Story 9. 立ち向かう勇気
下校のチャイムが鳴り、クラスメイトたちが教室からでていく。
それでもまだ薫のあたまのなかは、思考が沈滞していた。
――どうすればよかったんだ……
軽いノリであしらえばよかったとか、同じ質問を投げ返してみればよかったとか、いまさら考えてもしょうがないことなのに、いつまでも堂々巡りしている。
はた目には、ただぼーっとしているようにみえたかもしれない。
ザシュッ――
「へっ?」
歩邑だった。リュックを奪い去ったのだ。
廊下をかけていく。
顔だけ教室からだして薫は、
「走っちゃダ――」
と生活委員のように注意しようとしたが、階段へとまがった歩邑はもうみえない。
――ってか……
下りていく足音に、ことばをかけるのをためらってしまった。
――なかったことにしていいのか?
昨日までと同じようにふるまう歩邑は、今日の薫の失敗をなかったことにしようとしているのか。
――気まずくなる事故は忘れよう、って?
皆川が望むならそれでもいい――と思った。表面上は円満解決。
しかし薫のこころには、じぶんの機転のきかなさがくやしい思い出として残るだろう。
歩邑の涙もけっして忘れられないだろう。
ほろ苦いけれど、価値あるたいせつな経験だった。
――追うぞ! 荷物まとめ……
だが荷物はすでに、歩邑に持ち去られていることに思い至る。
――ぐむー
イスをかたして教室を飛びだした薫も、階段をかけおりる。
靴箱で、佳奈と別れたばかりの歩邑が待っていた。
ぞろぞろと六限を終えた五、六年生たちが靴をはきかえていく。
めいめい楽しそうに話をしていた。
「いっしょに帰ろ」
ストレートに歩邑が誘う。
「……うん」
玄関をでて正面にある、円形の花壇を右にまわりこむ。
その向こうの植栽にたたずむ銅像のまえで歩邑がたちどまった。
なんだろうと像を見上げた薫に、歩邑は、
「変なこといってゴメン」
と舌をだしてウインクした。
ふだんと変わらないチャーミングな歩邑。
わが家をめざす児童たちが、うしろをぱらぱらと通っていく。
「こっちこそ――」
までいって薫は顔をふせた。
「鈍感でゴメン」
ちいさな声だった。
――泣かせてゴメン
こころで謝っていた。
「なんだなんだ? んん~」
うつむいた顔を歩邑がのぞきこんでくる。
不満そうにいった。
「話できなかったよ、今日」
「正解……できなくて……」
ボソボソと薫。
「ん~? なに?」
バツのわるい薫は、しぜんと声がちいさくなる。
ききかえした歩邑に他意はなかったけれど薫の声は、いっそうちいさくなってしまった。
「…………」
「――なに!」
思わず口調が強くなった歩邑。
「泣かせちゃっただろ!」
薫も、つい声が大きくなった。
「ん、ああ……だね」
なぜか、ちょっと照れたふうだ。
静寂をやぶったのは薫だった。
「……も話したかった」
――でも傷つけてしまって……
こぶしをグッとにぎりしめていた。
「どういえばいいか、わかんなくて――」
歩邑はだまってきいている。
不器用でたどたどしいけれど、とても勇敢だ――と思った。
つづける薫。
――もういちど笑顔にしたいのに
「どうすればいいか、わかんなくて――」
合わせる顔がなくて逃げだしてしまった――と正直にうちあけた。
沈黙がきた。
薫が吐きだし終えたのをみとめて、
「あるこ」
と歩邑がいった。