Story 45. 公園はじめの一歩
信号をわたって東へ数分すすむと、公園につく。
ほんのわずかでも薫とすごせることが、歩邑はうれしかった。
風をきって自転車が走る。かなうなら建物の陰に入りたいほどの、きびしい日差し。
あいにく正午をまわったばかりの影は、隠れるように足元でちぢこまっている。
カーブミラーに、すぐうしろを走る薫がみえた。
歩邑の口元が無意識にゆるむ。
――つかれてるのに、ね……まだ……
苦笑いした。すぐさま本音がでる。
――いっしょにいたいんだもん!
公園口のスペースに自転車をとめ、ふたりして園内にすすむと――先客がいた。
「なにしてるの~?」
「そっちこそ――」
佳奈だった。
「って、また薫つれまわしてんだ?」
と返してから、薫に視線をやった。
「オッス」
「オッス」
出会いがしらのおちょくりは、今日はお休みらしい。
「山じゃなかったっけ?」
「その帰りだよ。つかれた~」
「薫は――元気そうね」
「まあ……ってか香哉?」
ブランコを大きくゆらしている少年をみて、薫がいった。
「香哉を暴れさせに――」
返事をきかず、薫が走っていく。
しばらくギャーギャーいっていたかと思えば、ブランコのふれがさらに大きくなった。
薫が香哉の背中をおし、ぐるり大回転しそうな勢いでブランコがゆれる。
「歩邑、おきざりじゃん」
「――なんかあった?」
「…………」
ふっと目線をさげた佳奈がいった。
「おみとおしか~」
△ △ △
佳奈の両親がケンカしている。
昼食のためにそれぞれの職場から帰宅したふたりが、ちょうど鉢合わせたのだ。
「――ってんだよ!」
「大声ださないで」
「ざけんな――」
「お金がないんだから」
「クッソ!」
佳奈は香哉の耳をふさいで、そっと家をでる。
逃げこんだのが公園だった。
▽ ▽ ▽
「――だってさ」
ぽつりぽつりと話した佳奈に、歩邑が相づちをうつ。
「そっか……」
いつのまにか乗り手となり、ブランコにすわる薫が翔けた。
ブランコの最高点で空中にとびだして弧をえがく。
体操選手のようにYの字に着地した。
佳奈が「ほう」とつぶやいてから、ピコンと背筋をのばした。
「おおっと、こんな時間――香哉ー! 帰って留守番するよー」
とブランコのほうへかけていく。
薫と二言三言かわすと、こちらに大きく腕をふり――弟の手をひいて帰っていった。
「ん~、さっぱりした~」
と歩邑がベッドに寝ころぶ。シャワーで汗とつかれを洗いながしてきた。
大の字になって、しばし放心する。
ぼんやりと天井をながめた。
その両目をおおうように、視界をさえぎるように腕を乗せると――思いだされるのは今日のできごと。
「ふふっ……」
展望台で――
薫が大口をあけて、いままさに――おにぎりをほおばろうとしている。
歩邑は声をかけ、目線がこちらに向いた瞬間をパシャリ写真におさめた。
山頂で――
思い返すと、心臓があばれだす。
――ドックン、ドックン……
「薫、起こして」
すこし腕をひらき、“もちあげて”とアピールした。
そのポーズをみた薫が笑う。
「ちっちゃい子供みたいだな」
「子供だもん……」
甘えたいモードの歩邑は――スネたように頬をふくらませ、ヨコを向く。
内心、ホッとしていた。じぶんがやろうとしていることへの緊張で激しかった鼓動が、若干やわらいだからだ。
薫の手がふれた。
「起こすぞ、そーれっ」
歩邑がビクンと反応するよりも早くからだが持ち上げられ、タンと立ちあがる。
――思いが止められないの……
歩邑はふんわりと両腕でつつむ。薫を。
いいわけするようにつぶやいた。耳元で。
「……立ちくらみ、だよ」
ぎゅーっとハグした。
公園で――
「あたし、佳奈の力になりたい! 薫、手伝って」
大きな瞳で、射るように見据える。
そらさずに視線をうけとめた薫が、コクリうなずく。
その表情は、やさしさに満ちていた。
パチッと目がひらいた。歩邑の。
思いだしたようにからだを起こすと、勉強机に向かう。
「えへへ……」
にんまり目をほそめ、日記帳を手にとった。