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Story 7. 喧騒のなかの静寂

「やったあ、(かおる)


 ()(むら)は声をはりあげたのだった。

 練習中の薫がみせた見事な一投に、思わず。


――え!? 呼びすてしちゃった。

 どうしよぉ……


 薫はべつだん気にしてないふうだったが、歩邑はいたく照れていた。

 あるいは、パニクっていたのかもしれない。

 謎言(めいげん)が生まれた。


「わが弟子、薫よ。そのちょうしで(しょう)(じん)するのじゃ」

「どなたですか」


 マジメモードだったせいか、乗らない薫。

 赤面した歩邑は、ごまかそうと手刀で()()く。


「ていっ」


 いっしゅん、薫はきょとんとする。

 ほどなく、思いだしたように特訓の収獲をよろこんだ。

 そして正しいフォームを教わった感謝をすなおに、フランクにしめす。


「サンキュ、(みな)(がわ)

「どういたしまして、薫」


 右手をあげてパァン! とハイタッチをかわした。


 こうして歩邑は、薫を名前で呼ぶようになった。

 じき下校をともにすることもめずらしくなくなった。




 あのレクチャーから数週間がたつ。

 すこし緊張した(おも)()ちで歩邑がきいた、今朝。


「あのさ……」


 イジワルな質問だった。


「今日のあたし……ちがわない?」


 ほんとうにイジワルな、予想外の質問。

 薫は苦しんだ。

 ながれる汗を感じながら、必死で答えをさがそうとした。

 あたまがオーバーヒートしそうなくらいに。

 じっさいの経過時間が、ほんの三〇秒ほどだったとしても。


「どう……かな?」


 右にまわりこんだ歩邑が、かわいらしく首をかしげる。

 ボブの髪が引力で、さらりなびいた。


 ひらめいたのか薫が、意を決して口をひらく。


「えーと……髪、切った?」


 返答をきいた歩邑が、にっこりとほほ笑む。


 薫は(あん)()してへたりこんだ。

 机にふせるその耳にとどいた、ひと言。


「はずれ」


 時間が――止まった。



  △ △ △



 ぴとぅん――


 天井で冷やされた()()が、しずくとなって落ちる。


 (せい)(じゃく)をやぶって(だつ)()(しつ)から声をかけたのは、姉の()(くら)だった。

 ざぶんと歩邑が立ち上がる。


「いま出ようとしてたとこ」



 シューッと(なか)()れドアがひらく。

 バスタオルをあたまからかぶった歩邑が出てきた。

 心配げに早倉がのぞきこむ。


「大丈夫だった?」


 髪をタオルドライしている歩邑が、


「んとね……」


 とだけいって、手の動きを止める。

 しっかり姉の目をみて、


「いい匂いがする」


 と、うれしそうに答えた。

 早倉はホッと胸をなでおろす。


 驚くかもしれないが歩邑は、においにたいして(せん)(さい)()(こう)をもっていた。

 さわやかなシトラス系やみずみずしいベリー系を好み、いかにも人工的なローズやムスクを嫌がる。


 早倉がわざわざ脱衣室から声をかけたのは、そんな小うるさい歩邑のにおい審査なしに買ってきたシャンプーが心配だったからだ。


「すっごく、いい匂いがするんだよ」


 歩邑は目をかがやかせた。



  ▽ ▽ ▽



 ざわざわ――


 ふだんと変わらないクラスの、朝の(けん)(そう)

 歩邑と薫だけが、時の止まった世界にいた。


「みんなー、席について」


 担任の合図で、止まっていた世界がふたたび動きだす。

 くるり背を向けようとした歩邑が、ぽつりつぶやいた。


「もう、いいんだ」


 あわてて顔をあげる薫。

 かろうじてみえた歩邑の(ひとみ)が、きらりひかってみえた。



 席についた歩邑は、背筋をのばして目をとじる。

 こころで語りかけた。


――シャンプー新しくしたよ

 (ねえ)がえらんで、すごく気に入ったんだ


 胸いっぱいに息をすいこんでから、ふうと吐きだす。


――髪ゆらすと……

 すっごくいい匂いだよ


 薫のほうをみた。ちらりと。

 (あん)(たん)とした表情で、(ちゅう)をみつめている。

 視線はあわなかった。


「もう、いいんだ」


 歩邑がつぶやいた。


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