているご令嬢たちを優先しながら順番にフォローして回った。笑顔でもう一度謝りながら、明るい話題を振って場を整え直していっていた。
……驚いた。びっくりしたわ。あんな暴言は初めて聞いた。
でも…………ふふっ。くだらないわね。
あの程度の言葉で動揺して泣くなんて。それだけでもう婚約者候補としては「失格」じゃない。
みんな本当にお子様ね。まさに「蛆虫カラス」と言ったところだわ。
まあ、セレンディーナ様も。たとえそう思ったとしても、口に出してしまうところがお子様もいいところだわ。
普通に性格が悪すぎて、それだけで「こんな妹がいるアルディート様とは結婚なんてしたくない!」って思う子が出てきてもおかしくないわよ?兄の足を引っ張っているのが分からないのかしらね。
……私のライバルを一気に減らしてくれたことは感謝するけど。
………………そして、アルディート様も。
まだまだ、やっぱりお子様ね。分かりやすくて単純だわ。
私はアルディート様の、次の行動を見てそう思った。
アルディート様は、取り乱しているご令嬢たちのフォローを一通りなんとかし終えた後──……先ほどまでと違って、丁寧に一人一人には向き合わずに、会場の端の方へと逃げるようにしてやってきた。
──……私が、ぽつんといる方へ。
そうよね。まだ9歳の子どもなんだもの。
あんな風に双子の妹が怒って勝手に去っていってしまって、主催の公爵家の人間としてこの場に一人で残されて、「何あれ!」「うえーん!ひどいわー!」なんて周りにわんわん泣き叫ばれてしまったら……疲れて逃げたくもなるわよね。
……可哀想に。大丈夫よ。私は全部分かっているから。
あなたが望むご令嬢を、今から「演じて」みせてあげる。
私は静かに気合いを入れて、自然な笑顔をスッと浮かべた。
◆◆◆◆◆◆
こちらにやってきたアルディート様は、ひっそりと隅にいた私の存在を目に入れると、またお人形のような笑顔を浮かべた。
9歳にしてすでに鍛え抜かれた、高位貴族の跡取りの仮面の笑顔だった。
「リヒェントラーク家のシラー様でいらっしゃいますか?
本日は遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます。」
……嘘でしょう?
彼はこんな百人を超えるご令嬢たちを、あらかじめ全員暗記していたの?
私は一瞬笑顔を崩して驚いてしまったけれど、またすぐに取り繕って微笑んだ。
「ええ。アルディート様に先にご挨拶させてしまって申し訳ありませんでした。
シラー・リヒェントラークと申します。初めまして。本日はお招きいただきありがとうございます。」
私は立ち上がってカーテシーをする。
「よろしければ、どうぞお掛けになってください。
ずっとお話をされ続けていて喉も渇いていらっしゃるのではありませんか?ここで少しお茶をお飲みになっていかれると良いですわ。
……こちらのマフィン、本当に美味しくて驚きましたの。私、今まで一人でずっと食べてしまっていました。」
私が続けてそう言うと、アルディート様は少しだけ目を見開いて、それから笑って「ありがとうございます」と言って私の向かいに座った。
そこかしこに配置されている使用人のうちの一人が、私の言葉を聞いてすかさずアルディート様にお茶をお淹れする。
アルディート様が来るまでは、私の専属のように私にお茶とお菓子を出し続けてくれていた使用人だ。
……彼、アルディート様が来て「真面目に仕事しなきゃ」って顔に切り替わったわね。
心なしか、お茶の淹れ方が丁寧な気がする。
……私だけしか近くにいなかったときは、サボりのような気分で気楽にお茶を淹れていたのかもしれないわ。失礼しちゃう。
私は無駄なことを一瞬考えながらも、自分が確実に好感度ポイントを稼いでいる手応えを感じていた。
──まず、アルディート様はこのお茶会が始まって一時間が経って、今初めて席に着いた。ここで1ポイント。
──そして私の「公爵令息のあなたよりもお菓子に興味があって、ずっとお菓子を楽しんでいました。」の風変わりアピールが上手く彼に刺さった。ここでさらに1ポイント。
……もう差別化は充分だけれど。ここで一気に決めてみせる。
私がそう思った直後。まさに一気に決めるいい話題がやってきた。
「先ほどは、妹が大変失礼しました。ご不快な思いをさせてしまって申し訳ございません。」
アルディート様はお茶に口を付ける前に、真っ先に私に謝ってきた。
ここで「何ですかあれ!」「うえーん!ひどい!」なんて絶対にダメ。そんなのは論外ね。三流もいいところ。
……じゃあ、正論を言えばいい?「あなたの妹様はどうかしているわ。早く何とかした方がいいんじゃない?」って?
……それも違うわ。ここに引っかかる中途半端に賢いご令嬢はいるかもしれないけどね。
正論を投げつけるにはまだ早い。初対面だもの。ここで公爵家の子女相手にいきなり説教をかますご令嬢は二流よ。
だってそれはそれで非常識じゃない。
ここでの一流の回答。アルディート様に刺さる回答は──……
「──いいえ。私は何も気にしていません。アルディート様が謝ることでもありませんわ。
きっと、セレンディーナ様はお兄様のアルディート様を信頼して甘えているんですね。そうでなければ、あんな風には言えませんもの。
……ふふっ。とても仲のいいご兄妹なのだなと、少し羨ましくなってしまいました。
アルディート様は、セレンディーナ様にとって、いつもとっても素敵なお兄様なんですね。」
私の言葉を聞いたアルディート様は、笑顔を完全に忘れて驚いた顔をした。
……やったわ。決まった。完璧だわ。
完璧に刺さった。
周りのご令嬢とは一味違う、余裕のある、理解のあるご令嬢。私は今、それになれた。
三流も二流も甘いのよ。
この小一時間を見ていれば当然分かる。二人はお互いのことを嫌ってはいない。嫌っていたらさすがに一度は距離を取ったり顔に出たりするはずだから。でも二人は最初からずっと並んで一緒にいて、さっきの暴言の一件までは怒ったりもしていなかった。
……そして、いい?アルディート様とセレンディーナ様はただの兄妹じゃない。双子の兄妹なんだから。
よく聞く話でしょう?双子は思考がとても似るとか、お互いの置かれている状況が何故か分かってしまうとか、痛覚までもが超能力のように共有できてしまうとか。
……ということは、よ。
アルディート様は、あんな癖の強い妹のセレンディーナ様のことを、なんやかんやで一番大切に思っているに決まっている。
──周りのご令嬢たちから自分の半身のような妹の行動を咎められて、散々悪口を聞かされて──……今、内心憤っているに決まっている。
だから、正解は「暴言を吐いたあの妹を認めてあげる」。
そしてついでに、隠された二人の兄妹愛を褒めてあげれば完璧なの。
私は油断せずに、彼を気遣うように微笑んで一言付け足した。
「──ですが、たしかにセレンディーナ様は、少し省みる必要はあるかもしれませんね。
周りに誤解されてしまうのは悲しいですから。」
かと言って、あんな妹を全肯定してしまったら、今度は私がただの常識のない人間になってしまう。
常識的な範囲で、でも言葉を選びながら、妹様の欠点を遠回しに指摘はしてあげる。
私の計算し尽くされた発言に、アルディート様は馬鹿正直に一気に心を開いてきた。
さっきまでの微笑とは違って、馬鹿みたいに分かりやすく嬉しそうな顔をした。
そして私の狙い通りに
「……そんな風に僕たち兄妹のことを言ってくださった方は初めてです。ありがとうございます。」
と、お礼を言ってきた。
それから私は、あえて彼自身の容姿や身分は褒めずに、余裕を持って話題を広げた。
一発で「双子の兄妹愛」を見抜いた私は100ポイント入手したようなものだった。あとは簡単な出来レース。
「──まあ!アルディート様は魔法理論にご興味があるんですね。私も最近、詠唱解析の本を買ったんです。……難しくて、なかなか読み進められないんですけれどね。」
私は馬鹿なご令嬢とは違う。小難しいことにも興味はある。
……でも、ちょっとおどけて保険はかけておく。ギラギラし過ぎないように。
「──ええ。ボードゲームと言っても、領地経営のことが遊びながら学べるんです。面白いと思いませんか?
私は女性だからそういった勉強は必要ないって両親に言われてしまっていて……兄や弟を誘っても相手にしてもらえないんですけど……でも、いつか家族の役に立ちたいと思って、こっそり一人で遊んでいるんです。」
私は甘えたご令嬢とは違う。進んで家の仕事に携わる気概がある。ただ養われるだけじゃない。
……そこに、可哀想な身の上を混ぜ込ませる。私は家では誰にも相手にされていないの。私はこんなにも家族のためを思っているのに。
どう?健気で儚げで、でも自立した魅力的な女性じゃない?
…………嘘じゃないから、問題ない。
家族に相手にされていないのも。領地経営のボードゲームを、家で一人で遊んでいるのも。
アルディート様が私の話を聞いてそっと笑って「僕でよければ、ぜひ今度お相手させてください。そのボードゲームのルールを勉強しておきます。」と言ってきたとき、私は勝利を確信した。
今度があるなんて、そんなもの、もう完全に決まったじゃない。
──私が四大公爵家の後継ぎの婚約者だわ。
私はニヤけたくなる気持ちを抑えて、代わりに「まあ!嬉しいわ!ありがとうございます!」と、ここはあえて素直に感謝をした。
素朴な笑顔で。
余裕のある1歳上のご令嬢の顔を崩して。
地味な女なりに無邪気に可愛く笑ってみせた。
……ここの「演技」は一番簡単だった。だって、本心から喜べばいいだけなんだから。
「私は簡単には負けません。きっとアルディート様を楽しませることができます!」
勝利を確信した私の顔を見て、アルディート様がほんの少し顔を赤らめたとき、私は世の中の全員を見下した。
お父様も、お母様も、お兄様も弟も。みんな私の価値に気付かなかった。馬鹿みたい。
この会場のご令嬢の誰も、お金と時間をかけて準備して張り切って来たくせに、誰も私に敵わなかった。馬鹿みたい。
……あんな酷い暴言を吐く妹をちょっと認めてあげたくらいですぐにコロッと騙される、分かりやすい単純な公爵令息。お子様過ぎて馬鹿みたい。
やった!やったわ!──私が、一番すごいのよ!
◆◆◆◆◆◆
勝利を確信したお茶会の1週間後。
私の実家リヒェントラーク伯爵家に、パラバーナ公爵家から仰々しい豪華な釣書と婚約打診の手紙が届いたとき──……
……家族全員が驚いて、私の顔を真っ直ぐに見つめてくれたとき、私は心の中で高笑いをした。