Story 5. 思いきった提案
歩邑は空を見上げていた。
――なんなんだろうね、あたし
頬杖をつき、窓からみえる雲をながめていた。
いちばん南側の列の歩邑が黒板をみようとすると、視界にかならず薫をとらえてしまう。
それなりにマジメな薫だった。
板書をノートにまとめ、発問への最適解をさがし、挙手してじぶんの考えをつたえようとする。
ときに集中を欠くこともあるが、脱線話は食い入るようにきいて破顔した。
訂正しよう。いたってマジメである。
機転をきかせたジョークや見計らったツッコミで、ユーモアの才能をみせる薫はお笑い担当ではあったのだが。マジメなお笑いくん。
じつは歩邑は薫と、五年生で初めて同じクラスになった。
以前は――三クラスある同学年のひとり、ほどの認識だった。
それが変化したのは、いつだったろう。
学年が上がって一週間がすぎたころ。
出席番号のならびから席がえすることになった。
くじびきして黒板に貼りだされた番号の位置へ引っ越す。
動こうとしない男子に、薫が声をかけた。
「どした?」
「いちばんうしろだと字がよめん」
「なる。先生! 山下が前がいいっていってます」
ぐうぜん、きいていた歩邑は感心した。
――面倒見いいんだあ、松本って
「――番の人かわってあげて~」
担任の柳沢は指示すると、山下にも話しかけた。
「つぎからは先にいってね。希望の――」
――悩みが、あっというまに解決だよ
尻ごみしていいだせなかった人のサポートを、薫はさらりとやってのけた。
その行動には――友達の評判をあげようとか、担任の覚えをよくしようといった
下心はないように歩邑には思えた。
「ふうん……」
薫を意識した最初のできごとだった。
それから数日後。
五〇メートル走が行われた。
男女別に背の低い人からならぶ列のじゅんばんで計っていく。
二番手に薫があらわれた。
「よーい……ピッ!」
教師のホイッスルに弾かれたように飛びだす。
ザ ザ ザ ダッ――
ちいさい歩幅ですばやく脚をおくる薫の加速。
みていた全員が目をみはった。
――わあ、めっっちゃ速い
たちまちゴールする。
タイムは――七.六五秒。八秒を切っていた。
小数第二位を四捨五入するせいで、記録上は七.七秒になる。
「すごい、すごい!」
興奮、冷めやらない。
じぶんの計測がすんで、歩邑はあらためて驚いた。
――あたしも、けっこう速いんだけど。
ぜんぜん負けてる……こんなに身長ちがうのに
八.二秒だった。
薫という存在がつよく印象づけられた。
そしてゴールデンウィークもおわった五月上旬。
クラスでドッジが流行し、昼休みごとに白熱したプレーをくりひろげていた。
もりあがる体育館のコートで、歩邑と薫だけが内野にのこったある日。
薫がもちかけた。
「皆川、スパイクみたいにボールを打つのはダメなのか?」
「反則でなきゃ、あたし最強だぞ」
とっくにダメ出しされていたのか、歩邑が力こぶをつくって笑う。
手首をそろえたポーズをとって追加した。
「松本、レシーブもダメだから!」
「おけ」
薫はボールを目で追いながら、手をあげてわかったの合図。
歩邑はバレー部ということもあってスローイング、キャッチともに巧みで、背の高さをいかした攻撃に定評があった。
いっぽう薫は身軽さでかわしまくる、まさにドッジ(dodge:英語でかわすを意味する)の申し子だった。腕力がないせいで攻撃はパッとしなかったが。
敵の猛攻をときに身をふせ、ときに跳び箱のようにかわす薫。
しかし歩邑がキャッチに失敗したことで、けっきょくこのゲームは負けた。
体育館の中央のネットで仕切られた向こう側に、薫があるいていく。
別グループのゲームを、壁ぎわにすわって観戦しはじめた。
歩邑はひとり、反省会をしていた。
――惜しかったあ
終盤の内野にのこる常連といっていい薫。
だが生きのこりに重要なのは、キャッチとスローイングのうまさ。
そのどちらもが薫には欠けている、と歩邑はみた。
――筋力が足りない? いやフォームでしょ。
キャッチは体格的に、難しいかも……
めずらしく考えこむ。
――すばしっこさは折り紙つき。
攻撃できれば……強くなれるじゃん!
ヒントをえた歩邑が思いきった行動にでた。
ネットをまわってステージ側のコートへ向かう。
観戦している薫のとなりに、すっと壁にもたれて立った。
気づいた薫が見上げる。
まえを向いたまま、
「投げかた、教えてあげよっか?」
と今度は歩邑がもちかけた。