Story 35. 発案されたホウホウ
「あ~、からだ動かしたい~」
と不満をこぼしたのは誠也だった。
イスにもたれて、ぐるぐる肩をまわす。
七月の席がえでおなじく最後列をひきあてた――おとなりさん、薫に話題をふった。
「野球でもやんない?」
「人数あつまんの、ってか……」
と薫は恨めしそうに誠也の向こう――窓の外をみた。
誠也も「だよな~」とガックリする。
降りつづく雨のせいでグラウンドがつかえず、せっかくの昼休みを教室ですごすのは不本意だが、混みあう体育館にはいく気にもならない。
ありあまる体力のつかいみちに難儀している小五男子であった。
「週末、晴れるって」
机のまえに立つなり、耳より情報をもたらしたのは村瀬灯。動物園遠足の班ぎめで――誠也のグループに薫が入ることに、異議をとなえた女子である。
「!――って運動場がムリか」
「人そろえんのも……」
前日が雨だと、おそらくグラウンドはつかえない。
くわえて――野球にしろサッカーにしろ、かなり人をあつめないといけない。
村瀬がふたたび助け舟をだした。
「からだ動かしたいんだったら……山登りは?」
「!」「!」
ガバッと身を乗りだした誠也と薫。
この町の住人が山といえば、べっぴん山である。
町を北から見守るべっぴん山は――その名のとおり美しい稜線をもち、標高はおよそ五〇〇メートルと、さほど高くはない。
ならば山登りよりも、ハイキングが適切だろうか?
「うち、登ったことあるんだけど……」
「おお~」「どんな?」
「めっちゃしんどいよ――」
と村瀬が、記憶をたぐって教えてくれた。
登山道は階段だらけで、林の中をつきすすんでいくこと。ふり返っても木々にジャマされ、景色をながめることはできない。ただし途中にあるいくつかの休憩所は、眺望できるよう整備されていること。山頂まで片道一時間ではきびしいであろうこと――などなど。
「むふふ……」
と少々アレな笑いをもらした誠也は、容易とは思えない道程を――むしろ歓迎しているらしい。運動不足を解消する、いい機会と考えたのだろう。
「山登りいこうぜ!――モッチ」
「もち!」「うちも」
村瀬までもが即答し、三人はにぎやかに相談をはじめる。
バレー部トリオは廊下をあるいていた。
上級生との打ち合わせをすませ、
「第一目標は県予選、勝ちぬけだし」
と小悪党みたいな――たくらみ顔の佳奈。
歩邑も同じ気持ちだった。
――県代表とる!
近づくバレーボールの全国大会。
さきがけて行われる県予選の突破をめざし、練習スケジュールの打ち合わせをしていたのだ。
教室に入るなり、誠也の声がした。
「――なわけで、つぎの土曜な!」
「おっけー」「楽しみ~」
応じた薫と村瀬のテンションも高い。
――なんだなんだ?
「もりあがってるねえ」
「坂井もくる? べっぴん山登り、参加者募集中~」
「わー、山登り」
「つぎの土曜っていった?」
「おう! 皆川も富永もこいよ」
と、さっそく誠也がさそう。
クラスを代表する美少女ふたりを、こんなふうに気軽にさそえる男子は――誠也と薫くらいのものだ。
「あたしいく」
「わたしもー」
佳奈がムムムとうめいていた。
「うちは……用事あるから、パス」
「それはザンネンだなー」
と薫がしらじらしく棒読みする。
――ホント仲いいんだか……ら?
なぜか今日は佳奈が反撃しなかった。
代わりに――
「わたしがいるよー」
と薫の背に、ぎゅーっとからだを押しつけるひまり。
いつものことのように「はいはい」と、あしらう薫。
――ホント仲いいんだ・か・ら
ムッとした歩邑の手がわななく。
それをみた薫が、
「さむい? 貸そうか」
と羽織っているシャツをぬごうとした。
歩邑は顔をぷるぷるヨコにふって――にっこり、
「ねね、競争しようよ! 頂上まで」
と上体を倒してのぞきこむ。
薫が口をひらきかけた絶妙のタイミングに、木崎がわりこんだ。
「オレもまぜてくんね」
「競争に?」「競争に?」
ハモったふたりに申し訳なさそうに、手のひらを顔のまえで左右に一往復。
「……山登り、な」
誠也がひときわ大きな声で歓迎した。
「木崎もきてくれるか!」
こうしてあつまった山登りのメンバーは――誠也、薫、村瀬、歩邑、ひまり、木崎の六人。
「楽しみだね、誠ちゃん」
「おう! 集合場所は――」
期せずして、男女三人ずつの六人パーティーができあがった。