Story 36. 抑制されたアシドリ
村瀬のことばどおり、晴れわたった土曜日の朝。
さんさんと太陽が照りつけ、気温は三〇度を超えようとしていた。
集合場所――山のふもとを走る大道のスーパーに、すでに五人が顔をそろえている。
あとは――
「ごめ~ん! 遅れちゃった?」
と歩邑が乗りつけた。
――髪なおしてたら……アハハハ……
「いや、時間ぴったりだな……いま九時になった」
と時計をみて薫がいった。
歩邑のバツわるげだった表情が、パッとあかるくなる。
――えへへ……ありがと
ふだんとはちがう、ものめずらしいメンツでいく山登り。
思いはそれぞれ異なれど、期待に胸をふくらませていた。
「そろったか――」
うずうずが全身からダダもれの誠也が号令をかける。
「よーし、出発ー!」
チリンチリン シャアアア――
朝日をさえぎる高木たちのアート。
光と影が織りなす木もれ日のシャワーのなかを自転車で走る。
「わあ!」「おおー」「きれ~」
「すげー」「ウェーイ」「わー」
山への道は――乗用車が対向できるほどのひろさだけが舗装され、エスコートするかのごとく列をなす木々は、手つかずの地面に立っていた。そのままいけば峠にいたるルートを、わきへと入って川ぞいに数百メートルすすむと登山口につく。
がらんとした駐車場らしきスペースに自転車をならべ、階段ヨコの案内板にあつまった。
頂上までが描かれたイラストマップに視線をそそぐ。
山頂まで約七〇分――
“大人の足で”が前提されているからには――小五の足だと、もうすこしかかるにちがいない。もしかして、底抜けに元気な子供たちのほうが早いだろうか?
とちゅうに休憩所がふたつと展望台、それから湧き水もあるらしい。
誠也が階段のまえにたった。
すっと村瀬が左にならぶ。
「みんな、いこうぜ――」
暗黙のうちに誰もがみとめたリーダー、誠也が足をふみだす。
「はじめの一歩!」
佳奈が弟とあそんでいる。
週末もパートにでている母の、わずかばかりでも助けになれば――と弟の面倒をみていた。
「ねーちゃん、怪獣やって」
佳奈にとっては三つ下の弟、香哉こそ怪獣なのだが、薫をはじめクラスの男子にとっては――佳奈はまさしく小悪魔だった。
うでをひろげ、つかみかかろうと佳奈がせまる。
「ガオン、ガオン」
「うわ~、カナサウルスだ~」
と逃げる香哉を、歯をカチカチ鳴らして追いかけた。
「こなみじんにしてやる~」
「ギャー」
と絶叫して、香哉は家じゅうを走りまわる。
その背中を――シュッと佳奈の指がかすめた。
「ガオーーン!」
「キャーッ、ハハハ――」
身をかがめて、するりすりぬけた。
「こっちだよ~」
バタン! タタタタッ――
香哉のすがたが消え、ゆだんした佳奈の表情がいっしゅん陰る。
ブンと即座にふりはらって弟を追った。
歩邑がタンタンと階段をかけあがる。
「ほい、ほい、ほい……」
跳ねるように半ばまでのぼると、ふり返った。
――にひひ、けっこうリードしたよ
薫・ひまり・木崎が最後尾をあがってくる。
歩邑が先行したことで空いた薫のとなりには――ひまりがいた。
――も……なの?……
大の字で手をふる歩邑。
「薫ー! 勝負、勝負~」
薫が両手を口元にそえるのがみえた。
「飛ばすともたないぞ~」
「ねー」と、ひまりが笑いかける。薫に。
「ちがいね」と木崎があたまのうしろで手をくんだ。
たしなめた薫の足どりは――スタミナ温存のために抑えているようだ。
――バレー部の底力みせちゃる……
「ちょっと! うちのペースも考えてよ~」
と村瀬が不満をぶつけた。誠也に。
感じたことをちゅうちょなく口にできる性格がすがすがしい。
「あ~、いつのまにか……わるい」
「しょうがないな――」
いかにもからだを動かすのがうれしいといった面持ちの誠也に、村瀬はいちずについていこうとしていた。
「つかまってよ」
と誠也のうでにしがみつく。
「筋トレには重すぎない?」
「いったな~」
そうこうしているうちに――
「いっちばーん!」
と踊り場にたどりついた歩邑が、ポーズをきめた。
人差し指をたてた右手をつきあげ、左手は腰にあててどっしり立つ“いちばんポーズ”。
――だれがもたないって~? フッフーン
と悦に入った歩邑が、ふと目をやって――みてしまった。
視界にいれてしまった。
そのなにかを指さし、口をパクパクしている。
「あれ、あれっ――」