Story 6. うれしいハプニング
「投げかた?」
薫はおどろいている。
「肩がわるいんだと、あきらめてたんだが……」
投げた球に威力がないことを指しているようだ。
素質の問題だから、どうにかできるものではない――と思いこんでいたらしい。
「“肩がわるい”は“フォームがわるい”だよ」
「マジか!」
目をかがやかせる薫。
「では、質問です――」
両手をうしろにまわした歩邑が上体を倒し、スーッと顔を近づけてきた。
「いまの松本に足りないもの、なーんだ?」
「身長!」
「そうかもしんないけど……」
かぶせぎみに即答した薫のあたまに、かるく手刀をくらわす。
「ていっ、マジメに答えろ」
おでこをさする薫。
「はい……腕力です」
「と思うでしょ? けど、松本に足りてないのは知識」
歩邑によると薫は――投げるときのからだの動かしかた、つまり正しいフォームを知らない。
「手投げっていうんだぞ。腕の力だけで投げるから貧弱」
――貧弱ってか
ちいさくつぶやいてから薫がきいた。
「なら、正解は?」
「上体をひねって、からだ全体で――投げる!」
――ひねった上体がもどろうとする力でボールの威力が増す、と。
なるほど、理屈だ。
これなら筋力不足をカバーできそうだな
薫が背筋をピンとのばして歩邑に向きなおる。
「投げかたを教えてください」
と言葉づかいを改め、ペコリあたまを下げた。
レクチャーがはじまる。
空いている一角に陣どったふたり。
――上半身と下半身のひねりを意識して、と
からだ全体で投げる秘訣を、薫は再確認して念頭におく。
「お願いします」
歩邑がお手本をみせてくれた。
「かんたん3ステップだよ」
1 投げないほうの腕を、投げる相手に伸ばす
2 前足も、相手にまっすぐ踏みだす
3 球を投げながら、反対のひじを引いてひねりをもどす
「さ、やってみて」
「1腕を伸ばす、2足を踏みだす、3投げてひじを引く……こうか?」
「そうそう。ワンステップずつ、ゆっくり」
動きをループさせて、薫はフォームを確認している。
「1伸ばす、2踏みだす、3引く……1伸ばす、2踏みだす、3引く……」
一連の動作が安定してきたようだ。
「そろそろ投げてみて」
歩邑がドッジボールをさしだす。
教わったフォームで薫が――投げた。
即座に修正の声がとぶ。
「ひじ引いて! もっと」
マジメなお笑いくんが、マジメにとりくんでいる。
スローイングをくり返すうち、壁にぶつかる音が変わってきた。
軽かった打撃音に低い成分がくわわっている。
歩邑がちょっと難度をあげて指示をだした。
「投げるとき、前足に体重かけてみてくれる?」
「なる。体重移動で威力アップか」
薫はのみこみが早い。
「2から3で、体重をまえに移動だよ」
「おけ」
あたまではわかっていても、イメージどおりに動くのは難しい。
薫は苦戦していた。
「いっかい休もっか」
「ゴメン、もうちょい練習したい」
大きく肩で息をする薫。
「だいじょうぶ、まだやれる――」
強い意志を感じとって、歩邑がアドバイスした。
「ワンステップずつ、確認しよ?」
「――わかった」
「1伸ばす、2踏みだす、3体重移動……」
スローイングの特訓はつづく――
「いっけー! もう一本」
歩邑の気合が、薫にも伝播した。
「体重のせて、3ー」
「ドラァ!」
ズダァン!
重くひびいた衝突音。
「よっしゃあ!」
「やったあ、薫」
――カオル……?
こころなしか歩邑がうろたえている。
「わが弟子、薫よ。そのちょうしで精進するのじゃ」
「どなたですか」
「ていっ」
またも手刀をくらった薫が、目をぱちくりさせる。
それでも望外の成果によろこび、右手をあげて感謝をつげた。
おどける歩邑にあわせて、カジュアルに。
「サンキュ、皆川」
「どういたしまして、薫」
ハイタッチをかわすふたり。
パァン!――