Story 37. ムジカクな申出
いちばんポーズをきめた歩邑が、キミョーな動作をはじめた。
「ふしぎなダンスだねー」
「ダンス……」
「ちがくね?」
と最後尾の三人。
つづいて踊り場についた誠也と村瀬も、キミョーな反応をした。
「オウッフ」「あ、ああ……」
三人もようやくたどりつく。
薫が笑顔を向けた。
「ってか、踊り場でダンス……ふっ」
「ちがうから! あれ、あれっ」
なぜだかあせっている歩邑。
指さした腕をなぞるように、その先に目をやると――
「ゴクリッ……」
「えー」「うぐ」
見上げた視界をうめつくす階段。斜面にそってゆるやかにカーブしつつ、青空までつづいていた。
ゆうに三桁はあろう段数に――げんなりする四人と、げんきになる余人。
三桁階段の攻略にとりかかって五分がたった。
「なんか楽しくなってきた」と歩邑。
「ランナーズ・ハイってか」と薫。
「いいや――」
足をとめてふり返った誠也のノリが、いつもとちがう。
「クライマーズ・ハイだ~」
と思いきり上体をひねる。
「!――」
薫の“いらんことしい”の血がさわぐ。
同じポーズをとろうとして――歩邑が冷静にツッコんだ。
「フツーに、あぶないから!」
「すみません」「すみません」
いっぽう遅れているメンバーは「ゼエゼエ」と喘いでいた。
「待って、誠ちゃん……」
「……あいつら、バケモンかよ」
「フウ、フウ……だねー」
さらに五分がたった。
ますます疲労の色を濃くした村瀬・木崎・ひまりの足どりが重い。
先行した誠也が偵察して、きちょうな情報をもたらした。
「上までくれば、すぐ休憩所~」
「!」「!」
ガシ、ガシ、ガシ、ガシ――
がぜん、やる気になった村瀬と木崎のペースが爆上がりする。
「わー、待ってー」
とりのこされるひまり。
「ふーーっ」「ハアアア」
休憩所には階段のあまった素材でつくったのか石造りの――ベンチふたつと、いくつかの腰かけがあった。
薫と誠也は――崖そばの腰かけで景色をみながら話しこんでいる。
村瀬と木崎はベンチに仰向けにたおれて、急速充電中だ。
木崎がポロリといった。
「べっぴん山、なめてたわ……」
腰かけにすわったひまりは、リュックから清涼飲料をとりだす。
ごく、ごく、ごく――
「生き返ったよー」
「スタミナつけないとね」
と苦笑する歩邑。
村瀬が不安そうに水筒をふる。
ちゃぽ、ちゃぽ――
「……足りないっしょ」
めざとい歩邑が看板に気づいた。
「湧き水、あっちだって~」
やや上り坂を、しばらくいくと湧き水はあった。
岩のあいだからしみでる水があつめられ、樋の先からながれおちている。季節がら水量がふえてるみたいだ。
木崎がまっさきに飲んだ。
「ちょっと! レディーファースト」
村瀬がバンと背中をたたく。
「男女平等じゃね」
といいつつ木崎がゆずる。
手のひらで飲んだ村瀬は、すくなくなっていた水筒もいっぱいにした。
誠也は豪快に、樋のしたで口をあけた。
「あたしは、あとでいいよ」
と歩邑。ひまりは持参のドリンクで水分補給している。
ならばと、薫が湧き水に手をさしだし――ひっこめた。
「どしたの?」
「えーと、これじゃ……」
歩邑がヒョイとのぞきこむ。
くぼめた両手で湧き水をうけようとするものの、指のほそい薫はすきまから――ぜんぶもれてしまった。
「ふむふむ」
と思わず歩邑は、じぶんの手をみる。
薫はブンブン手をふって水をきると――リュックから水筒をひっぱりだし、くるくる回してコップをはずす。持ち手をつかんで樋の先へ。ゴクリと湧き水を飲んだ。
「ンん~、うまいな」
「ホント? あたしも飲もうかな――」
「つかう?」
と薫がコップをさしだす。無邪気に。
「えっ?――」
目を泳がせる歩邑。
――これって……
トクン、トクン、トクン――
――薫と……
ドクン、ドクン、ドクン――
薫は無自覚だった。
じぶんが、なにをしているのか――なにをさせようとしているのか、まったくの無自覚だった。
無邪気に、無自覚に――もう一度コップをさしだす。
「あ、ありがと……」
と歩邑はうけとった。
――どうしよぉ、どうしよぉ……
ボンッと小爆発がおきた気がした。
歩邑は顔をまっ赤にしている。
そんなやりとりを、ひまりはニコニコとながめていた。